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日常
番外編 井上咲良のつまみ食い⑧
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薄く日の差す休日の昼下がり。咲良は学校近くのバス停にいた。バスを待つのは咲良一人で、静かなものである。
「これからどうすっかな~……」
スマホをいじりながら、咲良はベンチに座る。あまりの冷たさに一瞬たじろぐが、何とかして慣れる。
一台のバスがやってきて、咲良は視線を上げる。自分が乗るバスではないと分かってそのままスマホに視線を戻そうとしたとき、咲良はバスの中に見慣れた顔を見た。窓際の席に座っていたのは菜々世だった。
「おっ」
咲良は軽やかに立ち上がると、バスに乗った。守本の席の隣が空いていたので、そこに座る。
「よぉ、菜々世」
「……咲良?」
音楽を聞いていたらしい菜々世は驚いたように咲良を見る。
「びっくりした~。誰かと思った」
「へっへっへ」
「てか、なに? いつから?」
「さっき」
バスの扉が閉まり、咲良は座席に落ち着くと昨日からのことを菜々世に話した。菜々世はイヤホンを外し、鞄に入れる。バスは、平日より車の通りが少ない道を街へと走った。寒い町を行く人の姿は少ない。
咲良の話を聞くにつれて、菜々世の表情は呆れたような笑みに変わっていった。
「お前……お前なあ」
「ん? 何?」
「一条の心が広くてよかったな」
と、言いながらも、菜々世は思っていた。これは心の広さというより、諦めかもしれない。
咲良もその辺はなんとなく分かっているかもしれないが、気にしないのが咲良である。にこにこ笑って、「楽しかったなあ」と言っている。
「で、菜々世はどうしたんだ?」
「モール行こうと思って。ほしい本、この辺の店にないんだよ」
なるほど、と咲良は頷くと言った。
「じゃ、俺も行く~」
「言うと思ったよ」
「えっへへ」
こいつ、ほんと、ノリで生きてるよなあ、と改めて思った菜々世であった。
休日のショッピングモールは、やはり人が多い。正面入り口から入ると、食品売り場やちょっとしたフードコートのようなところなどを通るのだが、何やら甘い香りが充満していた。
「おっ、冬季限定スイーツフェアだってさ」
咲良が指さした先には、クリスマスカラーのポスターが貼ってあった。
「どうりで甘い匂いがするわけだ」
「寒い時期になると、チョコレートとかキャラメルのスイーツが多くなるって、春都が言ってた」
「あー、なんかそれは分かるかも」
二人は連れ立って本屋へ向かった。本屋はショッピングモールの一番奥にある。裏の入り口から入ればよかったな、などと話しながら、クリスマスに染まる店内を歩いて行く。
「新刊コーナー見てくる」
「おう。適当にその辺見てるよ」
咲良は書店の入り口付近に並ぶ、輸入雑貨やベストセラー本をなんとなく眺めていたが、すぐに興味を失くして入り口付近のベンチに座った。周辺の店から漂ってくるコーヒーの香りとアロマの香りが相まって、いかにもショッピングモールだなあとぼんやり考える。
たくさんの人の声と館内放送、愉快な音楽、そして近くの電子掲示板から流れてくる映画の予告。
『今なら、ポップコーンとドリンクの特別セット販売中!』
何とかその音声が聞き取れた時、咲良はふと思った。
「昼飯どうすっかなあ」
「ここにいたのか。お待たせ」
「おー、買えたか? ……あれ?」
やってきた菜々世の手には何も握られていなかった。菜々世は咲良から聞かれる前に、困ったように言った。
「それがさあ、入荷してないっていうんだよ。大きい店ならあると思ったんだがなあ」
「何て本なんだ?」
菜々世はスマホで咲良に画像を見せる。咲良は見るなり「あー、もしかして……」とつぶやく。
「なんだ?」
「多分、こっちじゃねえかなあ」
咲良は、アニメショップの前にある大きめのフードコートでのんびりと座っていた。手には機械の番号札が握られている。
菜々世は、群青色の袋を下げて、アニメショップから出てきた。
「な? あったろ?」
