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第22話 波乱
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湿っぽい冷たさに、咲は目を覚ます。
「ん……?」
まぶたを開けても、広がるのは暗闇ばかり。咲の心臓は早鐘を打つ。今度はいったいどこに飛ばされたのだ。
元の世界とこちらの世界のその間に落っこちたような暗闇。
そこにぼんやりと、明かりが灯る。
ろうそくの明かりが浮かび上がらせたのは、女の顔だった。見慣れた女の顔が、見知らぬ表情を張り付けている。
女――もとい、マリカは無表情に言った。
「ここはケンゴリー家の屋敷の地下。あなたは商品として集められたの」
「は……?」
マリカはしゃがみ込み、咲の顔をのぞき込んだ。
「回復魔法が使えるんですってね。よかったわね、それなら傷つけることはない。大人しくしていれば、身の安全は保障される――」
「ねえ、いったい何を言って」
「助けを求めたって無駄よ、ブレスレットは捨ててしまったわ。あなた、ケンゴリー家の人に歯向かったんですってね」
ケンゴリー家の人に歯向かった……咲の記憶に当てはまるのは、あの日、タキを突き飛ばしたあの二人しかいなかった。
「歯向かうも何も、あれはあの人たちが悪いんでしょう」
マリカは吐き捨てるように笑った。
「その愚かな勇気が、あなたの身を滅ぼしたのよ」
咲は絶句し、うなだれる。マリカは立ち上がると、咲を見下ろした。
「早く諦めなさい」
どうやら傍らにあったらしいろうそくに火を移すと、マリカは立ち去った。咲の足元に、細かい光がキラキラと揺らめく。
咲は、アンクレットをなでた。冷たい魔法石が、一瞬、暖かく輝いたように見えた。
その頃、フルン・ダークの面々は役場に集結していた。咲が行方不明になったという一報を受けたのだ。
「おい、ナロ。位置情報が分かるんじゃないのか?」
アーキーが焦ったようにナロに聞く。ナロは必死に端末を操作するが、首を横に振る。
「だめです、ブレスレットはどうやら捨てられてしまったようで……」
「じゃあどうするんだよ」
「落ち着いてください。今、方法を探っていますから」
「落ち着くって、そんな……」
アーキーはため息をつく。ソアはアーキーの背を叩いた。
リツは頭をかくと、努めて冷静に、ナロに聞いた。
「最近、転移者を狙った事件が起きているって聞いたけど」
「はい。手口は全く一緒です。おそらく、首謀者は同じかと。何か、心当たりはないですか?」
このころにはアーキーも落ち着いていて、ふと、つぶやいた。
「新しい常連の……あの人。やたらとサキに執心していた」
「ああ、あの人も転移者だったはずです。たしか……マリカ、とか言ってたような」
ソアが言うと、ナロは転移者のリストを開く。そうしてしばらくして、頭を抱えた。
「偽名を使っているなら分かりませんが、少なくとも、登録された方の中に、そんな名前の人はいません」
役場に沈黙が広がる。咲がいなくなり、ブレスレットはあてにならず、一番怪しい人間に関しては手掛かりなし。圧倒的な絶望感に、誰も口を開けなかった。
「おやおや、皆さんお揃いで」
と、そこに似つかわしくない、やけに間の抜けたような声が響いた。アーキーは、ハッと顔を上げる。どうして、聞き覚えのあるのんきな声がここで。
「やあ」
そこにいたのは、ディランだった。しかし、いつものように気の抜けた格好はしていない。きっちりと着こなしているのは、この国の役人の制服だった。しかも、一組織の上席でなければ着られないような制服だ。
その傍らには、真面目が制服を着たような男――ルパードがいた。
「ディランさん。皆さん、困惑しておられます」
ルパードが冷静に言う。その声は鋭く威厳がありながらも、どこか優しげである。
「おお、それもそうか」
ディランはにっこりと笑うと、改めて自己紹介した。
「私はディラン。防犯課の課長……もとい、諜報専門組織『シーカー』の組頭だ。そしてこっちは、部下のルパード」
ルパードは頭を下げ、ディランはゆったりと皆に視線を巡らせる。あんなに気が立っていた面々も、不思議と落ち着いてきた。
