一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
242 / 893
日常

第二百三十八話 パンケーキ

しおりを挟む
 土曜課外が終わって向かうのは家ではなくアーケードだ。家に帰らず学校から直接よそへ行くというのは久しぶりでなんだか新鮮な気持ちである。

「あ、春都~」

 商店街の入り口にはすでに観月がいた。濃い緑のジャケットに白いワイシャツ、こげ茶のタータンチェック柄スラックス、朱色のネクタイという、なんともおしゃれな制服だ。私服といっても違和感ない気がする。今日は上からベージュのダッフルコートも羽織っている。

「悪い、観月。待たせたか」

「ううん。別に用事があったから早めに来ただけ」

 観月は手に持っていた少し重そうな紙袋を差し出した。

「はいこれ。約束の」

「ありがとう。重くなかったか?」

「まあ、冊数あんまり多くないから。刊行ペース遅いんだよね」

 二人連れ立ってアーケードを行く。

「あ、この店まだあるんだね。最近はこの辺来ないからなあ」

 そう言って観月が立ち止まったのはカフェとも雑貨屋とも言い難い簡素な店だった。がらんと白い店内にはささやかなカウンターと背の高い椅子、いくつかのお菓子が並んだ陳列棚しかない。

「メロンフロート、あるのかな」

「あると思う」

「ね、ちょっと寄ってこうよ」

 少しそわそわとした様子の観月がなんだかおもしろくて思わず表情が緩む。

「ああ、いいぞ」

 この店は小さいころからじいちゃんやばあちゃん、両親と一緒に来たことがあるので入りやすい。なんなら最近できたコンビニよりも寄り付きやすいかもなあ。

 がさがさとした電子音が鳴り俺たちの入店を告げると、奥から店主が出て来た。

「はい、いらっしゃい」

 頼めるものといえばメロンフロートかコーラフロートぐらいだが、なんかおいしいんだよな。機械の中でぐるぐる回っている様子が見ていて楽しい。鮮やかな緑色も魅力的だが、俺は基本的にコーラを頼む。

「コーラフロートください」

「僕はメロン」

「はいはい」

 フロート、といえばバニラアイスがジュースにのったものを想像するが、ここで売っているのはシャーベット状のコーラやメロンソーダを砕いてとろとろにした感じのものだ。

 ものすごく体は冷える。が、暖かい店内で飲めばまあ気にならない。

「はいどうぞ」

 渡されたのは紙コップ。フロートには先がスプーン状になっているストライプ柄のストローが刺さっている。紙コップとのバランスが悪いのもこのフロートならではだ。観月のフロートには赤白ストライプ、自分のには黄白ストライプのストローが刺さっていた。ストローは機械の横にあって、小さい頃は色を選ばせてもらっていたなあ。

 それを受け取ったら、揃ってカウンターに向かう。

「この椅子さあ、小さい頃はめっちゃ怖く見えたんだよねー」

「分かる。視界がな」

 その頃と比べればずいぶん背は伸びたものだが、いまだに足が届かない。座るのもやっとだ。

「親にだっこして座らせてもらってたなあ」

 と言いながら観月は笑ってフロートをすすった。

 コーラフロートはどこか爽やかに甘い。ジャリッとした氷の食感とほんの少し炭酸を感じる液体の部分がおいしい。

「昼飯どうする?」

「あ、それなんだけどさ」

 観月は紙コップをカウンターに置くとスマホを取り出した。シンプルなスマホケースだなあとぼんやりと見ていたが、配色が観月の推しっぽいことに気付いたあたりで、画面をこちらに向けて来た。

「この店、知ってる?」

 画面に映っているのは、なんともずいぶんおしゃれな店である。パンケーキの店とあるが、他にも軽食があるようだった。学生向けメニューもあるようで、値段も手ごろそうだ。

「この店、行ってみたいなーと思って」

「でもこんなおしゃれな店この町にあんのか?」

「この辺だって。マップはあるけど、よく分かんないんだよねー」

 いくつかその店の写真が掲載されていたので見てみると、どことなく既視感があるように思えた。デジャヴというやつだろうか。いや、違う。

「あー……もしかして」

 ここからはあまり離れていない場所に思い当たる場所がある。

「行ってみるか?」

「え、分かるの? 行く行くー」

 飲み終わった紙コップを捨てて外に出る。やっぱりこの時期にフロートは寒かったかなあ、などと話しながら、目的の店へと向かった。



「あ、ここだ!」

 目的の店はやはり思った通りの場所にあった。夏場は何回か来た、かき氷の店だ。

「まさか本当にこの店だとは……」

 なんでもかき氷屋がつぶれたというわけではなく、冬場はカフェレストランのようになっているらしい。専門店っつってたのに、こういうのありなんだなあ。

「いらっしゃいませー」

 病院の待合室とかに流れていそうな音楽がかすかに聞こえる店内には、甘い香りやらソースみたいな香りやらが漂っている。あ、これ、フードコートの匂いそっくりだ。

「こっち座ろ」

「おう」

 窓辺からは離れた壁際の席に座る。

 どうもこの店はパンケーキが売りのようであった。飯に甘いものは……というこだわりなどはないのでうまそうなら食う。へえ、しょっぱいパンケーキとかあるんだ。まあ、おかず系のクレープみたいなものか。

「どれにするー? 僕はこのパンケーキにする。甘いの、おいしそう」

「俺はしょっぱいの。ベーコンエッグとかいうの」

 観月はふわふわで生クリームたっぷりのものを頼んで、自分は分厚いベーコンが香ばしそうなパンケーキにした。甘いものでもよかったが、なんか今日はこっちの気分だ。

「あとで一口ちょうだい。そっちも気になってた」

「いいぞ」

「僕のも一口食べてみてよ」

「ああ」

 時間がかかるかとも思ったが、意外と早く出て来た。お、なんかメニューの写真よりボリュームがあるな。

「いただきます」

 もちっとした生地は少し厚い。ずっしりとしていて食べ応えがあり、甘いのは甘いけど控えめで食べやすい。

 ほのかな甘みを感じる生地にはベーコンの塩気があう。脂身がちょっと多めだが、ジュワッと染み出すうま味とほんのり焦げた表面の香ばしさが最高だ。卵は半熟で塩コショウが少しかかっている。ベーコンとパンケーキを一緒に絡めて食うのがうまい。

 あ、そういやソースも何もかかってないけど、ベーコンのうま味と卵のまろやかさ、ささやかな塩コショウの風味だけで十分だ。ほんの少し、生地に味付けはされているらしいけど、それもまたうまい。

「春都、こっちもうまいよ」

「ん、好きなだけ取っていいぞ」

 観月が頼んだパンケーキは自分のとは違ってふわふわしていた。

 シュワッと溶けるような食感ながら、牛乳のコクと生クリームの甘さがしっかり口に残る。しょっぱいのを食べている分、甘さが際立つのだろうか。少しかかったベリー系のソースも甘酸っぱくていいアクセントになっている。

「うまいな」

「ね、おいしいよね」

 再びしょっぱい味に戻る。なんとなく安心感があるなあ。

 まさかこんなしゃれた店で食うことになろうとは思わなかったが、まあよかった。誰かと一緒じゃない限り来ないもんなあ。

 それに、一度来たらなんとなく入りやすいし。

 今度は別の頼んでみよう。軽食も気になるんだよなあ。



「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...