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日常
第四百九十九話 親子丼
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「あー、やだなあ、七時間目」
昼休み、昼食を終えてだらだらしていたら、咲良は実に嫌そうにそう言った。
「柔道場だっけ? あそこ、寒いんだよなあ」
「床が冷たいからな」
「そうそう。暖房欲しいわ~」
今日の七時間目は学年集会がある。三学期に入ってすぐにある、学年別勉強合宿の説明らしい。合宿といいながら日帰りで、会場も特別な場所ではなく学校だ。一週間、クラス関係なしに一日中勉強をする……みたいな。
「割と自由に教室行き来できるから、合宿そのものは嫌いじゃないけど」
咲良はだらりと机にうなだれる。
「そうだな。ほぼ自習で授業らしい授業ないもんな」
「先生たちが巡回してんのは面倒だけどさ、まー、悪いもんじゃないよな。説明会が寒いだけで」
先生たち曰く、それぞれ得意不得意があるだろうから、クラスを超えて各々の得意分野を教えたり、苦手科目を克服したりして、学力向上を目指し、仲良くなろう! ってことらしいが、生徒からしてみると、いつもの授業より緩い一週間、って感じなんだよなあ。
結局仲いいやつらでかたまるし、俺は去年、咲良以外のやつと話した記憶がない。途中、咲良が休んだ日は、一人で黙々と予習終わらせたっけなあ。
「何の話してんだ?」
そう言ってやってきたのは勇樹だ。勇樹は近くから椅子を借りてくると、背もたれを前にして座った。
「合宿の話~」
咲良が机に溶けながら言う。
「七時間目の説明会が寒いって話~」
「あはは、確かに寒いよな。誰もいない体育館とか特に」
「冷暖房完備の床暖房つきって体育館がいいよな~」
「ぜいたくかよ」
勇樹に言われ、うー、と咲良は縮こまる。
「そっか、合宿か。そんな時期か、もう」
そう言いながら、勇樹は後ろに貼ってある予定表に目を向けた。
「俺なんの教科しよっかなー。最近国語が怪しいんだよな」
「そうなのか」
「なんかどんな勉強すればいいか分かんなくて。感覚でやってきた弊害受けてんの」
勇樹がそうぼやいているところに宮野がやってきた。宮野の方から来るって、珍しいな。
「ここにいたの、勇樹」
「おー、健太。どうしたー」
「体育館、先生が片付けに来いってさ」
なんでも、四時間目どこかのクラスがバレーボールだったようで、それの片付けをしないといけないらしい。勇樹は「え~?」と不満げな声を上げる。
「使ったやつらが片付ければいいんじゃねーの?」
その不満に咲良が体勢を変えないまま「それ思った」と相槌を打つ。お前はどうしてそんなにだらけているんだ。そんなに嫌なのか、寒い体育館が。
宮野は宮野で実に不本意そうにため息をつく。
「出したやつらが片付けろって。それに、最後に使ったクラスにバレー部がいないんだって」
「えー、それも、今日授業で使うから出しっぱなしでいいぞって、先生が言ったから置きっぱなしにしてたんじゃん」
「とにかく、片づけないと面倒だよ。集会あるから急げって言ってた」
勇樹はしぶしぶ立ち上がると、宮野と連れ立って廊下に出て行った。途中「卓球場と剣道場でやればよくない?」「卓球台とか防具があるから使えないんだって」という、二人の納得いかない声音での会話が聞こえてきた。
「そっちの片付けはさせないのかな」
咲良が机にうなだれたまま、廊下に視線をやってつぶやく。
「それな」
「でもせめて、使ったやつらが片付けるよな。知らないなりに、片付けさせられたけどなあ、俺らは」
「先生によって違うんだろ」
「え、体育の先生って、そんなにいたっけ」
ここでやっと体を起こし、咲良は背もたれに身を預ける。
「各学年に二人はいると思う」
「そうだったかなあ。ああ、考えてみれば、確かにそうか」
放送部だったら、視聴覚室を片付けろとか言われるのだろうか。まあ、機材放置するとか、そもそも機材を使うような授業はないよなあ。
