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第一章 貧乏くじは引きません
2.パウラ、前世を振り返る
怪訝な顔をし続けるメイジーをなんとかごまかして、とりあえず追い出した。
パウラは急ぎ足で、姿見の前に向かう。
窓際の自然光が入る場所に置かれた姿見は、寝台から少し離れた場所にある。
歩幅が小さいので、思ったより動かなきゃいけないのがじれったい。
とてとてと、現在のパウラ最大限の努力速度で近づいてのぞき込んだ。
そして納得する。
――――おお、なるほど八歳だ。
プラチナの髪エメラルドの瞳は、ヘルムダール公家直系女子のみに現れる特徴だ。
だけど鏡に映った姿は、パウラの意識の中にある姿とは違う。
どう見ても子供、よく言って幼い少女というところだ。
身長はおそらく百三十センチくらい。
体重はたぶん二十五キロというところか。
起き抜けの寝間着姿で髪もとかしていないありさまでも、やはりヘルムダール直系の女子だ。
自分でいうのも恥ずかしいけど、ヘルムダール大公である母アデラ譲りの美貌は隠れもない。
(やっぱり夢じゃない。小さくなってる)
確かめるために、パウラは寝間着の右肩を引き下ろす。
八歳なら、アレがあるはずだと思ったからだ。
アレ。
ヘルムダール直系女子のみに現れる、赤いあざ。
五弁の花びらのように見える、聖紋のことだ。
「ある……」
やっぱりあった赤いあざをじっと見て、パウラはいよいよ時間の遡りを悟る。
(誰のおかげかわからないけど……。やり直せるってことよね)
やり直しの機会をくれるというのなら、こうしてはいられない。
すぐに情報整理をと、パウラは急いでライティングデスクに貼りついた。
メイジーが扉をノックして、お風呂とか着替えとか言ってるようだけどかまっている時間も惜しい。
「後にして!」
強めに言って、ノートを広げた。
名ばかりの妻にされて飼殺されるのは、まっぴらだ。
(私が八歳ということは、聖女選定試験まで九年あるのね)
今生では必ず、それ以外の人生を送ってみせるんだから。
聖女選定試験(試練の儀)。
走り書きをして、パウラはその文字をぐるっと囲んだ。
聖女とは竜妃の別名だ。
そして竜妃とは、正室である竜后ではないもの。
つまり、側室のことだ。
いちおう妻という身分があるだけ妾よりマシな扱いのはずだ。
けどそもそも竜族の伴侶は唯一絶対の相手だけなのだ。
だから妾でも側室でも大差はない。
要はお飾りの妻ということだ。
同じお飾りであれば、妾より側室の方がいっそう酷い。
いちおうは正式の妻である竜妃、聖女にされてしまうと、竜后の仕事を丸投げされるからだ。
(どう考えてもおかしいでしょ)
前世のパウラは、どうしてこんな理不尽な身分を黙々と受け容れたのだろう。
真面目も度が過ぎればただのバカだと、自分でも思う。
ともかくその名ばかりの妻、働かせるためだけの妻になるための選抜試験で負けなければならない。
それが目下、最優先の懸案事項だ。
(試験官のあの四人をマークしないとね)
選抜試験の試験官は、黄金竜オーディの配下である四体の竜の使いが担当する。
黄金竜や四体の竜は、長い長い時を生きるほぼ神みたいな存在だから、人間界には直接干渉しない。
けれど放っておくこともできないので……、というより面倒なことは誰かに任せたいのでというのが本音だと、今のパウラは知っている。
(ようするに怠け者なだけよ)
黄金竜や四竜、地竜、火竜、水竜、風竜は、黄金竜の郷と呼ばれる竜の山で暮らしている。
何もせず、だらだらと。
たまにそれぞれの聖使と話すことはあるようだけど、後は特に何をするわけでもない。
その四竜に代わって人の世と関わっているのが、四人の聖使たちだ。
彼らは四竜の血を継ぐ大公家から、何百年かに一度選ばれて黄金竜の泉地と呼ばれる聖地へ召喚される。
その点、初代竜后を始祖とするヘルムダール大公家と同じだ。
パウラの生家ヘルムダール公家でも、何百年かに一度、聖紋と呼ばれる赤いあざの現れた直系女子が聖地へ召喚される。
(だけど決定的に違うことがあるわ)
青い羽飾りのついたペンの柄が、みしっと音をたてる。
つい力が入ってしまった。
(私には任期がなかったのよ!)
