一条春都の料理帖

藤里 侑

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第百六十二話 中華料理

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 祝日ともなれば、朝早いショッピングモールも人であふれている。

 今日は家でゆっくりするはずだったのだが、どうして俺はここにいるのだ。……まあ、原因は俺にあるのだが。

 外出するとしても昼過ぎにスーパーに行くぐらいか、と思っていた俺はいつもの部屋着を着て、昨日の本の続きを読もうとソファに横になっていた。そしたら母さんが俺の部屋着を見て「新しいのを買いに行こう」と言い出したのだ。

 せっかくだから外食しようということで、じいちゃんとばあちゃんも一緒にショッピングモールに来たわけだ。

「別に俺はあれでいいのに」

 普段は本屋しか行かないショッピングモールだ。洋服などよく分からない。

 そうぼやけば母さんは「何言ってるの」と洋服を探しながら言った。

「よれよれだったじゃない」

「誰かに見せるわけでもないし」

「それにしたってあれはどうなの」

 確かにひざはちょっと薄くなってるし、糸のほつれもあるけど……十分温かいしなあ。

「放っておいてもご飯は食べるけど、洋服はどうしてこう興味がないの」

「さすがにTPOはわきまえるよ」

 今も外出すると聞いてちゃんとした格好をしている――つもりなのだが。

「それも私が選んだんでしょ」

「そりゃそうだけど」

 父さんはのんびりと、俺と母さんのあとをついてきている。じいちゃんとばあちゃんは二人で目当ての店に行っていた。

「同じようなのでいいよ」

「そのまま外に出てもおかしくないようなのがいいでしょ。そっちの方が楽よ」

 それは確かに一理ある。

「さっき家で着てたのはせめてパジャマにしなさい」

 結局今回も母さんに選んでもらった。

 シンプルな紺のトレーナーと黒のスラックス。確かに楽そうだけど、外に着ていってもおかしくはなさそうだ。

「ありがとう」

「今度はボロボロになる前に言いなさい」

「はい」

 袋を下げて一階に降り、じいちゃんとばあちゃんと合流する。

「何買ったの」

「マグカップ。取っ手が折れて、買い替えようと思ってたの」

 一階にはお歳暮特集や地方のフェアが行われる催事のコーナーがあって、今は陶磁器フェアの横断幕が掲げられていた。

 ずらっと陶磁器の皿やコップ、置物なんかが売られている。

 なるほどここは俺が近づいてはいけない場所だな。絶対何か割る。

「じゃ、そろそろご飯食べに行く?」

 母さんの提案に揃って賛成する。

 立体駐車場に停めていた車に乗り込み、ショッピングモールにやってくる車の渋滞を横目に目的地へと向かう。

 昼前とあってか、その店の駐車場に車は少ない。

「お、ここはじめて」

「でしょー? 一回連れてきたかったの」

 名前はよく聞くが行ったことのない、中華料理の店だった。中華といっても格式高い店ではなく、雰囲気はファミレスに近い。

 中に入って香るのは香辛料のいい匂いだ。

 窓際のボックス席に座り、運ばれてきた水をちまちま飲みながらメニューを見る。

 餃子、エビチリ、春巻き、から揚げ、棒棒鶏……おお、すごい。どれもうまそうだな。

「どうする? いろいろ頼んでみんなで分ける?」

「そうしようか」

「春都、何食べたい?」

「えー……っと」

 母さんに聞かれ考え込む。餃子は絶対だし、から揚げも食いたい。エビチリとか最近食ってないしなあ……チャーシューもうまそう。

「好きなの頼んでいいよ。じいちゃんのおごりだから」

 母さんはそう言って笑い、じいちゃんの方を見た。じいちゃんは少し呆れたようにしていたが、楽しそうに笑った。

「またお前は……」

「割り勘にしようか?」

「いや、構わん。好きなのを頼め」

 じいちゃんの隣に座るばあちゃんも楽しげだ。

「じゃあ、餃子とチャーシューと、麻婆豆腐とエビチリ。と、ご飯」

 それから各々食べたいものを一つ二つ頼んで、あとは食べながら考えることにした。

「春都、たくさん食べるでしょ」

「ん、んー」

 ひそかにラーメン類もうまそうだなと思っていたところだった。チャーシュー麺、すげーうまそう。デザートも心惹かれるなあ。

「お待たせしました。お先に餃子です」

 ご飯と一緒に運ばれてきたのは焼きたての餃子だ。

「いただきます」

 酢……いや、今日はこの店特製のたれにしよう。

 甘酸っぱいようなうまみのあるたれ。カリサクッとしっかり焼けた表面、もっちりとしっかり食感のある部分、そして、ジューシーな肉だね。これはおいしい。ひとつひとつが大きめだし、いいな。

「おいしい」

「それはよかった」

 それからは次々と料理が運ばれてきた。

 麻婆豆腐はうちで作るのより香辛料が効いている。でもくどくなくて、辛いけどうま味がある。豆腐はとろとろだし、ひき肉もしっかり味がある。

 チャーシューは思ったよりも柔らかい。しかもこのかかっているタレ、甘くておいしい。添えられた野菜と一緒に食うのが一番おいしいな。

 エビチリ、エビがでかい。ピリッとしながら甘みのあるトロトロの味付けがたまらんな。エビの食感も最高だ。

 これはご飯が進んでしょうがない。

「春都、こっちも食べる?」

 父さんが差し出して来たのはレバニラ炒めだ。

「レバー?」

「おいしいぞ」

 レバーはあまり食べ慣れていないが、どうだろう。

 あ、これおいしい。しっかり歯ごたえはあるけど、ふわっと溶ける感じ。レバー独特の食感だ。でも臭みがなくて、味付けもおいしい。にらの風味がすごいな。

「春巻きも食べていいよ」

 これはまた立派に揚がった春巻きだ。パリッパリの皮は香ばしく、中の具材はトロッと優しい味がする。シイタケ、タケノコ……いろんな具材がたっぷり入った餡は熱々で、うま味にあふれている。

「まだ入りそうねえ」

 母さんがそうつぶやいたタイミングでご飯が空になった。

「何か頼んでもいいよ」

「じゃあ……」

 チャーシュー麺。なんかどうしても食べたかった。

 ただでさえやわらかかったチャーシューだが、スープに浸されてさらに柔らかくとろとろになっている。器一面にチャーシュー、夢のような光景だ。

 細麺ではなくいわゆる中華麺だ。歯ごたえがいいし、スープがよく絡む。そして、チャーシューと一緒に食べるのが最高だ。肉のうま味と脂身の甘さ、豚骨スープと麺がいいバランスである。

 最後にデザートも頼んでしまった。ゴマ団子。

 プチプチと香ばしいゴマともちもちの生地、風味のいいこしあんの甘さが熱い口にやさしくなじむ。

「はー……満足」

「食ったなー」

 じいちゃんが「気持ちのいい食べっぷりだった」と笑った。

「うん。おいしかった」

 何よりみんなで食べに来るのが久しぶりで、思わず食べてしまった。

 また来れるといいなあ。



「ごちそうさまでした」

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