一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第六百三十一話 コンビニケーキ

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 王道いちごの生クリーム、とろけるように甘いチョコレート、さっぱりチーズケーキ、層が魅力的なミルクレープ、温かい室内で食べるアイスケーキ、定番ながら意外と食べたことが少ないブッシュドノエル――
 一カ月ちょっと前から、というか、ハロウィンが終わるかどうかという頃からじわじわと出始めていたクリスマスケーキの話題。今はそのピークである。
 登校の準備をしながら見る朝の情報番組でも、あちこちのケーキが紹介されていた。
『超高級ホテルの特製ケーキ!』
『入手困難! 老舗デパートのクリスマスケーキ』
『行列ができる店のクリスマス限定ケーキとは?』
『クリスマスは豪華に! 華やかなケーキでテーブルを彩ろう!』
 すごいなあ。いろんなケーキがあるんだなあ。
 うちのクリスマスは、昨日やった。今日は、父さんも母さんも忙しいみたいだ。高級なケーキ、スペシャルなディナー……ではないが、十分華やかで楽しいクリスマスだった。
 いつもと少し味付けの違うフライドチキンのレシピは、俺が調べた。カリッカリの衣はにんにくと塩こしょうが効いていて、うま味がたっぷりだった。手羽元を揚げたのだが、これがまたうまくてなあ。プリッとした肉から染み出すジューシーな脂。
 しつこく骨にかぶりついたものだ。
 手羽先をオーブンで焼いたのもうまかった。こっちはシンプルに塩こしょうのみの味付け。骨からきれいに身をはがして食べるのが楽しい。
 それと、さっぱりした味付けのスパゲティ。白だしで和風の味付けにしたそれは、濃い味付けの鶏の合間にちょうどよかった。
 そんで、食後のデザートはもちろん、ケーキだ。
 前に一度、俺の誕生日にケーキを買った店で買ったんだ。ちょっと遠くて、なかなか普段は行けない店だからなあ。
 店中に積み重なったクリスマスケーキの箱にわくわくした。
 買ったのはシンプルなショートケーキ。これがまたうまかった。純白のクリームはすっと口の中で溶け、コクがありながらもさっぱりとした口当たりと甘み。ふわふわのスポンジはほのかに甘く、いちごの酸味と相まって、いくらでも食べられそうだった。
 冗談抜きで、ワンホール食える。ケーキワンホールって、夢だよなあ。ロールケーキ一本なら、食ったことあるけど。
「えーっと、弁当と水筒。よし」
 忙しいのに、弁当作ってくれている。ありがたいことである。
「そんじゃ、行ってくるからな、うめず」
「わふっ!」
「寒いから、ここにいろよ~」
 言われずともそうするつもりです、というように、うめずはソファに座って動かない。散歩だけは意気揚々と行くのだが、まあ、確かに、外の寒さと家の中の寒さって、なんか違うよな。
「気を付けてねー」
「寒くないようにな」
 父さんと母さんが自室から出てきて、ひらひらと手を振って見送る。
「うん、行ってきます」
 クリスマスとはいえ、今日は平日。
 学生は大人しく、学校に行くとしますかね。

