一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百六十一話 朝ごはん

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 枕元に持ってきたランプをつけ、今日買ってきた本を読む。

 首元が寒くないように布団を巻き付けるようにする。ほくほくとしながら気に入った本を読むのは楽しい。

 今、聞こえるのは足元で眠るうめずの寝息とわずかな風の音ばかりだ。

 でもなんか静かじゃない感じがする。こう、実際に聞こえるわけじゃないけど、空気がゆらゆらと煙のように揺れている感じだ。それがなんとも心地いい。家族が帰ってくるといつもそう感じる。

「え、ここで終わり?」

 なんとも気になるところで終わってしまった。まあ、単行本とはそういうものか。

 次の発売日はいつだろうか。月刊誌に連載されているやつだし、その雑誌を買えば続きが分かるんだろうけど、その月刊誌で他に掲載されている漫画を読むとも限らないしなあ。

 ま、楽しみに待つとするか。

「次は……」

 本――特に漫画は読みだすと止まらない。明日の楽しみに、と思いながらついつい読んでしまって、結局翌日は二巡目、って感じになる。

 その点、小説はある程度セーブできるように思う。

 結構分厚いものになると結構本腰入れて読まなきゃいけないからな。でも、なんだかんだいって読んじゃうんだけど。

 そんでもって今日は小説も買ってきた。俺が好きな小説家で、別のシリーズ物は持っているのだが、それとはまた別のシリーズ物だ。ファンタジー系で、普段はあまりその系統の本を読まない俺だが、これはなんか好きだった。

 ただ、ちょっと設定が難しい。そこはまあ、頑張って読もう。

 体勢が少しきつくなってきたな。仰向けになるか、いや、でも腕だるいなあ。横向こう。

「ふすっ」

「あ、ごめん」

 ちょっとうめずに足が当たって、うめずは一瞬寝息を止めた。しかし間もなくして規則正しい鼻息が聞こえ始めた。

 さて、そろそろ眠くなってきた。もう少し読んだら俺も寝よう。

 しかし没頭とは恐ろしいもので、気づけば半分近く読んでしまっていた。

「ふぁ」

 さて、そろそろ寝ようかな。

 母さんからもらったしおりを少し光にかざし、本の上でいるかを泳がせてから挟み込む。明かりを消せば、一気に部屋が暗闇に染まる。

 布団にもぐりこんで天井を見上げる。道路を走る車のヘッドライトが天井を流れ、エンジン音とともに消えていった。

 なんかのど乾いたけど、起き上がるの面倒だなあ。一思いに寝てしまおう。

「……ん~」

 でも一度気になるとなかなか寝付けない。

 寝返りを打って視線を扉の方に向ける。と、居間に明かりがともったのが見えた。誰か起きてきたのだろう。

 ……起きるか。カーディガンを羽織って布団から這い出る。

「あれ、起きてたんだ」

 台所に立っていたのは父さんだった。電気ケトルに水を入れ、ちょうどスイッチを入れたところだったらしい。

「んー、本読んでた。けど、のど乾いて」

「そうか。じゃ、一緒に飲む?」

「何を?」

 父さんが準備したのは何の変哲もない白湯だった。

「白湯」

「温まるぞー」

 ファンヒーターの電源が切られた居間はうすら寒いが、上着を着ていればなんてことはない。

 ソファに座って白湯をすする。父さんは台所に立ったまま、厚手のカーディガンの襟元を寄せた。

「あったけえ……」

 程よく温かいお湯が、じわあっとのどを通り過ぎ胃に広がる。確かにこれはいいな。

「寝起きに飲むのもいいんだ」

「あー、寝起きは寒い」

「急に動けないから、早めに起きて、ゆっくりする時間が必要なんだよね」

 眠りは浅いから、早起きは苦じゃないけど、と父さんは笑った。

 父さんは一口白湯をゆっくり飲みこむとこちらに視線を向けた。

「ちゃんとご飯は食べてるか?」

「食べてるよ。作ったり、買ってきたり」

「そうか」

 のどを潤すのにちょうどいい量だった。空になったコップを手の中でもてあそぶ。

「学校は、どうだ」

「んー……」

 ぼんやりとする頭で、ゆったりと考える。

「ほどほどにやってる」

「うん、それならいい」

「まあ……楽しいよ」

 このまま横になって寝てしまいたい気持ちを押さえて、立ち上がる。

「……冬は苦手だけど」

 台所にコップを置くと、父さんは俺の頭に手を置いた。振り向けば父さんは優しく笑っていた。

「次の出張は短いし、それが終わったら、父さんも母さんも年明けまでは休みだから」

「そっか」

「もう寝る?」

 もうまぶたが重くてしょうがない。頷くと、父さんはポンポンと俺の頭を叩いた。

「おやすみ、春都」

「ん、おやすみ」



 次に起きたとき、居間はすっかり暖かく明るく、そして賑やかだった。

「おはよう、春都」

 台所では母さんとばあちゃんが朝ごはんの準備をしていて、ソファに座ってじいちゃんが朝のニュースを見、父さんはうめずの世話をしていた。

「おはよう」

「今日は祝日だし、ゆっくり寝ててよかったのに」

「んー」

 なんだかこの空気を味わう時間が減るのはもったいない気がして、つい起きてしまった。母さんは俺の方を見ると、ふっと笑った。

「とりあえず顔洗ってきなさい」

 洗面所は相変わらず寒かったが、蛇口から出てきたのはぬるま湯で、だんだんと熱いほどの温度になっていった。

「朝ごはん食べましょ」

 着替えを済ませて再び居間に行けば、すっかり朝ごはんの準備ができていた。ばあちゃんに促され、席に着く。

「いただきます」

 ご飯にみそ汁、ハムエッグ。そしてフライドポテトとかぶ焼き。すげえ豪華。

 あ、俺のだけハムが一枚多い。三枚あるし、一枚はハムだけ、一枚は卵と一緒にご飯にのっけて、もう一枚はハムと卵で食おう。同じ材料、同じ作り方なのに妙にうまく感じるのはなぜだろう。

 醤油とって、とか、おいしいね、とか、何でもない話が聞こえてくるのがなんか楽しい。それに、茶碗の音がいくつも聞こえるのもなんかいい。

 みそ汁は大根と揚げだ。薄く透き通った大根からはかつお節の風味がする。ああ、かつお節から出汁をとってくれてるのか。揚げもじゅわっといい食感だ。

 かぶ焼きのほのかな苦みと、シャキシャキとしたいい食感がたまらない。

 朝からフライドポテト。俺じゃ絶対に準備しないよなあ。サクッと表面にホックリトロッとしたイモの食感。塩気もちょうどいい。

「おいしい」

 ふと漏らした言葉に、父さんと母さんは笑った。

「そう、よかった」

「どんどん食べろー」

 じいちゃんとばあちゃんも頷いている。

 寝て過ごし、こんな時間をみすみす逃してしまうなど、なんともったいないことか。

 やっぱり、少し早起きして正解だった。



「ごちそうさまでした」
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