一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四百四十二話 焼きそば

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 このまま学校に行けば余裕だが、コンビニに寄ると遅刻ギリギリになる時間である。ダッシュすれば何とかなるだろうが、朝から走りたくないなあ。だからと言って昼飯抜きはしんどいし。
 今日は朝っぱらから父さんも母さんも仕事が立て込んで、弁当作る時間がないからと昼飯代を握らされた。できれば教室から出たくないのでコンビニで飯を買っていこうと思ったものの、のんびり家を出たらこんなことになってしまった。あと十分、家を出るのが早ければなあ。
 しゃーない、今日は、学食行くかぁ。
「わっ!」
「おうっ」
「あはは、おはよ、一条」
 背後から突進してきたのは山崎だ。機嫌がいいのか、これが通常運転なのか分からないが、にこにこ笑っている。
「朝から機嫌悪いねー。なんか嫌な夢でも見たの?」
「別に。っつーか、機嫌悪くない」
「うっそだぁ。だってさあ」
 山崎はわざとらしく口をへの字にすると、両手の人差し指で眉間にしわを寄せた。
「こーんな顔してたし」
「してない」
「してたー。ねえ、何考えてたの? そんなに難しいこと?」
「別に、何もねえよ」
 適当にあしらっても、山崎はめげることなくにこにこ笑いながら食い下がる。まったく、俺にかまって何が楽しいんだか。
「昼飯どうしようかなーって、それだけだ」
 昇降口で靴を履き替えながら言えば、山崎は、かかとが完全に折れ曲がった上靴をはきながら「昼飯?」と首をかしげる。折れ曲がったかかとは、はくときに本来の姿に直された。
「いつも弁当だけど、今日はないから」
「なるほどぉ。学食行けばいいじゃん?」
「人が多くて面倒なんだよ」
「でもいつも行ってるよね、井上だっけ?」
「あれは巻き込まれてるだけだ」
 俺としては極力、教室から移動したくないものだ。人が多いところは酔うし、疲れる。階段の人混みにも辟易するほどだ。
「ふーん、そうなんだ。でも、嫌々って感じではないよねー」
「どうせ巻き込まれるなら、楽しんだ方がいい」
「言えてる」
 教室に入り、自分の席に座る。中村はもう来ていて、俺が席に着くなり振り返った。
「はよ」
「おー、おはよ」
「さっそく護に絡まれてたな」
「絡むって失礼だなあ」
 早々に荷物を片付けたらしい山崎がやってきて、中村を追いやって座ろうとする。中村は山崎に抗議の目を向けたが、いつものことなのか、諦めて半分場所を譲った。
「俺は、一条と仲良くなりたくて話をしてんの」
「お前の押しの強さは、会話じゃねえ。絡みだ」
「ひどい」
「はは……」
 こういう時どうすればいいのか分からないので、朝課外の準備をすることにする。あ、英語の辞書がいるな。
 廊下に出て、そっと深呼吸をする。学校に来てやっと呼吸ができたようだ。悪い奴ではないのだが、今までにかかわったことのないタイプのやつらだから、どう対応すべきか分からん。
「お、春都来てる。よかった」
「咲良」
 いつも通りのあっけらかんとした笑みで「おはよ~」と言いながら、咲良はこちらにやってきた。
「今日昼、学食な」
「ああ、俺もだ」
「マジ? あ、そうだ。それならさ、屋上行かね?」
 咲良は、開いた窓の外を見ながら言った。
「今日天気いいし、気持ちよさそう」
「そうだな、そうしよう」
「何食うかなあ、そしたら。こないだの道の駅みたいな弁当あればいいのにな」
「パフェとか?」
「そう! あれ、うまかったよなあ~」
 道の駅から見えた秋晴れの景色もいいが、見慣れた景色も悪くない。
 昼飯、何食うかな。

 運よく授業がスムーズに終わったので、人でごった返す前に食堂へ行くことができた。おお、いろいろ並んでるな。こんだけ揃ってるの見るのは初めてかもしれない。
「なーににしよっかなー」
 咲良はそわそわと弁当を眺める。
 さあ、俺も何にするか早いところ決めてしまおう。弁当もいいが、屋台っぽい飯も気になるところだ。この焼きそばとか、ソースたっぷりでうまそうじゃないか。しかも、大盛りまである。これにしよう。
 人が増え始めるころ、食堂から抜け出して、その足で屋上へ向かう。
「おー、気持ちいいなあー」
「風強い」
 秋めいてきた風は涼しいが、日差しはそれなりに暖かい。日陰に入ると涼しすぎるので、程よく日差しが差し込む場所を陣取る。
「いただきます」
 ずっしりと重い焼きそばはできたてなのか、ほのかに温かい。割りばしで麺をすくい上げ、食べる。
 こってりとしたソースは甘辛く、つるりとした口当たりの麺は、噛めばモチモチである。滴り落ちそうなほどたっぷりとソースを含んでいて、ここは屋台のものとは違うなあと思う。制服にはねないよう、気を付けて食べなければならない。
 キャベツの食感が程よく残り、歯ごたえがたまらない。焼きそばの具で何が一番好きって、キャベツなんだよなあ。ニンジンもほろっとしてうまい。もやしもみずみずしいのがいいんだなあ、これが。
 もちろん、肉も好きだ。プルプルした脂身は甘く、肉は噛み応えがある。かつお節をまとって、いい風味だ。
 紅しょうがはすっきりする。紅しょうが、かなり好きだ。
「なーんか、こうしてると春みたいだよなあ」
 咲良が、とんかつ弁当をほおばりながら言う。
「そうだな」
「これから寒くなんのかあ、やだなあ」
「でも、おでんがうまい季節だぞ」
「あ、それはいいな」
 楽しめるもんは楽しまないともったいない。
 ……まあ、俺は、季節問わずに、飯を楽しんでいる気がするけどな。

「ごちそうさまでした」
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