隠密組織があるというのは、公然の秘密であった。市井に紛れて事件を捜査しているとかいう噂であったが、実際に所属している人間を見るのは、皆初めてであった。
「さて、我々も事の次第は把握している。やっと、尻尾を掴めそうなところでな。遅くなってすまない」
「一体どういうことですか」
ナロが聞くと、ディランはルパードの方を見た。ルパードは一礼すると、報告を始めた。
「数カ月前より連続して発生している転移者失踪事件ですが、すべてに、マリカという女が関わっていることが確認されています。女は転移者ではありますが、正規の転移者ではありません」
つまり、強制送還の対象なのだ。ルパードは続ける。
「失踪した者たちはみなマリカという女と懇意にしており、その者と出かけるといって、それ以降消息を絶っています。マリカの目撃場所も様々で、なかなか捕まりませんでした」
「しかしサキは、仲が良いことはなかったはずです」
アーキーが言うと、三人娘は互いに顔を見合わせ頷き合った。ディランはゆったりと答えた。
「だからこそ、実力行使に出たのだろう。それで、尻尾がつかめたのだ。他の者たちは望んでいなくなったが、サキさんは攫われた。マリカというやつがしびれを切らして、魔力を行使した。その痕跡が現場に残っていたのだ」
ルパードは端末を取り出すと、ナロの方を向いた。
「そちらの端末に、サキさんの魔力が登録されていますよね。その情報をこちらに」
「は、はい」
ナロは端末を操作する。すると、互いの端末の魔法石がぼんやりと光り、やがて収束していった。その様子を見ながら、ディランが言う。
「マリカの魔力と合わせて追跡すれば、場所が分かるのではないか」
「で、でもブレスレットはもう……」
ナロの言葉に、ディランは余裕の笑みを浮かべた。
「ブレスレットに限らず、何か魔力を蓄えることのできる物さえあれば、追跡は可能だ。彼女は持っているんじゃないか?」
「――あ」
真っ先に気が付いたのは、三人娘だった。
ディランは横目でそれを見ると、端末に視線を戻した。そして、端末に表示された情報を見ると、満足そうに頷いた。
「やはり、当たりだな」
「想定通りでしたね」
「いったいどこに」
アーキーが聞くと、ディランは皆を見回して言った。
「ケンゴリー家の屋敷だ」
「ん……?」
まぶたを開けても、広がるのは暗闇ばかり。咲の心臓は早鐘を打つ。今度はいったいどこに飛ばされたのだ。
元の世界とこちらの世界のその間に落っこちたような暗闇。
そこにぼんやりと、明かりが灯る。
ろうそくの明かりが浮かび上がらせたのは、女の顔だった。見慣れた女の顔が、見知らぬ表情を張り付けている。
女――もとい、マリカは無表情に言った。
「ここはケンゴリー家の屋敷の地下。あなたは商品として集められたの」
「は……?」
マリカはしゃがみ込み、咲の顔をのぞき込んだ。
「回復魔法が使えるんですってね。よかったわね、それなら傷つけることはない。大人しくしていれば、身の安全は保障される――」
「ねえ、いったい何を言って」
「助けを求めたって無駄よ、ブレスレットは捨ててしまったわ。あなた、ケンゴリー家の人に歯向かったんですってね」
ケンゴリー家の人に歯向かった……咲の記憶に当てはまるのは、あの日、タキを突き飛ばしたあの二人しかいなかった。
「歯向かうも何も、あれはあの人たちが悪いんでしょう」
マリカは吐き捨てるように笑った。
「その愚かな勇気が、あなたの身を滅ぼしたのよ」
咲は絶句し、うなだれる。マリカは立ち上がると、咲を見下ろした。
「早く諦めなさい」
どうやら傍らにあったらしいろうそくに火を移すと、マリカは立ち去った。咲の足元に、細かい光がキラキラと揺らめく。
咲は、アンクレットをなでた。冷たい魔法石が、一瞬、暖かく輝いたように見えた。
その頃、フルン・ダークの面々は役場に集結していた。咲が行方不明になったという一報を受けたのだ。
「おい、ナロ。位置情報が分かるんじゃないのか?」
アーキーが焦ったようにナロに聞く。ナロは必死に端末を操作するが、首を横に振る。
「だめです、ブレスレットはどうやら捨てられてしまったようで……」
「じゃあどうするんだよ」
「落ち着いてください。今、方法を探っていますから」
「落ち着くって、そんな……」
アーキーはため息をつく。ソアはアーキーの背を叩いた。
