一条春都の料理帖

藤里 侑

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第六百八十五話 文化祭②

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 文化祭二日目、この日もまた特等席にいた。
「いい眺めだ……」
 体育館の二階、ステージの正面。隣にいる朝比奈が、しみじみとつぶやいた。
「人の目が届かない場所って、いいな」
「だなあ」
「体育館横の部屋もよかったけどな!」
 と、咲良が言う。ステージでは有志発表が行われていて、今日の音響は一年生がやっている。俺たちは午後からの有志発表の音響担当で、今は、自分たちの発表を待つばかりだ。
「放送部の特権だねぇ」
「おっ、早瀬。来たか」
「うん」
 四人並んで、ステージに目を向ける。今は体育館の照明が少し絞られ、薄暗い。上映前の映画館みたいだ。
 ここからは、客席もよく見える。
 あ、いるいる。じいちゃんとばあちゃん。よそ行きの恰好をしていて、シャキッとしていて、二人ともかっこいい。
「……ん?」
 なんだ、隣の二人組と何か話をしている。誰だ、知り合いか?
 ……あっ!
「へ、えぇ?」
「ん? どしたぁ、春都」
「なんかあったか?」
「……お腹空いた?」
「いや、何でもない」
 嘘だろ、父さんと母さんがいるんだけど。あれぇ? なんで? 仕事だから来られないって言ってたような気がするんだけど。聞き間違い?
 これは問い詰めなければなるまいよ。
 と、その前に、俺らのドラマが上映される。まずはそれを見届けないとな。
「お、そろそろじゃね?」
 と、咲良が囁き、肩を叩いてくる。咲良はニパッと笑う。
「楽しみだな!」
「ああ」
 やがて体育館内は暗くなり、人がいなくなったステージにはスクリーンが現れる。ますます映画館のようで、そわそわしてきた。
 こういう空気は、好きだなあ。

「よかったよ~、すごくよかった!」
「頑張ったんだなあ、春都」
「まあね……って、何で二人ともいるの」
 上映が終わったら、昼休みである。体育館の出入り口のうち、あまり使われていない、直接外の階段へと続く場所で、父さんたちと話をする。
 母さんは「だってねえ」と嬉しそうに笑った。
「頑張ったら休みが取れそうなスケジュールだったからさ、そりゃ、頑張っちゃうでしょ」
「春都の晴れ舞台だもんな」
 そんな、晴れ舞台って……そんなたいそうなものでもないんだけど。なんだかくすぐったい。でも、嬉しい。
「まあ、皆で作ったわけだし……」
 言えば父さんと母さんは視線を交わし、優しい笑みを浮かべた。
「そっか、頑張ったんだなあ」
「楽しかったでしょ」
「ん? それは、まあ」
 色々大変なこともあったけど、新しい後輩ともかかわるようになったし、ずいぶんにぎやかで、さみしいと思う暇もなかったような気がする。
「……楽しかった」
 喧騒がだんだんと遠のいていく。各々の教室に向かっているのだろう。昼飯を食ったら、校内ではいろいろな催し物が開かれる。
「立派なもん見せてもらったから、なんかお祝いしないとな」
 そういうのはじいちゃんだ。ばあちゃんも笑って頷いている。
「そうね。食べたいもの、考えておいて」
「分かった」
 お祝いって、何か受賞したわけでも、成果を上げたわけでもないのに……いや、今日の発表は、成果といっていいだろうか。
「とりあえず、今日はこれ。はい、お疲れ様」
 母さんから袋を渡される。
「これは?」
「お弁当。今日も朝早かったんでしょ? 昼ごはん、満足に準備できなかったんじゃない?」
 ばれてたか、まったく、母さんにはかなわないや。
「ありがとう」
「私たちはまた仕事に戻るけど、今度は、早めに帰ってくるからね」
「春都が、寂しくて泣かないようにな」
「何言ってんの」
 寂しくなくても、人って、涙が出てくるもんなんだよ。

 しかし、二日連続でこんないい弁当を食えるとは、嬉しい限りだ。
 今日は視聴覚室に人が少ない、というか、俺だけだ。咲良たちも今日は出し物で忙しそうだし、ま、のんびり食べよう。
「いただきます」
 今日は……からあげだ。それと、つくね。卵焼きと、ハム巻きと、プチトマトに小端松菜炒め。お約束のぎゅうぎゅうご飯には、卵のふりかけがかかっている。
 青い弁当箱にこの色合いのラインナップ。これぞ、俺の知る弁当だ。
 からあげは、食べやすいように半分に切ってある。断面がきれいだ。あ、端の方、少し引きちぎったみたいになってる。衣しっとり、ジュワッとうま味があふれ出す。弁当のからあげは、醤油を強く感じるものだ。
 つくねは串に、二つ刺さっている。ふわふわだが食べ応えのある肉は、甘辛いたれでご飯が進む味である。つくね同士の境目のカリカリ……いや、ねっちりしたところ、大好きだ。歯にくっつく感じとか、香ばしさが癖になる。
 ハム巻き。ハムにマヨときゅうり、サラダみたいなもんだが、全然違う。マヨネーズがどこか爽やかで、きゅうりがみずみずしく、ハムの塩気がたまらない。
 卵焼きはほっとする。やっぱり、母さんの卵焼きは世界一だ。
 そして、ご飯のぎゅうぎゅう具合はばあちゃんに引けを取らない。切って食べる米って、何だろう。でも、これが好きなんだよなあ。ふりかけは甘い。
 プチトマトは……今日は少し酸味がある。小松菜炒めはきゅうりとはまた違うみずみずしさで、塩気がちょうどいい。
 お、そろそろ外が賑やかになってきた。俺も見て回ろうか。
 ……うーん、でも、今日は少しのんびりしたい気分だ。昨日結構あれこれ楽しんだことだし、後で咲良とかの教室に顔を出すくらいでいっか。
 今はまだ、弁当の余韻を楽しみたい。
 卵焼きが、最後の一口。じんわりと広がる甘さを噛みしめた。

「ごちそうさまでした」
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