「咲良、すげぇな」
「本によっては、一般の本屋に入荷しないのもあるんだよ」
それは自分も経験があるから、分かったことである。
「じゃ、昼飯にしようぜ。菜々世もなんか買って来いよ」
「そうだな」
と、咲良の番号札から電子音が流れてきた。嬉々とした様子で、咲良は目的の店に向かった。
咲良は餃子専門店の、鉄板焼き餃子のセットを頼んだようだった。菜々世はたこ焼きを買ったようだ。
「いただきます」
鉄板の上の餃子はジュウジュウいっていて、もわもわと上がる湯気が熱そうだ。特製のたれにつけて、慎重に口に運ぶ。
カリッと焼き目にもちっとした皮、熱々の中身はしょうがが効いていて、にんにくの風味が程よい。一口サイズの餃子だが、一口で食べるには危険な熱さである。ジュワッと染み出す肉汁と、うま味たっぷりの味付け。たれの酸味は控えめだ。
それをご飯で追いかける。たれが少し染みたご飯も熱々で、咲良はハフハフと言いながら幸せそうにほおばった。
セットの中華スープも、鶏のうま味がしっかり出ていておいしい。
「たこ焼きもうまそうだな」
「交換するか」
菜々世は、明太マヨのたこ焼きを頼んでいた。
油でカリッと揚げ焼のように焼かれたたこ焼きは、餃子に負けず劣らず熱そうだ。中身はとろりとしていて、紅しょうがの風味が爽やかだ。たこは大ぶりで、食べ応えがある。ソースは甘みがあって、ピリッとした明太子が合わさったまろやかなマヨネーズとよく合う。
「明太マヨうまいなあ」
「餃子もうまいぞ」
ラー油を少し加えたたれで食べる餃子は、ひりっと刺激があっていい。
半分にかじった餃子の断面に、タレをしっかり浸して食べる。するとたれの味をより濃く感じられる。少し柚子胡椒をつけると、ラー油とはまた違った辛さと、柑橘のさわやかさ、塩気が加わってうま味が増す。
少し冷めたら一口で。色々なうま味が口の中一杯に広がる。まだ熱いところもあって、咲良は冷たい水を慌てて飲んだ。
徐々に人も増え、フードコートは賑やかになってくる。
せっかくスイーツフェアをやっているのだから、何か帰りに買って帰ろうか。辛さと熱さで口の中がひりひりしながら、咲良はそう思ったのだった。
「ごちそうさまでした」
「これからどうすっかな~……」
スマホをいじりながら、咲良はベンチに座る。あまりの冷たさに一瞬たじろぐが、何とかして慣れる。
一台のバスがやってきて、咲良は視線を上げる。自分が乗るバスではないと分かってそのままスマホに視線を戻そうとしたとき、咲良はバスの中に見慣れた顔を見た。窓際の席に座っていたのは菜々世だった。
「おっ」
咲良は軽やかに立ち上がると、バスに乗った。守本の席の隣が空いていたので、そこに座る。
「よぉ、菜々世」
「……咲良?」
音楽を聞いていたらしい菜々世は驚いたように咲良を見る。
「びっくりした~。誰かと思った」
「へっへっへ」
「てか、なに? いつから?」
「さっき」
バスの扉が閉まり、咲良は座席に落ち着くと昨日からのことを菜々世に話した。菜々世はイヤホンを外し、鞄に入れる。バスは、平日より車の通りが少ない道を街へと走った。寒い町を行く人の姿は少ない。
咲良の話を聞くにつれて、菜々世の表情は呆れたような笑みに変わっていった。
「お前……お前なあ」
「ん? 何?」
「一条の心が広くてよかったな」
と、言いながらも、菜々世は思っていた。これは心の広さというより、諦めかもしれない。
咲良もその辺はなんとなく分かっているかもしれないが、気にしないのが咲良である。にこにこ笑って、「楽しかったなあ」と言っている。
「で、菜々世はどうしたんだ?」
「モール行こうと思って。ほしい本、この辺の店にないんだよ」
なるほど、と咲良は頷くと言った。
「じゃ、俺も行く~」
「言うと思ったよ」
「えっへへ」
こいつ、ほんと、ノリで生きてるよなあ、と改めて思った菜々世であった。
休日のショッピングモールは、やはり人が多い。正面入り口から入ると、食品売り場やちょっとしたフードコートのようなところなどを通るのだが、何やら甘い香りが充満していた。
「おっ、冬季限定スイーツフェアだってさ」