リツは頭をかくと、努めて冷静に、ナロに聞いた。
「最近、転移者を狙った事件が起きているって聞いたけど」
「はい。手口は全く一緒です。おそらく、首謀者は同じかと。何か、心当たりはないですか?」
このころにはアーキーも落ち着いていて、ふと、つぶやいた。
「新しい常連の……あの人。やたらとサキに執心していた」
「ああ、あの人も転移者だったはずです。たしか……マリカ、とか言ってたような」
ソアが言うと、ナロは転移者のリストを開く。そうしてしばらくして、頭を抱えた。
「偽名を使っているなら分かりませんが、少なくとも、登録された方の中に、そんな名前の人はいません」
役場に沈黙が広がる。咲がいなくなり、ブレスレットはあてにならず、一番怪しい人間に関しては手掛かりなし。圧倒的な絶望感に、誰も口を開けなかった。
「おやおや、皆さんお揃いで」
と、そこに似つかわしくない、やけに間の抜けたような声が響いた。アーキーは、ハッと顔を上げる。どうして、聞き覚えのあるのんきな声がここで。
「やあ」
そこにいたのは、ディランだった。しかし、いつものように気の抜けた格好はしていない。きっちりと着こなしているのは、この国の役人の制服だった。しかも、一組織の上席でなければ着られないような制服だ。
その傍らには、真面目が制服を着たような男――ルパードがいた。
「ディランさん。皆さん、困惑しておられます」
ルパードが冷静に言う。その声は鋭く威厳がありながらも、どこか優しげである。
「おお、それもそうか」
ディランはにっこりと笑うと、改めて自己紹介した。
「私はディラン。防犯課の課長……もとい、諜報専門組織『シーカー』の組頭だ。そしてこっちは、部下のルパード」
ルパードは頭を下げ、ディランはゆったりと皆に視線を巡らせる。あんなに気が立っていた面々も、不思議と落ち着いてきた。
隠密組織があるというのは、公然の秘密であった。市井に紛れて事件を捜査しているとかいう噂であったが、実際に所属している人間を見るのは、皆初めてであった。
「さて、我々も事の次第は把握している。やっと、尻尾を掴めそうなところでな。遅くなってすまない」
「一体どういうことですか」
ナロが聞くと、ディランはルパードの方を見た。ルパードは一礼すると、報告を始めた。
「数カ月前より連続して発生している転移者失踪事件ですが、すべてに、マリカという女が関わっていることが確認されています。女は転移者ではありますが、正規の転移者ではありません」
つまり、強制送還の対象なのだ。ルパードは続ける。
「失踪した者たちはみなマリカという女と懇意にしており、その者と出かけるといって、それ以降消息を絶っています。マリカの目撃場所も様々で、なかなか捕まりませんでした」
「しかしサキは、仲が良いことはなかったはずです」
アーキーが言うと、三人娘は互いに顔を見合わせ頷き合った。ディランはゆったりと答えた。
「だからこそ、実力行使に出たのだろう。それで、尻尾がつかめたのだ。他の者たちは望んでいなくなったが、サキさんは攫われた。マリカというやつがしびれを切らして、魔力を行使した。その痕跡が現場に残っていたのだ」
ルパードは端末を取り出すと、ナロの方を向いた。
「そちらの端末に、サキさんの魔力が登録されていますよね。その情報をこちらに」
「は、はい」
ナロは端末を操作する。すると、互いの端末の魔法石がぼんやりと光り、やがて収束していった。その様子を見ながら、ディランが言う。
「マリカの魔力と合わせて追跡すれば、場所が分かるのではないか」
「で、でもブレスレットはもう……」
ナロの言葉に、ディランは余裕の笑みを浮かべた。
「ブレスレットに限らず、何か魔力を蓄えることのできる物さえあれば、追跡は可能だ。彼女は持っているんじゃないか?」
「――あ」
真っ先に気が付いたのは、三人娘だった。
ディランは横目でそれを見ると、端末に視線を戻した。そして、端末に表示された情報を見ると、満足そうに頷いた。
「やはり、当たりだな」
「想定通りでしたね」
「いったいどこに」
アーキーが聞くと、ディランは皆を見回して言った。
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