一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
532 / 893
日常

第五百二話 アイス

しおりを挟む
 当番ではないが、図書館のカウンター内にいることは多い。ちょっとした雑用とか、手伝わされることが多いんだ。先生が頼みやすいんだろうなあ。
 今日は雑誌の付録抜き作業をやる。ポーチとか鏡とか、しおりや文房具も多い。何に使うんだか全く見当もつかないようなものもある。なにこの人形、何に使うんだろう、何を意図して、こんなデザインにしたのだろう。
「何その人形」
 カウンターの方で貸出返却をしていた咲良が、キャスター付きの椅子に座ってやってくる。
「知らん」
 どうやらグネグネと変形するらしいそれを咲良に渡す。咲良は、まるで新しいおもちゃを買い与えられたような……いや、どちらかといえば、下校中に草むらで使い古された見たこともない何かを見つけた小学生のような、そんな表情で人形を眺めた。
「えー、なにこれ。何色っていうんだろ、この微妙な色。うわ、形変わるし」
「お、これは知ってる」
「なになに?」
 次の雑誌には、いわゆるスクイーズといわれるようなものが入っていた。おお、もちもちしてる。
「うっへへ、なんだこの感触。気持ちわりぃ」
「貸して貸して」
 咲良もウニウニぐにぐにスクイーズを弄り回すと、変な笑い声をあげた。
「うえ~へへ。んっふ、何だろ、この、なに、これ」
「つかんでるようなつかんでないような感じな」
「指の間がなんかくすぐったい」
 それにしたって、ほんと、雑誌の付録ってすげえよなあ。幅が広いというか、何というか。もっと量産品感のあるポーチばっかりだと思ってた。咲良は多機能ポーチを色々見ながら言った。
「そういや妹が買った雑誌にもなんか付いてたなあ。何だっけ、水筒だったかな」
「色々あるんだなあ」
 よし、一段落。一人で持って行くには多い、というか、かさばる。
「俺も持ってく」
「助かる」
 咲良と一緒に持って行くなら、ちょうどいいくらいだな。すぐ後ろの詰め所にいる先生に声をかける。この部屋は、図書館内よりちょっと冷える。
「先生、終わりました」
「おお、ありがとう。この机に置いてくれるか」
「はーい」
 詰所に入るのは初めてではない。先生が使っている机のほかにも三台、机があるが、そのどれもが物置と化している。先生の隣の机に景品を置くが、今にも雪崩が起きそうだ。
 先生は膝にブランケットをかけていて、机の下には小型のヒーターを置いていた。
「あっ、いいなー先生。暖かそうっすね」
 咲良が言うと、先生はパソコンで作業をしながら笑って答えた。
「いやあ、それが結構寒いんだ。足が冷えてしょうがない。こたつ机が欲しい」
 へえ、職員室は暑いくらいにガンガン暖房ついてるけどな。そういや、事務室も結構冷えるんだよなあ。掃除のときとか、結構冷える。保健室はさすがに暖かいけど。やっぱ、場所によって違うもんだなあ。
 カウンターに戻り、また椅子に座る。
「確かに、考えてみれば、カウンターも結構冷えるな」
 足元には冷気がたまっているようにも思える。咲良は「そうだなあ」と相槌を打った。
「こたつ付きカウンター、いいよな」
「図書館にこもりっきりになりそうだ」
「あはは、言えてる」
 咲良は頬杖をつくと、叶いもしないこたつ付きカウンターに思いをはせる。
「こたつがつくならみかんもいるよなあ。こたつにみかん」
「ああ、いいな。俺は酸っぱいの選びがちだけど」
「あはは、当たるときは当たるよなあ。みかんとか……あとは、アイスもいいよな」
 こう、この辺に冷凍庫置いて、と咲良はジェスチャーで背後を示した。小さな四角を示しているあたり、結構リアルに想像しているようだ。
「こたつでアイス、ってのは贅沢の象徴だな」
 暖かい空間で、ホカホカしながら、冷たいアイスを食べる。そこに好きなアニメとか、ゲームとか、漫画とかあったらもう、最高だよな。
 咲良はすでにこたつにもぐりこんでいるような表情をして言った。
「そんでさあ、冬に食べたくなるアイスっつったら、クリーム系なんだよ」
「分かる」
 頷けば、咲良は嬉しそうに笑った。
「分かる~? シャーベット系を食わないってわけじゃないし、あれば食うんだけどさ。やっぱクリーム系が欲しくなるんだよ~」
「チョコとかな」
「あー、チョコ。間違いないねえ。冬場はチョコの甘さが恋しくなるもん。俺は、バニラも無性に食いたくなるなあ」
「ああ、バニラはいいよな。王道」
「そうそう、王道っていいよな。王の道って書くんだから」
「なんだそれは」
 はは、と、お互いに笑った後、いったん、会話が途切れる。そこそこ生徒はいるが、借りに来るやつはあまりいない。ぼんやりとしたぬくさと、ふわふわとした眠気がたゆたっている館内を眺めていると、だんだん自分も眠くなってくるようだ。
「まあ……なんだ」
 同じように眠気と闘っているらしい咲良が、冷静な口調でつぶやいた。
「図書館は飲食禁止だけどな」
「そうだな」

 晩飯を終え、こたつにもぐりこむ。何と今日は、デザートにアイスがあるのだ。しかもアイスクリーム専門店のやつ。父さんと母さんがプレジャスに行って、クーポンもあるし、安いからと買ってきたのだとか。
「いただきます」
 俺はチョコ、父さんはチョコミント、母さんはイチゴだ。
 ここのチョコレートアイス、濃厚でうまいんだよなあ。スプーンですくっただけでよく分かる。なんかもっちりしてんだよな。そういや、カップに入るようになったんだなあ。前はこう、弁当に入れる銀紙のビニール版というか、紙っぽいやつだったけど。ちょっと表面がシャーベット状になっているのも、持ち帰り感あっていいよなあ。
 ねっとりとした口当たりに、コクのあるチョコレートの風味。甘さは程よく、すっきりとしている。ほろ苦い後味で、もう一口、もう一口と食べたくなる。口の中がひんやりして気持ちがいいなあ。
「チョコレート、一口ちょうだい。こっちもあげるから」
「はいよー」
 母さんがイチゴアイスを差し出してきたので、こっちもチョコレートを差し出す。
 イチゴはさっぱり系だよなあ。果肉も入っていて豪華だ。アイスのとろける口当たりに、程よくシャキッとした食感のイチゴがうまいこと合わさり、鼻からフレッシュな香りが抜ける。そんで、ほんのり残ったチョコレートの風味と相まって……うまい。
「じゃ、父さんも」
「よしきた」
 チョコミントはなかなか自分じゃ買わないなあ。ミントのスーッとする感じ、嫌いじゃない。チョコレートと合わさると、なんか懐かしい感じがするのは何だろう。
 それじゃ、自分のチョコレートに戻る。色々食べられるのも、持ち帰りならではだな。お店で色々目移りしたものを食べられるってのは、いいことだ。
 少し溶けかかって、飲み物みたいになった。これはこれでうまいんだなあ。最初っからフラッペを頼むって手もあるけど、最初に溶けてない、ねっとりしたのを味わってから、ほんの少し溶けたのをすくって飲むようにして食べて、最後溶けたのをかき集めて流し込む、って食べ方、好きだなあ。
 はー、おいしかった。まさか早々に贅沢できるとはなあ。
 明日、咲良に自慢してやろう。

「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...