 心なしか、学校も浮足立った雰囲気だ。冬休みも近いし、クリスマスだし。それもまあ、そうか。鞄のほかに、大きな袋を持って来ているやつもいた。その袋の中には、うっすらとクリスマスカラーが見えた。
「プレゼント交換してたぜ、うちのクラス」
 昼休みになってすぐ。そう言いながら、咲良がやって来た。慣れた様子で、使っていない椅子を持ってきて、座る。
「参加しなくていいのか」
「呼ばれてないし、交換するようなプレゼント持って来てないし」
 そんなことより、と咲良はサンタクロースの来訪を待ちわびる子どものように笑って、コンビニの袋を掲げてみせた。
「今日は、楽しみ持って来てんの。早く飯食おうぜ!」
「……? おう、そうだな」
 なんだろう、よく見えなかった。
「いただきます」
 今日は……豚の天ぷらににプチトマト、レンチンしたキャベツをマヨネーズで和えたもの、小さなグラタン、フライドポテト、卵焼き。どことなくクリスマスっぽい色合いだ。
 豚の天ぷら、やっぱりうまい。醤油が効いてる。にんにくは控えめながらも程よく香り、食欲が増す。サクサクの衣と噛み応えのある肉、これを噛みしめるのがたまらない。
 キャベツ、どうやらマヨだけでなく味噌も一緒に和えてあるみたいだ。味噌特有の甘さと風味がうま味となって舌になじむ。
 グラタンには小さなエビがちょこんと一つ。甘いんだよな、このグラタン。この甘さが癖になるんだ。もちもちしたマカロニもうまい。ほんの少しコーンの風味がするんだよな、これ。なめらかな舌触りがまたいい。
「カツカレーもあったんだけどさあ」
 と、咲良がコンビニのかつ丼をほおばりながら言う。
「さすがに教室でカレーはきついかなーって」
「お前でも一応、そういうこと気にするんだな」
「気にするよ、たまに」
 たまにかよ、とは思ったけど言わない。
 フライドポテトをグラタンにつけてもうまい。いい感じに味変になるんだ。卵焼きはそのまま食うのがいいかな。プチトマトは口がさっぱりする。
 ご飯には卵味のふりかけ。ご飯が不思議と進むんだよなあ、このふりかけ。
「うまかった……」
「じゃーん、春都。見て見て」
 一足先に食べ終わっていた咲良が、満を持して取り出したのは……コンビニケーキだった。
「なんだ、買ったのか?」
「せっかくのクリスマスだしさー、ケーキ食べたいじゃん?」
 ショートケーキとチョコレートケーキ。定番っぽい二つを買ってきたんだなあ。
「はい、春都の分のフォーク」
 咲良はプラスチックのフォークを差し出してきた。
「俺も食っていいのか」
「もともとそのつもりで買ってきたんだよ。ショートケーキとチョコ、どっちも食いたくてさ~。二人ならどっちも食えるだろ」
 そういうことなら、ありがたくいただこう。
 いちごジャムが挟まったショートケーキは、甘い。甘さ控えめなのもいいが、がっつり甘いケーキっていうのも、スイーツらしくて好きだ。そんで、コンビニスイーツってうまいんだよなあ。専門店とはまた違うおいしさっていうか。
 万人受け、って感じなのかな。シンプルで、複雑すぎない味がいいんだよなあ。
 チョコレートも甘い。ココアのスポンジが少しほろ苦い気もするが、やっぱり甘い。そこにチョコソースがかかっているのだからなあ。クリームにはチョコチップが混ざってるし。
 でも、くどくないのが不思議だ。むしろ、次から次に食べたくなるような感じだ。
 さっぱりしていていくらでも食べられる、っていうのとはまた違う。濃くて、癖になる感じ。厄介だねえ、おいしい物って。濃くてもさっぱりでも夢中になってしまうのだから。
「いちご半分こしよ」
「お前が一つ食えよ、咲良」
「いーって、ハイ、半分~」
 じゃあ、遠慮なく。ケーキに使われるいちごって、酸っぱいことが多いよな。クリームとの相性が抜群だ。
 チョコレートを少しつけてもうまい。いちごとチョコレートは、最強の組み合わせだ。
 思いがけず二度目のクリスマスが楽しめてしまったな。
「ありがとな」
「ん? いいよいいよ、俺が楽しみたかっただけだし」
 咲良は最後に残ったクリームをこそげとり、なめると笑って言った。
「お礼がしたいっていうなら、俺の誕生日、よろしくな!」
 あ、あー、そういやこいつの誕生日、もうすぐだな。遠慮のないやつだといえばそうだが、まあ、嫌な気はしないので、いいか。
 まったく、こいつといると、退屈しないな。

「ごちそうさまでした」
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