咲良が指さした先には、クリスマスカラーのポスターが貼ってあった。
「どうりで甘い匂いがするわけだ」
「寒い時期になると、チョコレートとかキャラメルのスイーツが多くなるって、春都が言ってた」
「あー、なんかそれは分かるかも」
二人は連れ立って本屋へ向かった。本屋はショッピングモールの一番奥にある。裏の入り口から入ればよかったな、などと話しながら、クリスマスに染まる店内を歩いて行く。
「新刊コーナー見てくる」
「おう。適当にその辺見てるよ」
咲良は書店の入り口付近に並ぶ、輸入雑貨やベストセラー本をなんとなく眺めていたが、すぐに興味を失くして入り口付近のベンチに座った。周辺の店から漂ってくるコーヒーの香りとアロマの香りが相まって、いかにもショッピングモールだなあとぼんやり考える。
たくさんの人の声と館内放送、愉快な音楽、そして近くの電子掲示板から流れてくる映画の予告。
『今なら、ポップコーンとドリンクの特別セット販売中!』
何とかその音声が聞き取れた時、咲良はふと思った。
「昼飯どうすっかなあ」
「ここにいたのか。お待たせ」
「おー、買えたか? ……あれ?」
やってきた菜々世の手には何も握られていなかった。菜々世は咲良から聞かれる前に、困ったように言った。
「それがさあ、入荷してないっていうんだよ。大きい店ならあると思ったんだがなあ」
「何て本なんだ?」
菜々世はスマホで咲良に画像を見せる。咲良は見るなり「あー、もしかして……」とつぶやく。
「なんだ?」
「多分、こっちじゃねえかなあ」
咲良は、アニメショップの前にある大きめのフードコートでのんびりと座っていた。手には機械の番号札が握られている。
菜々世は、群青色の袋を下げて、アニメショップから出てきた。
「な? あったろ?」
「咲良、すげぇな」
「本によっては、一般の本屋に入荷しないのもあるんだよ」
それは自分も経験があるから、分かったことである。
「じゃ、昼飯にしようぜ。菜々世もなんか買って来いよ」
「そうだな」
と、咲良の番号札から電子音が流れてきた。嬉々とした様子で、咲良は目的の店に向かった。
咲良は餃子専門店の、鉄板焼き餃子のセットを頼んだようだった。菜々世はたこ焼きを買ったようだ。
「いただきます」
鉄板の上の餃子はジュウジュウいっていて、もわもわと上がる湯気が熱そうだ。特製のたれにつけて、慎重に口に運ぶ。
カリッと焼き目にもちっとした皮、熱々の中身はしょうがが効いていて、にんにくの風味が程よい。一口サイズの餃子だが、一口で食べるには危険な熱さである。ジュワッと染み出す肉汁と、うま味たっぷりの味付け。たれの酸味は控えめだ。
それをご飯で追いかける。たれが少し染みたご飯も熱々で、咲良はハフハフと言いながら幸せそうにほおばった。
セットの中華スープも、鶏のうま味がしっかり出ていておいしい。
「たこ焼きもうまそうだな」
「交換するか」
菜々世は、明太マヨのたこ焼きを頼んでいた。
油でカリッと揚げ焼のように焼かれたたこ焼きは、餃子に負けず劣らず熱そうだ。中身はとろりとしていて、紅しょうがの風味が爽やかだ。たこは大ぶりで、食べ応えがある。ソースは甘みがあって、ピリッとした明太子が合わさったまろやかなマヨネーズとよく合う。
「明太マヨうまいなあ」
「餃子もうまいぞ」
ラー油を少し加えたたれで食べる餃子は、ひりっと刺激があっていい。
半分にかじった餃子の断面に、タレをしっかり浸して食べる。するとたれの味をより濃く感じられる。少し柚子胡椒をつけると、ラー油とはまた違った辛さと、柑橘のさわやかさ、塩気が加わってうま味が増す。
少し冷めたら一口で。色々なうま味が口の中一杯に広がる。まだ熱いところもあって、咲良は冷たい水を慌てて飲んだ。
徐々に人も増え、フードコートは賑やかになってくる。
せっかくスイーツフェアをやっているのだから、何か帰りに買って帰ろうか。辛さと熱さで口の中がひりひりしながら、咲良はそう思ったのだった。
「ごちそうさまでした」
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