一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百二十六話 フライドポテト

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「それじゃあ、お邪魔します」
「どうぞー」
 家にじいちゃんとばあちゃんがそろってやってくることは、そういや、あんまないような気がする。基本、俺が店に行くからなあ。それか、ばあちゃんだけで来るかだ。
「きれいにしてるじゃない」
 部屋を見渡してばあちゃんが言う。
「まあ、うん」
 しっかり片付いているというわけでもなく、むしろ生活感あふれる室内ではあるが、足の踏み場がないというわけでもない。ちょっと片付けといてよかった。
「わふっ」
「お、うめずー。元気しとるか」
「わーうっ」
 うめずがじいちゃんに突進し、じいちゃんは嬉しそうにうめずを受け止める。うめずはちぎれんばかりに尻尾を振り回しながら、行き別れた主人に再会したかのごとき勢いでじいちゃんとばあちゃんにじゃれついている。
「落ち着けうめず」
「わふ、わうっ。わう!」
「あはは、元気ねえ」
 ばあちゃんが楽しそうに笑う。
 うめずが落ち着いたところで、やっと椅子に座れた。
「はー……勉強すっか」
 台風がテストを吹き飛ばしてくれるわけでもないので、勉強はやるしかない。なんなら、休校になったし、余裕余裕と高をくくって、覚えたことが台風と共に去ってしまうことは、ありうるからなあ。
「なんだ、もう部屋にこもるのか」
 自室に向かおうとしたところで、ソファに座ったじいちゃんに声をかけられる。
「あー、テスト勉強しないと」
「居間ですればいいじゃない」
 ばあちゃんがじいちゃんの隣に座りながら言う。
「せっかくだし、一緒にいようよ」
「ん、そっか」
「集中できないならあれだけど」
「いや、大丈夫。どこででもできる」
 そうだなあ、せっかくだから、居間にいるか。
 荷物だけ持ってきて、テーブルにつく。今度は数学がちょっと不安なんだよなあ。というか、数学は毎回不安だ。文系科目に能力振り切っちゃってるからなあ、俺。
「お茶でも入れようね」
 ばあちゃんが台所に立ち、茶葉を探す。
「急須、使うね」
「はーい」
「何かお茶請けは……あら、リンゴがたくさん」
「ぜひ貰ってください」
 教科書を広げながら言う。ばあちゃんは「そうね、いくつかもらっていこうかな」と笑い、お茶請けはリンゴにすることにしたらしい。
 問題をチクチク解いていたら、緑茶と、リンゴが差し出された。
「あ、ウサギ」
「ふふ、たまにはいいでしょ」
 きれいな形のウサギリンゴである。皮はシャキッとみずみずしく、実は少し柔らかい。ウサギの形ってだけでなんかおいしさが増す気がするのは何だろう。
「どんな問題を解いているんだ?」
 テレビを見ていたじいちゃんがテーブルにやってくる。ばあちゃんは台所に立ち、何か作っているようだった。
「んー、こういうの」
「解けるのか」
「まあ、分かんないところもあるけど」
「すごいなあ、優秀だ」
 そう言われるとなんだかくすぐったい。しかし、解けない問題も結構ある。実際、今も悪戦苦闘している。あー、なんか数字が並んでるの見るだけで目が回りそうだ。
「あー分からん」
「どれだ」
「これこれ」
 じいちゃんに見せると、じいちゃんは「ふむ」と言い「何か書いていい紙はあるか?」と聞いてきた。
「ん、これいいよ」
「ありがとう」
 シャーペンとノートの1ページを破って渡せば、じいちゃんはさらさらーっと問題を写す。そして、途中少し考えこみながら解いていき、答えを出してしまった。
「こういうことじゃないか?」
「えっ、すご。分かるの」
「じいちゃんは、昔から数字に強いのよ」
 ばあちゃんが何かを揚げながら、楽しそうに言う。じいちゃんはじいちゃんで、
「英語なんかは、ばあちゃんの方が優秀だ」
 と言った。ばあちゃんは「ふふ」とくすぐったそうに笑う。
「昔の話よ」
 へえぇ……そうなんだ。二人とも、勉強できるんだ。へえ……
 じいちゃんに手伝ってもらいながら問題を解いていたら、ばあちゃんがフライドポテトを持って来てくれた。
「少し休憩したら?」
 じいちゃんのおかげで思った以上に進みがいいので、ばあちゃんが言うとおり、少し休憩することにした。
「いただきます」
 自分のより、ばあちゃんが揚げたポテトの方がうまく感じる。なんだろう、うま味が違う感じがする。
 カリッとした衣にジュワッとあふれる熱い湯気、ホックホクのジャガイモはやけどしてしまいそうだが、熱々のまま食うのがうまい。甘みが強く、塩がなくとも十分うまいが、塩をかけることでジャガイモのうま味が際立つのだ。
 イモを使った料理は、やはり、ばあちゃんに任せるに限る。
 そうそう、こないだ買った、いつもと違うケチャップ。外国のやつで、ポテトに合うと思ったんだ。マヨネーズと一緒に出そう。
 んー、バーベキューソースみたいなうま味。やっぱポテトに合うなあ。マヨネーズはいつからかはまってしまった食べ方だ。まろやかでうまい。
 合わせてオーロラソースっぽくして食うのもいい。ケチャップのうま味とマヨネーズのまろやかさがいっぺんに味わえるのがいいのだ。
 ポテトにケチャップとマヨネーズ、半分ずつつくようにつけると、見た目にも楽しい。
「英語はやるの?」
 ばあちゃんがポテトをつまんで聞いてきた。
「うん、やるよ」
「あとで教科書見せてね」
「分かった」
 二人とも、なんだか楽しそうだ。
 今度はそのまま、塩だけでもう一度食べてみる。少し時間がたったポテトはもちもちした感じがしてうまい。
 台風は不安だけど、来てもらってよかった。
 なんか楽しいし、二人も楽しそうだし、俺は勉強進むし、うまいもの食えるし。
 今日だけに限らず、毎日来てほしいなあ。

「ごちそうさまでした」
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