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日常
第四百二十話 たらこスパゲティ
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咲良に連れられ、今日も今日とて図書館へ向かう。
「失礼しまーす」
いまだ日中は暑い季節だ。冷たく乾燥した図書館の空気は心地いい。
「春都は返却だな」
「おう」
カウンター当番である咲良は椅子に座り、手際よくバーコードを探し出すと、読み取って返却作業を終える。
「今日はなんか借りんの?」
「んー、ちょっと見てみる」
なんか小説が読みたい気分なんだよなあ。何にしよう。
おっ、新刊入ってる。本格ミステリにエンタメ、恋愛もの。なんか今回は恋愛ものが多いな。しかも全体的に色がかわいらしい表紙のものばかりだ。あ、この表紙は見たことある。赤い糸を組み合わせてタイトルの文字を作ってるやつ。なんか目を引いたんだよなあ。内容はちょっとよく分かんなかったけど。
「あ、そうだ」
そういえばあの赤い紐はどうなっただろう。持ち主の元へ返されただろうか。
なんとなく気になってカウンターを見れば、咲良があやとりをしているのが見えた。何だ、まだあるのか。
新刊を棚に戻し、文庫本コーナーへ向かう。日本史の資料集とかで見たことがある文豪の作品はもちろん、読み方の分からん作家の本までいろいろ並んでいる。分からんからと敬遠したり、昔のだから面白くないだろうと思い込んだりすると、損することが多いというのは今まで本を読んできて知ったことである。
よし、これ借りよう。前から気になってたけど、なかなか借りる機会がなかった本である。アニメ化もされて結構人気だから、予約が埋まっているんだ。あってラッキー。
「あっ、貸出? ちょっと待って、今ね、めっちゃ手に絡まってんの」
咲良は指に絡みついた紐をほどこうと一生懸命になるが、外そうとすればするほど絡まっていく。
「あれー?」
「いいよ、自分でやる」
「すまんな!」
まったく、俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ。作業を終えたとき、やっと、紐から解放されたようである。へへっと笑うと、咲良はまた遊びだした。
「久しぶりにやったけど、結構覚えてるもんだな」
「頭で考えるっていうより、手が覚えてる感じ」
「そうそう。逆に考え出すと分かんなくなる」
ひとしきり遊んだ後、咲良は紐を元の場所に置いた。
「そういや、こういう紐使ってさ、工作とかしたよなあ。オレンジの毛糸でナポリタンとか」
「あ、分かる分かる」
教育番組でやってたんだよなあ、そういう工作。食べ物を食べられない物で作るっていうのにすごくワクワクしたっけ。まあ、今でも食品サンプルとか見るとテンション上がる。
「スパゲティ系は毛糸で何とかなる」
「な、ホントそれ。水色とか緑の毛糸合わせて、おぞましい色のパスタとかも作ったなあ。具材は紫でー」
「なんだそれ。ああ、でもやたらと再現度高いの作ってるやつもいた。何だっけ、なんかすげーの作ってんだよ」
「クラスに一人はいるよな、そういうやつ」
咲良は紐をつまみながらふと言った。
「どうしても再現できない飯って、あるかな? 食品サンプルとかを除いて」
「そりゃまあ……飯は星の数ほどあるからな」
言えば咲良は、俄然やる気満々という様子で話し始めた。
「でもさ、手芸用品とか工作の道具もいっぱいあるわけじゃん。だったらできないものはないんじゃねーの?」
そこまで真剣に工作について考えたことがなかったものだから、とっさに言葉が出てこない。というか、工作で食べ物を模したものを作るのも楽しいが、俺としては、実際に食べられた方がいいと思う。
しかし咲良はこちらが何も言葉を発さなくとも、勝手に話を進める。
「例えばスパゲティで考えるとさ、ナポリタンはできるだろー? ミートソースとか、代わった色のパスタも結構いけるよな。あとは何があるかなあ」
