一条春都の料理帖

藤里 侑

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番外編 男子高校生のつまみ食い①

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 平日のショッピングモールは、休日の喧騒がうそのように人が少ない。特にフードコートやレストラン街は、子どもの騒ぐ声、泣き声、けたたましい笑い声に怒鳴り声、とそれはもう様々な声が飛び交うものだが、今や館内放送がこだまするほどである。
 そんなレストラン街にあるカフェの一つ、安さとボリューム、そして幅広いラインナップが売りのカフェに、四人の男子高校生がいた。
 ボックス席のソファ側、壁際に座るのは、凛とした印象の黒髪の少年、春都だ。その隣には、ほのぼのとした笑みを浮かべる少年、咲良が座っている。春都の向かいには、ミュージシャンにでもいそうな少し長めの黒髪を持つ、穏やかそうな少年、朝比奈が座り、その隣に、これまた朝比奈とは正反対の、元気いっぱいというような印象の少年、百瀬が座っている。
 彼らは今日、振替休日を利用して、空いた平日のショッピングモールに遊びに来ていた。
「それじゃあ、ケーキセットを四つ」
 代表して注文するのは、この手の店に慣れた百瀬である。あとの三人は店の雰囲気になかなかなじめないでいたが、百瀬はすっかり手慣れた様子であった。
「かしこまりました。ケーキの種類とドリンクをお選びください」
 店員は伝票をかきこみながらにこやかに聞く。
「チョコケーキと……紅茶のホットで」
「俺はショートケーキにココア!」
「……モンブランと、コーヒーお願いします」
「じゃあ~……ガトーショコラとホットミルクを!」
 と、春都、咲良、朝比奈、百瀬の順に注文をする。店員は手際よく注文を取ると「かしこまりました。少々お待ちください」と言って、厨房に戻って行った。
「ここはね、ボリュームも値段もラインナップも申し分ないんだけど、ちょっと時間がかかるんだよね」
 百瀬はそう言って、スマホで時間を確認した。
「まあ、それも楽しみということで」
「そうだな。じゃー、色々話しようぜ!」
 咲良がワクワクした様子で言うと、朝比奈がふと思いついたように言った。
「俺、ずっと疑問に思ってたことがあるんだが」
「おーなんだなんだ。俺に分かるかどうかは知らんが、俺が分からなくても、春都が答えてくれるぞ」
「何で俺」
 春都があきれたように咲良を見ると、咲良はあっけらかんと笑って言った。
「何でも知ってそうじゃん」
「俺だって知らないことはある」
「えー、でも、俺が知らないことも知ってること多いし」
「それはお前が知らなさすぎるだけだ、咲良」
「ひっでぇ」
 そんな軽口をたたきあいながら笑う二人の様子を見て、朝比奈と百瀬は目を見合わせる。
「多分、俺も今貴志と同じ疑問が浮かんでると思うんだよね」
「な?」
 朝比奈は二人に思い切って聞いた。
「お前ら、なんでそんなに仲いいんだ?」
 その問いに、春都も咲良もキョトンとする。そこに百瀬が畳みかけて言った。
「正直言って、接点なさそうな感じじゃん。接点とかなさそう。しかも、高校で初めて会ったんでしょ? なんでそんなに仲いいわけ?」
 接点がなさそうなのはお前たちもだ、と春都と咲良は同時に思ったが、自分たちに向けられた疑問に答えなければと律儀に思いなおし、口には出さなかった。
「うーん……何で……」
 咲良が真剣に首をひねる。
「なんで、春都」
「さあ……」
 春都も難しい顔でうなる。百瀬は面白そうに笑い、朝比奈は苦笑する。二人の記憶に任せていてもらちが明かないと思ったのか、朝比奈は言った。
「最初から仲が良かったのか?」
「いや、それはない」
 見事に二人の声がそろい、朝比奈は驚き、百瀬は声を上げて笑った。
「え、そ、そうなのか」
「むしろ第一印象最悪だったな」
 と、春都。
「俺も。絶対仲良くなれねえと思った!」
 と、咲良。
「な、なんで……」
 朝比奈は、どうして二人が仲がいいのかも気になったが、どうしてそこまで最悪な印象をお互いに持ったのかも同じくらいに気になって聞いた。その隣で百瀬が、楽しいショーでも見ているような視線を春都と咲良に向ける。話し始めたのは、春都だ。
「最初はプリントだな。俺が前の席で、咲良はすぐ後ろ。見た目からして関わり合わないだろうなあ、とは思ってたけど……」
 春都は子どもらしい笑みを浮かべ、咲良を親指で示しながら続けた。
「こいつ、ひったくるようにプリント取るんだよ。だからびっくりして思わず手を放すんだけど、落ちたやつ拾っても何も言わねえの。こっちも見ねえし、その後ろの席の知り合いとばっかり話してるし」
「うわーそれは印象最悪~」
 百瀬が相槌を打つと、咲良が「いやいや」と首を振り、人差し指で春都を示した。
「こいつだってなかなかのもんだぞ?」
 いたずらを思いついた子どものような表情で、咲良は話す。