「出しっぱなしにしてくれてたら、集会なくなるのかなあ」
咲良が楽しそうに言う。
「なわけないだろ。片づけるの待たなきゃいけないだろうし、それに説教が付け加えられるだけだ」
「えー、やっぱり?」
「そもそも俺らは剣道場だから関係ない」
「それもそうか」
と言って、咲良は再び机に突っ伏すと、間もなく寝息を立て始めた。
まったくもって、忙しいやつである。
想像以上に体育館は寒く、すっかり体の芯から冷え切ってしまった。家に帰って風呂に入ったところで、やっと落ち着く。居間に戻ってくると、ちょうど晩ご飯の準備ができたようだった。
「お、ナイスタイミング、私」
母さんが得意げに笑う。
「自分で言うんだ」
そう言えば父さんも面白そうに笑った。
「いただきます」
今日は親子丼とみそ汁かあ。うまそうだ。
フワッフワの卵は、家で作る親子丼って感じがして好きだ。半熟とろとろってのは、そういやあんまり食べたことない。俺にとっての親子丼は、このふわふわ卵なんだ。
ジュワッとあふれ出る甘い出汁、鶏肉がなくても、この味付けの卵だけでご飯が進みそうだ。紛れ込んだ玉ねぎは程よく食感が残り、甘くておいしい。熱々で温まるなあ。親子丼ってどうしてしみじみするんだろうか。
鶏肉、やっぱりあるとうまい。身はプリッとしていて、皮はもちもちだ。ジューシーだけどあっさりともしていて、甘辛い味がよく染みている。
親子丼というからには卵と鶏肉、ご飯を一緒に食べたいものだ。つゆだくでもちゃんと素材本来の味がする米、卵のふわふわ、じゅわじゅわ、鶏肉の食感、うま味。これだよ、これ。うまいなあ。
一味をかけるとピリッと味が引き締まってまたいい。
みそ汁の具は大根だ。薄く透き通った細切りの大根はほくほくの熱々で、味噌の香ばしさが際立つ甘さだ。
親子丼はきれいに食べたい。どんぶりに残った卵も、米も、できればつゆも、余すことなくいただきたいものだ。まあそれは、親子丼に限った話ではないが。
ああ、今日も飯がうまい。
「ごちそうさまでした」
昼休み、昼食を終えてだらだらしていたら、咲良は実に嫌そうにそう言った。
「柔道場だっけ? あそこ、寒いんだよなあ」
「床が冷たいからな」
「そうそう。暖房欲しいわ~」
今日の七時間目は学年集会がある。三学期に入ってすぐにある、学年別勉強合宿の説明らしい。合宿といいながら日帰りで、会場も特別な場所ではなく学校だ。一週間、クラス関係なしに一日中勉強をする……みたいな。
「割と自由に教室行き来できるから、合宿そのものは嫌いじゃないけど」
咲良はだらりと机にうなだれる。
「そうだな。ほぼ自習で授業らしい授業ないもんな」
「先生たちが巡回してんのは面倒だけどさ、まー、悪いもんじゃないよな。説明会が寒いだけで」
先生たち曰く、それぞれ得意不得意があるだろうから、クラスを超えて各々の得意分野を教えたり、苦手科目を克服したりして、学力向上を目指し、仲良くなろう! ってことらしいが、生徒からしてみると、いつもの授業より緩い一週間、って感じなんだよなあ。
結局仲いいやつらでかたまるし、俺は去年、咲良以外のやつと話した記憶がない。途中、咲良が休んだ日は、一人で黙々と予習終わらせたっけなあ。
「何の話してんだ?」
そう言ってやってきたのは勇樹だ。勇樹は近くから椅子を借りてくると、背もたれを前にして座った。
「合宿の話~」
咲良が机に溶けながら言う。
「七時間目の説明会が寒いって話~」
「あはは、確かに寒いよな。誰もいない体育館とか特に」
「冷暖房完備の床暖房つきって体育館がいいよな~」
「ぜいたくかよ」
勇樹に言われ、うー、と咲良は縮こまる。
「そっか、合宿か。そんな時期か、もう」
そう言いながら、勇樹は後ろに貼ってある予定表に目を向けた。
「俺なんの教科しよっかなー。最近国語が怪しいんだよな」
「そうなのか」
「なんかどんな勉強すればいいか分かんなくて。感覚でやってきた弊害受けてんの」