スパゲティなあ……ストップモーションとかで、いろんな道具使ってやってるのは見たことあるけど、あれって似せるというよりテンポとか画面映えも気にするから、再現とはいいがたいところがある。
ナポリタン、こないだ卵と一緒に食ったのうまかったなあ。じいちゃんリクエストのナポリタンと、俺リクエストの目玉焼き。半熟でなあ、絡めて食うと何ともいえない味わいが……
あ、そうだ。今日の晩飯、スパゲティにすっか。ナポリタンは最近食べたばっかりだし、となると、あれだな。
「たらこ」
「たらこ? たらこはビーズで再現できそうじゃん」
「あ? ビーズ?」
「へっ?」
微妙に会話がかみ合わず、咲良も俺もキョトンとしてしまったのだった。
たらこスパゲティの素は、スパゲティ以外にも使えるらしい。試してみようと思いながら、なかなかやんないんだよなあ。まあ、今回もやんないけど。今日はスパゲティだ。
麺を茹で、ソースをたっぷり絡める。手軽にできるのがいいよな。刻みのりをかけるのも、たらこスパゲティならではって感じだ。
「いただきます」
たらこスパゲティはどことなく乾燥しているイメージがあるが、実際、出来立ては結構しっとりしてんだよな。クルクルと巻いていくと、つるんとフォークから逃げて行ってしまうので食べるのが難しい。
程よい塩気とたらこのうま味、そして何より、この口当たり。
はじけるという感じではないが、控えめなプチプチ加減がいいんだ。ザラっとした感じともいえる。なめらかさがもてはやされがちではあるが、ざらざらした口当たりというのも、それはそれで魅力である。
たらこだけでも食べてみる。うん、これはこれで。しかしやはり、麺あってこそのおいしさだな。小麦の風味が、たらこの良さを引き立て、たらこがスパゲティのうまさを引き立てる。
食パンで残ったソースをぬぐうと、明太フランスっぽい味を堪能できる。このソースで作れないだろうか。今度調べてみよう。
のりも合わせて食べると、磯の香りが豊かで、たらこスパゲティ食ってるって感じがする。
食品サンプルとか、工作とか、当然そういうのも楽しいけど、やっぱ俺は食える方がいいなあ。
「ごちそうさまでした」
「失礼しまーす」
いまだ日中は暑い季節だ。冷たく乾燥した図書館の空気は心地いい。
「春都は返却だな」
「おう」
カウンター当番である咲良は椅子に座り、手際よくバーコードを探し出すと、読み取って返却作業を終える。
「今日はなんか借りんの?」
「んー、ちょっと見てみる」
なんか小説が読みたい気分なんだよなあ。何にしよう。
おっ、新刊入ってる。本格ミステリにエンタメ、恋愛もの。なんか今回は恋愛ものが多いな。しかも全体的に色がかわいらしい表紙のものばかりだ。あ、この表紙は見たことある。赤い糸を組み合わせてタイトルの文字を作ってるやつ。なんか目を引いたんだよなあ。内容はちょっとよく分かんなかったけど。
「あ、そうだ」
そういえばあの赤い紐はどうなっただろう。持ち主の元へ返されただろうか。
なんとなく気になってカウンターを見れば、咲良があやとりをしているのが見えた。何だ、まだあるのか。
新刊を棚に戻し、文庫本コーナーへ向かう。日本史の資料集とかで見たことがある文豪の作品はもちろん、読み方の分からん作家の本までいろいろ並んでいる。分からんからと敬遠したり、昔のだから面白くないだろうと思い込んだりすると、損することが多いというのは今まで本を読んできて知ったことである。
よし、これ借りよう。前から気になってたけど、なかなか借りる機会がなかった本である。アニメ化もされて結構人気だから、予約が埋まっているんだ。あってラッキー。
「あっ、貸出? ちょっと待って、今ね、めっちゃ手に絡まってんの」
咲良は指に絡みついた紐をほどこうと一生懸命になるが、外そうとすればするほど絡まっていく。
「あれー?」
「いいよ、自分でやる」
「すまんな!」
まったく、俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ。作業を終えたとき、やっと、紐から解放されたようである。へへっと笑うと、咲良はまた遊びだした。