「怒ると怖いんだよ。俺の言うことなすこと全部癪に障る、みたいな態度でさあ。何かしら一緒にやるたびに怒られるし、喧嘩するし。もう俺こいつといるの絶対無理、息苦しい! って思ったもんだよ」
「そんなに怒るのか……」
 と、朝比奈が唖然とした様子で言う。春都も咲良も今となっては過去のこと、と割り切っているようで、春都は笑って咲良に言った。
「お前の態度が気に入らなかったってのもあるけど、そもそも時間を守らないから」
「俺、人見知りするからさー」
「それを言うなら俺だって、新しい環境で気が立ってたんだよ」
「二人が仲良くなったきっかけって何なの、ほんと。気になるわぁ」
 百瀬が言うと「あっ、あれだ!」と咲良がなにかを思い出したようである。
「宿泊訓練!」
「ああ、そうだな。それだ」
 春都も思い出したようだ。朝比奈と百瀬が無言で「そこんとこ詳しく」と話を促すように、興味津々というような視線を二人に向ける。話し始めたのは咲良だ。
「バスの席が隣同士でな。どーすっかなあ、って思ってたんだよ。話題もないし、短い距離でもないから、間が持たなくて。その時はまってた歌を鼻歌で歌ってたら、地味に春都がハモってきてな」
「その頃しつこく聞いてた歌だったものだから、つい」
「しかもそれが、そこそこ有名だけど歌詞見ないで歌えるやつは少ない……まあ、歌詞がセリフみたいな歌でさ。それ歌えるやつ初めて会ってさ! もー、そこからは早かったな?」
「ああ、一気に話すようになったな」
 あれほどの第一印象を覆すその歌とは、と朝比奈も百瀬も思ったが、楽しそうに笑いあう二人には言えず、朝比奈は別のことを聞いた。
「で、今に至る、ってわけか?」
「そうそう。誇張でもなんでもなく」
 咲良が真っ先に肯定すると、春都も頷いて言った。
「あの一件で好きなもんが一緒って分かって、それで心が広くなったんだろうな。こいつはこういうやつだ、って諦めがついたというか」
「俺も。悪い奴ではないんだな、って。それに、何がこいつの逆鱗に触れるかなんとなく分かってきたところはある」
「その割にはちょくちょく言い合いするけどな」
「まあな。でも、あの頃ほどでもないし」
「そうだな」
 なんと飛躍した話なのだろう、と朝比奈と百瀬は思うと同時に、なんとなくこの二人ならそうかもしれない、とも思った。へたにドラマチックな展開があるよりも、最初からべたべたに仲がいいというよりも、一番納得のいく展開であった。
「お待たせしました」
 話の結末を見計らったように、店員がケーキセットを運んできた。
 かわいらしい模様が縁に施された皿に、そこそこ大きめのケーキが鎮座する。
 三角で背の高い、クリームたっぷりのチョコレートケーキにはチョコソースもかかっている。真っ白なクリームに赤色のジャムがかわいらしいショートケーキには大きないちごがみずみずしい。モンブランはその名に恥じない、まさしく山のように栗のペーストが絞られ、ガトーショコラにはゆるく泡立てられた生クリームが添えられている。
「いただきます」
 春都はうきうきした様子で、ケーキにフォークを入れる。しっかり目のクリームに、フワッフワのスポンジ。ほぼクリーム、といっても過言ではないその見た目に、春都は表情を緩めた。
 上品な甘みのクリームにほろ苦いスポンジ、トッピングのナッツは香ばしく、紅茶でとろけだす風味がなんともいえない。
「あとさ、こいつ、すげーうまそうに飯食うなって思って」
 咲良は満足げにショートケーキをほおばり、ココアを飲む。真っ白な生クリームは甘さすっきり。酸味のあるいちごと、甘いイチゴジャムとの相性がいいのだ。だから、ココアが甘くてもバランスがいいのである。
「こっちの食欲も刺激してくんの」
「そうか?」
「うん。あと、作る料理もうまそう」
 それは分かる、というように朝比奈も百瀬も頷いた。そして実際においしいということも、三人は知っている。
 モンブランは栗のペーストの中に、細切れになった栗のシロップ煮がまぎれている。生クリームは、ショートケーキと同じのようだ。コーヒーに合う甘さのケーキである。ガトーショコラはほろ苦く、生クリームはもちろん、ホットミルクとの相性も抜群のようだ。
「飯を大事に、丁寧に食うやつは、悪い奴ではないんだろうな、って。今となっては思うよ」
 当たり? と言って、咲良は春都に、にやっと笑いかける。春都はあきれたように、でもどこか嬉しそうに笑うと「どうだろうな」と言って紅茶を飲んだ。
「一条の弁当、おいしかったもんねえ」
 百瀬が言うと、朝比奈は頷いた。
「お子様ランチも秀逸だった」
「また弁当作ってほしいなあ」
 咲良もそう言うと、春都は「はは」とくすぐったそうに笑った。
 静かなのにどこか騒がしいような空気が流れる、平日の昼下がり、ショッピングモール。
 楽し気な四人の笑い声は、軽やかな音色の楽器が奏でる、一つの澄み切った音楽のように聞こえた。

「ごちそうさまでした」
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