一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百二十八話 おにぎり

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「今日さあ、家族とか来る?」

 文化祭当日の朝。図書館で準備をしていたら咲良がそう聞いてきた。

「なんか親が来る気満々だった。それと、観月が来る」

 そう言えば咲良は「まじ?」と楽し気に笑った。

「うちは妹来る。着ぐるみ着るって何気なく言ったら、興味津々よ。朝比奈んとこは?」

「うちは誰も来ない」

 飾りつけの余りでかごを装飾しながら話をする。リボン結びって難しいな。どうしても立て結びになる。

「朝比奈、これどうやればいい」

「えっとね……」

 こういう装飾は、朝比奈が上手だ。

 俺と咲良のかごは、いかにも余り物で作りました、って感じだけど、朝比奈のはなんか劇の小物にも見える。風船が映えそうだ。

「おお、すごい」

「ねぇ~俺のもやってよ~」

「お前、数つけりゃいいってもんじゃねえんだぞ……」

 風船を準備したら、かごは更衣室に置いておくことにする。即席の更衣室である詰所には、カーテンを簡単に設置して、中が見えないようにしていた。

「今日は忙しくなるなあ、お前ら」

 詰所に入ろうとしたところで、先生が入れ替わりに出てきた。

「客寄せとして、校内を回れとのお達しだからな」

「うへえ」

 それは、文化祭直前になって実行委員から支持されたことである。一介の生徒が実行委員に反論する術はないもので、甘んじて受け入れた。

 ま、こんな文化祭も、悪くないか。



 ポップコンテストの投票場所には漆原先生が残り、俺たち三人は校内を歩き回ることになった。

 明らかに視線を集めていることは分かる。そりゃそうだ。図体のでかいファンシーな動物が歩いているのだから。しかし、顔が見えないとはかくも素晴らしいものか。なんかものすごい安心感だ。

 記念撮影も、快く引き受けられる。喋らない分ジェスチャーでコミュニケーションを取らなきゃいけないのは大変だが、なんか、気分がのってるので苦ではない。

 いったん図書館に戻って休憩を取る。水分補給は重要だ。特に、こんな格好してるとな。

「なんか春都、ノリノリじゃね?」

 咲良が額の汗をぬぐいながら言った。隣で、朝比奈も頷く。

「別人」

「そうか?」

 まあ、いつもよりちょっとテンション高めかな、という自覚はある。咲良は笑った。

「すげー楽しそうっつーか。なんか、そういう仕事むいてんじゃね? 遊園地のキャストとか」

「あー……」

 それはちょっと楽しそうだ。

 頭をかぶりなおして、外に出る。と、聞き覚えのある声がした。

「来た来た!」

 父さん、母さん、それに観月と百瀬が来ている。隣で咲良が「げっ」と小さく言ったので何事かと思えば、咲良の妹も来ているらしかった。

「結構立派なんだな~」

 父さんはまるで仕入れる商品を眺めるような視線を向ける。母さんはさっきから連写しまくりだ。

「ねーねー、写真一緒に撮ろうよ」

 と、観月がスマホを構える。自撮りか。器用なもんだ。撮った後、風船を渡してやる。なんか余りそうだったのでたくさん押し付けようとしたが「二つで十分だよ」と返された。ちぇっ。

「私もいいですか?」

 おや、咲良の妹じゃないか。咲良とは撮ったのだろうか、とウサギを見れば、表情の変わらないウサギはジェスチャーで「撮ってやってくれ」と言っていた。

「ありがとうございます」

 写真を撮れば、咲良の妹は嬉しそうに笑った。喜んでもらって何よりだ。

「私たちも撮りましょ」

「そうだね」

 母さんがスマホをインカメラにして何とか自撮りしようとするが、入りきらない。結局観月に頼んで撮ってもらった。風船は色も形もリクエストがあったので、それを渡す。こういう時、大人の方が盛り上がるのは何だろう。

 三毛猫は三毛猫で、百瀬にしこたま絡まれている。

 そういやパンダはどこに行った……お、石上先生。くたびれたパンダを引っ張って、こっちに連れてきている。どっかでさぼってたんだな、ありゃ。

「わ、着ぐるみじゃん」

「すごーい。え、生徒がやってんの?」

「写真撮ってもらおうよ」

 にわかに騒がしくなってきた。図書館付近は一般来場者が多いので、余計に人目を引くのだろう。

 父さんと母さんはそれを見越していたらしく、楽しむだけ楽しんだら「じゃ、頑張って!」とだけ言って、満足したように立ち去った。

 去り際に二人そろって連写してきたので思いっきりポーズを取れば、二人とも笑いのツボに入ったらしく、よたよたと大笑いしながら帰って行った。

 いったい何がおもしろかったのだろう。

 振り返って見れば、ウサギと三毛猫がプルプルと無言で震えていたのだった。



 やっと昼休憩だ。交代で取るので、あんまりのんびりはできないか。

 人のいない中庭で昼食をとる。今日は、母さんがおにぎりを持たせてくれた。食べる暇がないかもしれないから、と。ありがたいことだ。

「いただきます」

 お、ちゃんと具材のシールが貼ってある。これは……梅だ。

 塩が控えめなのがちょっとうれしい。それにのりの風味。梅は酸味もあるがフルーティーで食べやすい。ちょっとしそが入っているのもいいな。種がちゃんと取ってあるのでうれしい。あー、疲れた体に染み入る味だ。

 こっちは昆布の佃煮。コクのある味に昆布のうま味、まぶされたゴマが香ばしい。甘めの味付けなので当然、米に合う。

 それと別に添えられていたタッパーにはおかずが入っている。

 からあげだ。少ししんなりとした衣は香ばしく、肉にもしっかり味が染みている。にんにくは控えめで、醤油味がおいしい。

 甘い卵焼きが優しい味だ。

 ん、今日のプチトマトちょっとすっぱい。でも、爽やかだな。

 さておにぎりに戻るか。これは……焼きたらこだ! いつの間に買ってきていたんだろう。しっかり火が通ってもなお健在のプチプチ食感がたまらない。当然辛さはあるものの、程よく、塩気もあってうまい。ご飯に合う。

 最後の一個は高菜だ。これこれ、これこそうちのおにぎりの味だ。醤油がしっかりなじんだ高菜の風味は薫り高く、茎の部分はみずみずしい。葉の部分もじゅわっと味が染み出していいものだ。ほんの少しピリッと辛いのがいい。

 お茶をすする。完璧な昼飯だ。

「もうひと頑張りかあ……」

 空は明るく、気温も高い。梅雨前らしく湿り気もある。浮ついた声が遠くから聞こえるこの空気は嫌いじゃないんだ。

 さて、そろそろ行くとしますかね。喧騒の中心に。



「ごちそうさまでした」

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