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日常
第百十八話 パンケーキ
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今日はちょっと遠出する。使うのは電車ではなくレールバスだ。
電車の駅のほど近くにある、レールバスの駅。その前にあるロータリーの中央には大きな桜の木が植えられている。早朝の少し寒い空気が、うすぼんやりとした意識を徐々に覚醒させていく。
結構広めの駐車場と駐輪場を横目に、レンガ造りの駅に向かう。レトロというより古いという言葉の方が似合う駅舎は、ところどころ改修工事が行われている。
切符を買って、既に駅に着いていた一両編成のレールバスに乗る。
人は少ない、というかいない。レールバスはなかなか乗らないが、乗ったときはまっすぐのびる線路を窓から見るのが好きだ。
とりあえず、眺めのいい場所に座ることにする。
この駅からレールバスに乗るのは基本、学生だ。私立高校の制服を着た学生がのっているのを何回か見かけたことがある。
まあ、今は誰もいないのだが……
「あれ? 春都?」
俺の名前を呼ぶ、なんか聞き覚えがある声。
声のした方を見ると、例の私立高校の制服を着たやつが立っていた。いわゆる今どきな雑誌に載っているような髪型で、黒縁眼鏡をかけている。
「お前……観月か」
目の前に立つ男――観月はにっこりと笑うと、これだけ席が空いているというのに迷うことなく俺の隣に座った。
「久しぶり、元気してる?」
「まあな」
嶋田観月、うちが昔からお世話になっている、この町にある寺院の息子だ。中学までは同じ学校だった。
まあ、物心ついた時には話をしていたから、いわゆる幼馴染というものになるのか。
「休みなのに学校か」
「部活があるんだよ」
「何部だっけ」
「剣道」
なるほど、それでその大荷物か。
そうだべっていると、間もなくして扉が閉まりゆったりと動き始めた。結局、乗客は俺と観月だけか。
「春都はどこ行くの?」
「博物館にな」
「そっかあ、いいねえ」
早朝から出かける、というのは確かに気分がいい。なんか特別な感じがする。
「生徒会の仕事が大変でさ」
「会長か?」
「いや、風紀委員長」
「あー、ぽいわ」
何だよそれ、と観月は笑った。こいつ、中学でも生徒会やってたよな。なんていうか、選ばれやすいんだよな、そういうのに。
「春都は? なんかしてる?」
「図書委員で帰宅部で、しょっちゅうパシらされてる」
「あはは、そっちも相変わらずって感じだね」
観月とは降りる駅が一緒だったが、乗り換える電車が違ったので「また都合が合えば会おうな」と話して別れた。
電車は結構な人混みだ。これは立っていなければならないか。
目的の駅で降り、バスに乗っていけば博物館はすぐそこだ。
手入れの行き届いた芝生の公園に、立派な噴水。そんな施設を周辺に要する、両脇に二つずつ石像が飾られた博物館は年季が入っていて雰囲気がある。
でもちょっと早く着き過ぎたか。まだ展示スペースの開場時間前だ。
まあ中には入れるみたいだし、売店か何か見て回るか。
入ってすぐ目の前に、でかい階段が現れる。まるで宮殿か何かにあるような立派な階段の踊り場の壁には、期間限定でおこなわれている企画展示のポスターがでかでかと張られている。あとで写真撮ろう。
右手には地元の有名な祭りの模型、左手に小さな売店がある。クリアファイルから分厚い図録まで売っている。
うーん、そういえば企画展示の限定グッズが売っているんだったか。二階に行ってみよう。
吹き抜けになっているので開放感がある。ここから一階を見下ろすのもまた一興だ。
「おお、売ってる売ってる」
ずらりと並ぶ長机と、所狭しと飾られる商品。壮観だな。
お、しおりとかあるじゃん。キーホルダーに、雑誌も。いいなあ、買おう買おう。こういう時のために貯金をしてんだよ。
でもまだレジが解放されていない。
「んん……」
どうしよう。暇だな。
どこで時間つぶそうかなあ。
「あ」
そうだ、そういえばここには喫茶室があるんだ。そこは結構早くから開いている。
ほらやっぱり。表にはメニュー黒板と、OPENの文字が書かれた木の看板が出ていた。ちょっとここ、あこがれだったんだよね。
