一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百六十一話 かき氷

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 忘れ物はないだろうかと確認する。教科書、ノート、今日提出のプリントに単語帳。弁当も忘れてはいけない。体操服も準備した。あとは、何もないかな。えーっと、今日の予定は……
「あ」
 そういえばあれ、言ってたっけ。
「どうした、春都」
 コーヒーをすすりながらテレビを見ていた父さんに尋ねられる。
「夏休みの最初の方、図書委員でちょっと行かなきゃいけないところあるの思い出して。言ってたっけ?」
「聞いてないなあ」
「なになに、また何かやるの?」
 ベランダに出ていた母さんが話声を聞いて戻ってくる。
「そんな楽しいことじゃないよ」
 報告会のことを話しながら、そういえば体育祭の練習やら暑さやらで色々忘れていたなあ、と思う。原稿、全然作ってないんだけど。漆原先生も急かすようなそぶりはないし……あの先生のことだから、忘れてるってことはないだろうな?
 まあ、今日の放課後に集まる予定だし、そん時確認すればいいか。

「すっかり忘れてたわ、報告会のこと」
 そうあっけらかんと笑うのは咲良だ。図書館の椅子に座り、一番近くにあった雑誌を手に取ると、ぺらぺらとめくって元に戻した。その様子を見ていた朝比奈が咲良に聞く。
「読まねえのか」
「うーん、あんまよく分かんねーから。それよりさ、早瀬は?」
「部活」
 集まりといっても、今日は資料の配布があるだけとのことだったので、早瀬の分は朝比奈が預かることにしたらしい。
「やあ、お待たせ」
 詰所から出てきた先生の手にはレジュメが人数分あった。
 受け取って見てみれば、発表原稿のひな型と、使用する写真が並んでプリントされていた。
「これ、原稿できてません?」
 朝比奈が聞けば、先生はいつものように笑って頷いた。
「うん。君たちに任せようと言っておきながら、先生方はひどく注文が多くてね。こちらから頼まずとも、作ってきてくれたのさ。しかも、映像まで」
「なんかラッキーっすね」
「気になってたことが一気に解決したな」
「……楽になった」
 口々にそう言えば、先生は笑って「君たちならそう言ってくれると思ったよ」と言った。
「早瀬君には渡しておいてくれ」
「分かりました」
 今なら部室である視聴覚室にいるらしい。なるべく早めに渡しておいた方がいいだろうと意見が一致したので、三人そろって届けに行くことにした。
 窓が開け放たれた廊下には、生ぬるい風が吹いている。外を見れば、水泳部がプールで軽やかに泳いでいる。プールサイドに日陰はわずかしかない。
 そういやこないだ一年生が「プールの水が、お湯だった」っつってたなあ。
 視聴覚室の扉は重々しい。なんとなく、病院にありそうな雰囲気でもある。レントゲンとか、そういうとこの扉。やっぱ音が漏れないように、こうも厳重なのだろうか。
「なんか入りづれー」
 あの咲良がそう言うので、俺はもとより朝比奈もなんとなく手出しができない。と、タイミングよく扉が開いた。
「お、なんだお前ら。どうした」
「早瀬! ナイスタイミング!」
 しかも出てきたのが早瀬だったものだから、一同揃ってほっとした。
「なんか入りづらくてな」
「ああ、分かる。俺も最初の方はそうだった」
 早瀬にレジュメを渡し、原稿が出来上がった経緯を話すと、早瀬は屈託なく笑った。
「あー、なんかそうなる気はしてた! いやあ、よかったよかった。やること減ってラッキーだよ」
 早瀬は腕時計を確認すると言った。
「そろそろ部活も終わるし、お前らが良ければ一緒に帰ろうぜ」
「ああ。ずいぶん早いんだな」
 朝比奈が聞くと、早瀬は首を縦に振って答えた。
「今のところ、準備に大きな問題はないし。それに、この暑さで参ってるやつも多くてな。今日は早く帰って休めって言われたんだ」
 階段で早瀬を待っていたのはほんの数分ぐらいだったが、それでもじっとりと汗をかくような温度と湿度だ。
「こうも暑いと、冷たいものが食いたくなるなあ」
 早瀬のその言葉に、ふと思い出す店があった。どうやら咲良も朝比奈も同じ店を思いついたらしい。
「行くか?」
「そうだな」
「しゅっぱーつ!」
「え? どこに?」
 戸惑う早瀬を連れて向かったのは、あのかき氷屋だ。七月からはかき氷のテイクアウトが始まるとのことだったので、いつ行こうかと考えていたのだ。
「こんな店あったんだなあ」
 早瀬は楽し気にメニュー黒板を見る。
「どれにしようかなー」
 俺はイチゴにしよう。かき氷を食うと思ってから、もう心に決めていた。
 お、なんか器が前と違う。コップじゃなくて、プラスチック製のカラフルなやつだ。花みたいな形をしている。
「いただきます」
 きれいに盛られた氷の山は赤く染まり、崩すのが惜しいようだ。
 先がスプーン状になっているストローで、サクッと山を崩す。光を受けて、きらきらしている。
 過度にふわふわでもなければ粗っぽくもない、程よい口当たりの氷だ。甘いシロップはイチゴの香りが豊かで、次々口に運んでしまう。
 あー、ひんやり。涼しい。その清涼感を味わいたいからといって一気に食べると危ない。
「うー! 来た来た、頭痛い!」
 ほら見ろ。
 コーラを頼んだらしい咲良は、ラムネのシュワシュワも加勢して一気に食べたばっかりに、頭を抱えてしまっている。
「あー、痛かった」
 回復した咲良は、今度は慎重に食べ進める。
「一気に食うから……」
 少し呆れたように笑う朝比奈はオレンジを頼んでいた。オレンジは食ったことないなあ。
 早瀬は迷いに迷った結果、レインボーにしたらしい。
「いろんな味が楽しめてお得だな!」
 なんと鮮やかな色だろう。そして、早瀬の屈託のない笑みがその鮮やかさとよく似合う。
 ん、底の方に果肉たっぷりのソースが入っている。こっちは少し酸味があって、食べ終わりに爽やかだ。鼻に抜ける、シロップとも生のイチゴとも違う、しっかり砂糖と煮込まれて、そして冷やされたイチゴの独特な香り。プチプチ、ムニムニとした食感の果肉。いいね。
 しかし……前まで売っていた器ではもう売らないのだろうか。あのシロップの味が濃いやつも好きだったんだけどなあ。
 ……あ、なんだ。いろいろ選べたのか。黒板の隅の方、写真もなく文字だけで書かれていたので気が付かなかった。
 今度来たときは、そっち頼んでみようかな。
 あー、でもこの果肉と氷の感じも捨てがたい。
 悩ましいなあ。

「ごちそうさまでした」
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