勇樹がそうぼやいているところに宮野がやってきた。宮野の方から来るって、珍しいな。
「ここにいたの、勇樹」
「おー、健太。どうしたー」
「体育館、先生が片付けに来いってさ」
なんでも、四時間目どこかのクラスがバレーボールだったようで、それの片付けをしないといけないらしい。勇樹は「え~?」と不満げな声を上げる。
「使ったやつらが片付ければいいんじゃねーの?」
その不満に咲良が体勢を変えないまま「それ思った」と相槌を打つ。お前はどうしてそんなにだらけているんだ。そんなに嫌なのか、寒い体育館が。
宮野は宮野で実に不本意そうにため息をつく。
「出したやつらが片付けろって。それに、最後に使ったクラスにバレー部がいないんだって」
「えー、それも、今日授業で使うから出しっぱなしでいいぞって、先生が言ったから置きっぱなしにしてたんじゃん」
「とにかく、片づけないと面倒だよ。集会あるから急げって言ってた」
勇樹はしぶしぶ立ち上がると、宮野と連れ立って廊下に出て行った。途中「卓球場と剣道場でやればよくない?」「卓球台とか防具があるから使えないんだって」という、二人の納得いかない声音での会話が聞こえてきた。
「そっちの片付けはさせないのかな」
咲良が机にうなだれたまま、廊下に視線をやってつぶやく。
「それな」
「でもせめて、使ったやつらが片付けるよな。知らないなりに、片付けさせられたけどなあ、俺らは」
「先生によって違うんだろ」
「え、体育の先生って、そんなにいたっけ」
ここでやっと体を起こし、咲良は背もたれに身を預ける。
「各学年に二人はいると思う」
「そうだったかなあ。ああ、考えてみれば、確かにそうか」
放送部だったら、視聴覚室を片付けろとか言われるのだろうか。まあ、機材放置するとか、そもそも機材を使うような授業はないよなあ。
「出しっぱなしにしてくれてたら、集会なくなるのかなあ」
咲良が楽しそうに言う。
「なわけないだろ。片づけるの待たなきゃいけないだろうし、それに説教が付け加えられるだけだ」
「えー、やっぱり?」
「そもそも俺らは剣道場だから関係ない」
「それもそうか」
と言って、咲良は再び机に突っ伏すと、間もなく寝息を立て始めた。
まったくもって、忙しいやつである。
想像以上に体育館は寒く、すっかり体の芯から冷え切ってしまった。家に帰って風呂に入ったところで、やっと落ち着く。居間に戻ってくると、ちょうど晩ご飯の準備ができたようだった。
「お、ナイスタイミング、私」
母さんが得意げに笑う。
「自分で言うんだ」
そう言えば父さんも面白そうに笑った。
「いただきます」
今日は親子丼とみそ汁かあ。うまそうだ。
フワッフワの卵は、家で作る親子丼って感じがして好きだ。半熟とろとろってのは、そういやあんまり食べたことない。俺にとっての親子丼は、このふわふわ卵なんだ。
ジュワッとあふれ出る甘い出汁、鶏肉がなくても、この味付けの卵だけでご飯が進みそうだ。紛れ込んだ玉ねぎは程よく食感が残り、甘くておいしい。熱々で温まるなあ。親子丼ってどうしてしみじみするんだろうか。
鶏肉、やっぱりあるとうまい。身はプリッとしていて、皮はもちもちだ。ジューシーだけどあっさりともしていて、甘辛い味がよく染みている。
親子丼というからには卵と鶏肉、ご飯を一緒に食べたいものだ。つゆだくでもちゃんと素材本来の味がする米、卵のふわふわ、じゅわじゅわ、鶏肉の食感、うま味。これだよ、これ。うまいなあ。
一味をかけるとピリッと味が引き締まってまたいい。
みそ汁の具は大根だ。薄く透き通った細切りの大根はほくほくの熱々で、味噌の香ばしさが際立つ甘さだ。
親子丼はきれいに食べたい。どんぶりに残った卵も、米も、できればつゆも、余すことなくいただきたいものだ。まあそれは、親子丼に限った話ではないが。
ああ、今日も飯がうまい。
「ごちそうさまでした」
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