「いらっしゃいませ」
まだ人の少ない店内。せっかくなので外が見渡せる場所に座る。全面ガラス張りの底からは、公園と噴水が気持ちいいほどに見渡せる。
メニューはすでにテーブルにあった。
モーニングセット、サンドイッチ、オムライス……お、デザートもあるのか。パフェ、アイス盛り合わせ……。
よし決めた。これにしよう。
「すみません」
「お決まりですか」
「パンケーキと紅茶のホットをお願いします」
さっきちらっと見えたけど、結構本格的な感じで紅茶を入れているみたいだったから、ちょっと飲んでみたい。
「お待たせいたしました」
ぼーっと外を眺めていたら、待ち時間はあっという間だ。
「いただきます」
甘い香りのする、ふわふわのパンケーキ。銀色の包装紙で包まれた小さなバターが添えられているあたり、ものすごく上品な感じがする。
とりあえず紅茶を一口。口元に近づけただけで香りがすごい。甘いような香り、自分で入れてもこんな香りはないなあ。確かに味も違う。濃いようだけどくどくなくて、さらっと飲める。
さて、パンケーキを食おう。ナイフとフォークで食べるのはあまり慣れないが楽しい。もっちもちの生地にナイフを入れる。程よく溶けたバターをナイフですくってつけて、食べる。ふんわりとしていながら、もちっとしている。バターの風味もいい。
これは、はちみつ……じゃない、メープルシロップか。思ったよりもさらりとしているんだな。
あ、俺、はちみつよりも好きかも。甘さはあるけど、あっさりしている。バターとの相性も抜群だ。ちょっとひたひたにしてもおいしい。ジュワアッと染み出す甘さとコクがちょっといいパンケーキを食ってるんだなあ、と思わせる。
そこに紅茶を含めば、口がさっぱりしていい。
「おいしいな」
さて、そろそろ時間になるか。
ゆっくり身軽に見て回りたいし、展示を見た後にグッズは買うことにしよう。チケットも買わないと。パンフレット見るのも楽しみなんだ。
それにしても、展示を見る前に、いいものを食べることができた。
おいしいものを食べると、これからのワクワクが際立って、より一層楽しむことができるというものだ。
「ごちそうさまでした」
電車の駅のほど近くにある、レールバスの駅。その前にあるロータリーの中央には大きな桜の木が植えられている。早朝の少し寒い空気が、うすぼんやりとした意識を徐々に覚醒させていく。
結構広めの駐車場と駐輪場を横目に、レンガ造りの駅に向かう。レトロというより古いという言葉の方が似合う駅舎は、ところどころ改修工事が行われている。
切符を買って、既に駅に着いていた一両編成のレールバスに乗る。
人は少ない、というかいない。レールバスはなかなか乗らないが、乗ったときはまっすぐのびる線路を窓から見るのが好きだ。
とりあえず、眺めのいい場所に座ることにする。
この駅からレールバスに乗るのは基本、学生だ。私立高校の制服を着た学生がのっているのを何回か見かけたことがある。
まあ、今は誰もいないのだが……
「あれ? 春都?」
俺の名前を呼ぶ、なんか聞き覚えがある声。
声のした方を見ると、例の私立高校の制服を着たやつが立っていた。いわゆる今どきな雑誌に載っているような髪型で、黒縁眼鏡をかけている。
「お前……観月か」
目の前に立つ男――観月はにっこりと笑うと、これだけ席が空いているというのに迷うことなく俺の隣に座った。
「久しぶり、元気してる?」
「まあな」
嶋田観月、うちが昔からお世話になっている、この町にある寺院の息子だ。中学までは同じ学校だった。
まあ、物心ついた時には話をしていたから、いわゆる幼馴染というものになるのか。
「休みなのに学校か」
「部活があるんだよ」
「何部だっけ」
「剣道」
なるほど、それでその大荷物か。
そうだべっていると、間もなくして扉が閉まりゆったりと動き始めた。結局、乗客は俺と観月だけか。
「春都はどこ行くの?」
「博物館にな」
「そっかあ、いいねえ」
早朝から出かける、というのは確かに気分がいい。なんか特別な感じがする。
「生徒会の仕事が大変でさ」
「会長か?」
「いや、風紀委員長」
「あー、ぽいわ」