「久しぶりにやったけど、結構覚えてるもんだな」
「頭で考えるっていうより、手が覚えてる感じ」
「そうそう。逆に考え出すと分かんなくなる」
ひとしきり遊んだ後、咲良は紐を元の場所に置いた。
「そういや、こういう紐使ってさ、工作とかしたよなあ。オレンジの毛糸でナポリタンとか」
「あ、分かる分かる」
教育番組でやってたんだよなあ、そういう工作。食べ物を食べられない物で作るっていうのにすごくワクワクしたっけ。まあ、今でも食品サンプルとか見るとテンション上がる。
「スパゲティ系は毛糸で何とかなる」
「な、ホントそれ。水色とか緑の毛糸合わせて、おぞましい色のパスタとかも作ったなあ。具材は紫でー」
「なんだそれ。ああ、でもやたらと再現度高いの作ってるやつもいた。何だっけ、なんかすげーの作ってんだよ」
「クラスに一人はいるよな、そういうやつ」
咲良は紐をつまみながらふと言った。
「どうしても再現できない飯って、あるかな? 食品サンプルとかを除いて」
「そりゃまあ……飯は星の数ほどあるからな」
言えば咲良は、俄然やる気満々という様子で話し始めた。
「でもさ、手芸用品とか工作の道具もいっぱいあるわけじゃん。だったらできないものはないんじゃねーの?」
そこまで真剣に工作について考えたことがなかったものだから、とっさに言葉が出てこない。というか、工作で食べ物を模したものを作るのも楽しいが、俺としては、実際に食べられた方がいいと思う。
しかし咲良はこちらが何も言葉を発さなくとも、勝手に話を進める。
「例えばスパゲティで考えるとさ、ナポリタンはできるだろー? ミートソースとか、代わった色のパスタも結構いけるよな。あとは何があるかなあ」
スパゲティなあ……ストップモーションとかで、いろんな道具使ってやってるのは見たことあるけど、あれって似せるというよりテンポとか画面映えも気にするから、再現とはいいがたいところがある。
ナポリタン、こないだ卵と一緒に食ったのうまかったなあ。じいちゃんリクエストのナポリタンと、俺リクエストの目玉焼き。半熟でなあ、絡めて食うと何ともいえない味わいが……
あ、そうだ。今日の晩飯、スパゲティにすっか。ナポリタンは最近食べたばっかりだし、となると、あれだな。
「たらこ」
「たらこ? たらこはビーズで再現できそうじゃん」
「あ? ビーズ?」
「へっ?」
微妙に会話がかみ合わず、咲良も俺もキョトンとしてしまったのだった。
たらこスパゲティの素は、スパゲティ以外にも使えるらしい。試してみようと思いながら、なかなかやんないんだよなあ。まあ、今回もやんないけど。今日はスパゲティだ。
麺を茹で、ソースをたっぷり絡める。手軽にできるのがいいよな。刻みのりをかけるのも、たらこスパゲティならではって感じだ。
「いただきます」
たらこスパゲティはどことなく乾燥しているイメージがあるが、実際、出来立ては結構しっとりしてんだよな。クルクルと巻いていくと、つるんとフォークから逃げて行ってしまうので食べるのが難しい。
程よい塩気とたらこのうま味、そして何より、この口当たり。
はじけるという感じではないが、控えめなプチプチ加減がいいんだ。ザラっとした感じともいえる。なめらかさがもてはやされがちではあるが、ざらざらした口当たりというのも、それはそれで魅力である。
たらこだけでも食べてみる。うん、これはこれで。しかしやはり、麺あってこそのおいしさだな。小麦の風味が、たらこの良さを引き立て、たらこがスパゲティのうまさを引き立てる。
食パンで残ったソースをぬぐうと、明太フランスっぽい味を堪能できる。このソースで作れないだろうか。今度調べてみよう。
のりも合わせて食べると、磯の香りが豊かで、たらこスパゲティ食ってるって感じがする。
食品サンプルとか、工作とか、当然そういうのも楽しいけど、やっぱ俺は食える方がいいなあ。
「ごちそうさまでした」
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