一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百六十九話 花見弁当

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 駅で観月、守本と合流し、序盤の駅で朝比奈と百瀬が乗ってきた。

 窓から見える線路はすがすがしくまっすぐで気持ちがいい。

「着いた着いた~」

 駅に降りると、ずいぶん穏やかな風が吹いていることに気が付いた。

「晴れてよかったよね。暖かいし、花見日和だ」

 と、観月が伸びをする。

 目的の公園までは徒歩で十分もかからない。車の通りの多い道路の脇、しっかり整備された歩道を歩いて行く。公園に近づくにつれて、歩いている人の数も増えていく。

「ここだ、ここ」

 咲良が指さした先の公園には、どうにも花見の雰囲気はあまりない。人はそれなりに多いが、目に入る植物はみんな青々としている。

「桜、咲いてねーじゃん」

 守本が言うと、咲良は「まあまあ」と公園に入るよう促した。

 それが見えたのは、少し歩いてからのことだった。

「おおー」

 ぶわっと視界に入ってきたのは、薄紅色の雲が両脇に広がる、幅の広い道だった。

「こりゃあ……すげえね、貴志」

「ああ。立派なもんだ」

「壮観」

「すごいねえ」

「この公園、こんなきれいだったのか……」

 何回か近くを通ったことはあるが、中までは行ったことはなかった。苔むした立派な木に桜の花が満開に咲き誇っているのは、ずいぶんと見ごたえがある。

「花見客多いなあ」

 きょろきょろとあたりを見回しながら歩く咲良に続いて、自分たちも場所を探しながら歩く。いい場所はどこもかしこも取られてしまっている。

「お、ここいいんじゃね?」

 咲良が見つけた場所は、桜の木々からは少し離れてはいるが、人通りも少ない場所だった。

「ああ、いいんじゃないか」

「じゃ、シート敷くぞ~。春都、菜々世、手伝え」

「はいはい」

 シートは広く、全員が座ってもゆとりがあった。

「お茶とか持って来てるよ」

 と、観月が袋を掲げる。中にはウーロン茶、オレンジジュース、コーラにサイダーとでかいペットボトルが詰まっている。

「じゃ、こっちは弁当だな」

 オードブルを包んでいた布を取ると「おおー」と歓声が上がる。

「すごいねー。これ全部春都が作ったの?」

「咲良にも手伝ってもらった」

「ふふん。俺も結構役に立ったんだぜ?」

 自慢げに胸を張る咲良に守本が「ほんとかあ?」と茶化すように声をかける。

「ほんとだって」

「はーい、こっちは饅頭でーす」

 百瀬は透明のパックに敷き詰められたまんじゅうを包みから取り出す。この色は……

「黒糖か?」

「ご名答。白いのもあるよ。どっちもこしあん」

「うまいぞ」

 あっ、そうか。朝比奈、その場にいたから味見できたのか。

 各々飲み物をもらったら、さっそく。

「いただきます」

 まずはおにぎりと、豚の天ぷらから。しっとりしていて揚げたてとはまた違う味わい。おにぎりとよく合う。からあげはしなっとした衣が味わい深い。

「おにぎりが整然と並んでいるな」

 朝比奈が言えば、咲良が「それ、俺が握って詰めたんだ」と即座に反応する。

 弁当に入れたウインナーはなんか好きだ。うちで食うのとまた味が違って感じる。濃く感じるのかな。ケチャップがよく合うことよ。揚げているので香ばしさがいつもより増しているようにも思える。

「お、春都は卵焼き甘い派なのか」

「んー。守本は違うのか」

「うちは出汁巻きが多いなあ。甘いのもうまい」

 ポテトもいい。なんというか、オードブルだなって感じがする。濃い目の塩味がしっかりなじんで、ジャガイモのうま味を引き立てる。

 マヨネーズをつけるのがいいか、はたまたケチャップか。迷ったら両方つければいい。オーロラソースはまろやかさと酸味のバランスがよく、ポテトによく合う。

 チキンナゲットはちょっとかたくなってしまった。でも、ジュワッと染み出すうま味と香辛料がいい感じだ。

「ポテサラおいしい。なんか入れたの?」

 と、観月が聞いてくる。

「いや、何も特別なことはしてない。しいて言えば、昨日作ったってことぐらいだ」

「そうなんだ。なんか味がまろやかっていうか、おいしい」

 確かに、味がうまいことなじんでいる感じではある。

 枝豆は箸休めにちょうどいい。程よい塩気と甘み、そしてほのかに香る豆の風味。みずみずしさもたまらない。

「エビだ! 一人いくつ?」

 百瀬がうきうきした様子で聞いてきたので「争いが起きないなら、どう分けてもいい」と答えておいた。

 これは醤油で食べる。醤油は魚介の香りを引き立たせる気がする。ほんのり水気を含んだ衣がつるんと取れ、噛み応えのあるえびからはうま味がにじみ出る。

 かなりこんもりと盛り付けていたはずのおかずも、ぎっちり詰め込んだおにぎりも、桜の花をながめながら、あるいは話が盛り上がりながら食べ進めていけばあっという間になくなってしまう。

 しかし今日は饅頭もあるのだ。

「饅頭にはやっぱ緑茶だろ」

「そう言うと思った」

 と、観月が笑ってコップに緑茶を注いでくれた。

 まずは普通のから。生地はふわモチッとしていて小麦の風味が心地よい。あんこは甘さ控えめだ。こしあんなので舌触りが滑らかである。

「黒糖かあ」

 ちょっと苦手、という表情をしながら咲良は黒糖饅頭にかぶりつく。しかしその浮かない表情はみるみる喜色で塗り替えられていった。

「なにこれ。うまいんだけど」

「黒糖そのものと黒糖饅頭は、若干違うからねー」

 と笑う百瀬の話を聞いているのかいないのか「こんなうまいなら食わず嫌いしなきゃよかった」と咲良はもう一つ黒糖まんじゅうを手に取った。

 素朴な甘みは普通の砂糖とはまた違う。コク深いというか、鼻に抜ける香りが香ばしいというか。これがあんことまた合うんだ。

 それを緑茶で追いかける。うん、いかにも和風。うまい。

「いやー、こんなのんびり過ごすの久しぶり。来てよかった~」

 そう観月が言うと、咲良がにやりと笑った。

「満足するにはまだ早いぜ? まだまだお菓子もあるんだ。もっとのんびりしよう!」

 確かに、饅頭も、各々で持参したお菓子もまだ残っている。

 花見は焦ってするもんじゃない、か。俺も、のんびり楽しむとしよう。

 そういや屋台とかあるのかな。あとで歩いてみよう。じっとしているはもったいない景色だしなあ。



「ごちそうさまでした」

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