何だよそれ、と観月は笑った。こいつ、中学でも生徒会やってたよな。なんていうか、選ばれやすいんだよな、そういうのに。
「春都は? なんかしてる?」
「図書委員で帰宅部で、しょっちゅうパシらされてる」
「あはは、そっちも相変わらずって感じだね」
観月とは降りる駅が一緒だったが、乗り換える電車が違ったので「また都合が合えば会おうな」と話して別れた。
電車は結構な人混みだ。これは立っていなければならないか。
目的の駅で降り、バスに乗っていけば博物館はすぐそこだ。
手入れの行き届いた芝生の公園に、立派な噴水。そんな施設を周辺に要する、両脇に二つずつ石像が飾られた博物館は年季が入っていて雰囲気がある。
でもちょっと早く着き過ぎたか。まだ展示スペースの開場時間前だ。
まあ中には入れるみたいだし、売店か何か見て回るか。
入ってすぐ目の前に、でかい階段が現れる。まるで宮殿か何かにあるような立派な階段の踊り場の壁には、期間限定でおこなわれている企画展示のポスターがでかでかと張られている。あとで写真撮ろう。
右手には地元の有名な祭りの模型、左手に小さな売店がある。クリアファイルから分厚い図録まで売っている。
うーん、そういえば企画展示の限定グッズが売っているんだったか。二階に行ってみよう。
吹き抜けになっているので開放感がある。ここから一階を見下ろすのもまた一興だ。
「おお、売ってる売ってる」
ずらりと並ぶ長机と、所狭しと飾られる商品。壮観だな。
お、しおりとかあるじゃん。キーホルダーに、雑誌も。いいなあ、買おう買おう。こういう時のために貯金をしてんだよ。
でもまだレジが解放されていない。
「んん……」
どうしよう。暇だな。
どこで時間つぶそうかなあ。
「あ」
そうだ、そういえばここには喫茶室があるんだ。そこは結構早くから開いている。
ほらやっぱり。表にはメニュー黒板と、OPENの文字が書かれた木の看板が出ていた。ちょっとここ、あこがれだったんだよね。
「いらっしゃいませ」
まだ人の少ない店内。せっかくなので外が見渡せる場所に座る。全面ガラス張りの底からは、公園と噴水が気持ちいいほどに見渡せる。
メニューはすでにテーブルにあった。
モーニングセット、サンドイッチ、オムライス……お、デザートもあるのか。パフェ、アイス盛り合わせ……。
よし決めた。これにしよう。
「すみません」
「お決まりですか」
「パンケーキと紅茶のホットをお願いします」
さっきちらっと見えたけど、結構本格的な感じで紅茶を入れているみたいだったから、ちょっと飲んでみたい。
「お待たせいたしました」
ぼーっと外を眺めていたら、待ち時間はあっという間だ。
「いただきます」
甘い香りのする、ふわふわのパンケーキ。銀色の包装紙で包まれた小さなバターが添えられているあたり、ものすごく上品な感じがする。
とりあえず紅茶を一口。口元に近づけただけで香りがすごい。甘いような香り、自分で入れてもこんな香りはないなあ。確かに味も違う。濃いようだけどくどくなくて、さらっと飲める。
さて、パンケーキを食おう。ナイフとフォークで食べるのはあまり慣れないが楽しい。もっちもちの生地にナイフを入れる。程よく溶けたバターをナイフですくってつけて、食べる。ふんわりとしていながら、もちっとしている。バターの風味もいい。
これは、はちみつ……じゃない、メープルシロップか。思ったよりもさらりとしているんだな。
あ、俺、はちみつよりも好きかも。甘さはあるけど、あっさりしている。バターとの相性も抜群だ。ちょっとひたひたにしてもおいしい。ジュワアッと染み出す甘さとコクがちょっといいパンケーキを食ってるんだなあ、と思わせる。
そこに紅茶を含めば、口がさっぱりしていい。
「おいしいな」
さて、そろそろ時間になるか。
ゆっくり身軽に見て回りたいし、展示を見た後にグッズは買うことにしよう。チケットも買わないと。パンフレット見るのも楽しみなんだ。
それにしても、展示を見る前に、いいものを食べることができた。
おいしいものを食べると、これからのワクワクが際立って、より一層楽しむことができるというものだ。
「ごちそうさまでした」
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