四人の聖使には、百年単位とはいえ、とりあえず任期があった。
けれど聖女オーディアナ、名ばかりの妻にはそれがない。
精根尽きるまで使い潰され人生を終えて、やっと任から解放された。
正確には憶えてないけど、多分在任期間は千年単位だったと思う。
(ああ、腹が立つ!)
ペンが一本ばきっと折れた。
はっとして、パウラは新しいペンを取り出して首を振る。
恨みつらみで思考の筋がずれた。
本筋に戻さないと――――。
とにかくだ。その理不尽な名ばかりの妻になりたくなければ、試験官をマークしなければいけないのだ。
マークとは、いい成績をとって評価されることではない。
むしろ逆だ。
前世のパウラは優秀過ぎた。
同じ候補のエリーヌが毎日日試験官と遊び歩いている間も、出された課題に最大限の努力で答えようと努力した。
結果、試験の中盤にはパウラの圧倒的優勢が決まっていたのだ。
(まずあの無駄な努力をやめないと)
今思えば、エリーヌ・ペローは正直だった。
ヘルムダール公国の地方領の男爵家の娘で、基本的な礼儀も教養も備えていなかった。
まあはっきり言ってしまえば不愉快この上ない女だけど、容姿はとびきりだった。
綿毛のようにふわふわとした白銀の髪、くりりと大きな緑の目はまるでメロンソーダの泡が弾けるようにはつらつとしていて。
うるるんとしたあの瞳でお願いされると、多分なんでも願いをきいてやりたくなるんだろう。
その彼女は最初から逃げの一手を決め込んでいた。
だから当然、生真面目なパウラは逃げ損ねる。
エリーヌが火竜の聖使セスランと……、下世話な言い方をすればヤってしまったからだ。
名のみとは言え一応は黄金竜の妻になるのだから、純潔は絶対に譲れない条件だ。
エリーヌは自らその資格を捨てて、逃げた。
(ヤらせてはいけないってことよ)
火竜の聖使セスラン。
火竜の血を継ぐゲルラ公家の出身で、燃えるような見事な赤毛に翡翠の瞳の、いかにも名門貴族の出らしい美青年だ。
性質はいたって真面目。
謹厳で気品にあふれ、聖女候補時代のパウラとは比較的仲の良い聖使だったと思う。
(なのに……よ!)
あっさりエリーヌにもっていかれたあのヘタレ。
思い出すだけでも忌々しい。
パウラは急ぎ足で、姿見の前に向かう。
窓際の自然光が入る場所に置かれた姿見は、寝台から少し離れた場所にある。
歩幅が小さいので、思ったより動かなきゃいけないのがじれったい。
とてとてと、現在のパウラ最大限の努力速度で近づいてのぞき込んだ。
そして納得する。
――――おお、なるほど八歳だ。
プラチナの髪エメラルドの瞳は、ヘルムダール公家直系女子のみに現れる特徴だ。
だけど鏡に映った姿は、パウラの意識の中にある姿とは違う。
どう見ても子供、よく言って幼い少女というところだ。
身長はおそらく百三十センチくらい。
体重はたぶん二十五キロというところか。
起き抜けの寝間着姿で髪もとかしていないありさまでも、やはりヘルムダール直系の女子だ。
自分でいうのも恥ずかしいけど、ヘルムダール大公である母アデラ譲りの美貌は隠れもない。
(やっぱり夢じゃない。小さくなってる)
確かめるために、パウラは寝間着の右肩を引き下ろす。
八歳なら、アレがあるはずだと思ったからだ。
アレ。
ヘルムダール直系女子のみに現れる、赤いあざ。
五弁の花びらのように見える、聖紋のことだ。
「ある……」
やっぱりあった赤いあざをじっと見て、パウラはいよいよ時間の遡りを悟る。
(誰のおかげかわからないけど……。やり直せるってことよね)
やり直しの機会をくれるというのなら、こうしてはいられない。
すぐに情報整理をと、パウラは急いでライティングデスクに貼りついた。
メイジーが扉をノックして、お風呂とか着替えとか言ってるようだけどかまっている時間も惜しい。
「後にして!」
強めに言って、ノートを広げた。
名ばかりの妻にされて飼殺されるのは、まっぴらだ。
(私が八歳ということは、聖女選定試験まで九年あるのね)
今生では必ず、それ以外の人生を送ってみせるんだから。
聖女選定試験(試練の儀)。
走り書きをして、パウラはその文字をぐるっと囲んだ。
聖女とは竜妃の別名だ。
そして竜妃とは、正室である竜后ではないもの。
つまり、側室のことだ。
いちおう妻という身分があるだけ妾よりマシな扱いのはずだ。
けどそもそも竜族の伴侶は唯一絶対の相手だけなのだ。
だから妾でも側室でも大差はない。
要はお飾りの妻ということだ。
同じお飾りであれば、妾より側室の方がいっそう酷い。
いちおうは正式の妻である竜妃、聖女にされてしまうと、竜后の仕事を丸投げされるからだ。
(どう考えてもおかしいでしょ)
前世のパウラは、どうしてこんな理不尽な身分を黙々と受け容れたのだろう。
真面目も度が過ぎればただのバカだと、自分でも思う。
ともかくその名ばかりの妻、働かせるためだけの妻になるための選抜試験で負けなければならない。
それが目下、最優先の懸案事項だ。
(試験官のあの四人をマークしないとね)
選抜試験の試験官は、黄金竜オーディの配下である四体の竜の使いが担当する。
黄金竜や四体の竜は、長い長い時を生きるほぼ神みたいな存在だから、人間界には直接干渉しない。
けれど放っておくこともできないので……、というより面倒なことは誰かに任せたいのでというのが本音だと、今のパウラは知っている。
(ようするに怠け者なだけよ)
黄金竜や四竜、地竜、火竜、水竜、風竜は、黄金竜の郷と呼ばれる竜の山で暮らしている。
何もせず、だらだらと。
たまにそれぞれの聖使と話すことはあるようだけど、後は特に何をするわけでもない。
その四竜に代わって人の世と関わっているのが、四人の聖使たちだ。
彼らは四竜の血を継ぐ大公家から、何百年かに一度選ばれて黄金竜の泉地と呼ばれる聖地へ召喚される。
その点、初代竜后を始祖とするヘルムダール大公家と同じだ。
パウラの生家ヘルムダール公家でも、何百年かに一度、聖紋と呼ばれる赤いあざの現れた直系女子が聖地へ召喚される。
(だけど決定的に違うことがあるわ)
青い羽飾りのついたペンの柄が、みしっと音をたてる。
つい力が入ってしまった。
(私には任期がなかったのよ!)
四人の聖使には、百年単位とはいえ、とりあえず任期があった。
けれど聖女オーディアナ、名ばかりの妻にはそれがない。
精根尽きるまで使い潰され人生を終えて、やっと任から解放された。
正確には憶えてないけど、多分在任期間は千年単位だったと思う。
(ああ、腹が立つ!)
ペンが一本ばきっと折れた。
はっとして、パウラは新しいペンを取り出して首を振る。
恨みつらみで思考の筋がずれた。
本筋に戻さないと――――。
とにかくだ。その理不尽な名ばかりの妻になりたくなければ、試験官をマークしなければいけないのだ。
マークとは、いい成績をとって評価されることではない。
むしろ逆だ。
前世のパウラは優秀過ぎた。
同じ候補のエリーヌが毎日日試験官と遊び歩いている間も、出された課題に最大限の努力で答えようと努力した。
結果、試験の中盤にはパウラの圧倒的優勢が決まっていたのだ。
(まずあの無駄な努力をやめないと)
今思えば、エリーヌ・ペローは正直だった。
ヘルムダール公国の地方領の男爵家の娘で、基本的な礼儀も教養も備えていなかった。
まあはっきり言ってしまえば不愉快この上ない女だけど、容姿はとびきりだった。
綿毛のようにふわふわとした白銀の髪、くりりと大きな緑の目はまるでメロンソーダの泡が弾けるようにはつらつとしていて。
うるるんとしたあの瞳でお願いされると、多分なんでも願いをきいてやりたくなるんだろう。
その彼女は最初から逃げの一手を決め込んでいた。
だから当然、生真面目なパウラは逃げ損ねる。
エリーヌが火竜の聖使セスランと……、下世話な言い方をすればヤってしまったからだ。
名のみとは言え一応は黄金竜の妻になるのだから、純潔は絶対に譲れない条件だ。
エリーヌは自らその資格を捨てて、逃げた。
(ヤらせてはいけないってことよ)
火竜の聖使セスラン。
火竜の血を継ぐゲルラ公家の出身で、燃えるような見事な赤毛に翡翠の瞳の、いかにも名門貴族の出らしい美青年だ。
性質はいたって真面目。
謹厳で気品にあふれ、聖女候補時代のパウラとは比較的仲の良い聖使だったと思う。
(なのに……よ!)
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