【R18】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます

yukiwa

文字の大きさ
3 / 37
第一章 貧乏くじは引きません

3.パウラ、前世の因縁を思い出す

 前世、まだパウラが聖女選定試験を受けていた頃のこと。
 四竜の聖使から個別の課題を出されていた。
 火竜の聖使セスランは特に指導に熱心で、難易度の高い課題を頻繁にもらっていたと思う。
 生来生真面目で負けず嫌いのパウラのこと、難易度が上がれば上がるほどむきになって取り組んだものだった。

 「完璧な答案だ」

 火竜の聖使セスランは、満足そうに頷いてくれた。
 翡翠の瞳には、彼にしては珍しく喜色まであったと思う。
 謹厳で堅苦しく気位の高い彼は、滅多に感情を表には出さない。
 その彼が、感嘆というよりむしろ喜色を浮かべて褒めてくれるなんて。
 少しくすぐったくて、でも嬉しかった。
 
「ありがとうございます」

 パウラは一生懸命に真面目な顔を作った。
 気を抜くと、つい口元が緩みそうになる。
 
 気分よく退出の挨拶をしようとしていたところ、突然ひやりと冷たい声がかけられた。

「最近は……、水竜の課題が多いようだ」

 パウラにはセスランの意図がわからなかった。
 水竜の聖使シモンからの課題は確かにその時受けていたけれど、かかりきりになっているわけではない。

「確かにシモン様の課題はいただきましたが……」
「毎日通っていると聞いた」

 翡翠の瞳の奥に、なんだか物騒な赤色が見えたような気がする。
 見間違いかと、無礼を承知で思わずパウラはじっと見つめてしまった。

(なん……なの? 水竜の課題を受けると、なにかマズいのかしら)

 謝った方がいいのかと思ったけれど、課題を受けることが間違っているとも思えない。
 下手に謝るのはよくないと黙っていた。

「明日、新しい課題を渡す。忘れずに私のもとへ来るように」

 不機嫌な口調でそれだけ言うと、セスランはふいっと視線を外した。

 よくわからない思いはあったけれど、課題を出すというのだからまた訪れるしかない。
 丁寧に頭を下げて、パウラは退出の挨拶をした。
 そして翌日から、セスランの連日のダメ出し攻撃にあうことになる。

 
 試験も後半に入った頃、実践課題の段階に進んだ。
 それまでの座学とは違い、現にトラブルの起こった地域へ出向いて事を解決する課題だ。
 最初の課題は、火竜セスランの故郷ゲルラ公国で行われた。

 ゲルラ公国には竜族の他に、白虎の一族が住んでいる。
 遠い昔に黄金竜オーディと争って敗れた一族、それが白虎だ。
 けど敗れたとは言え全滅したわけではないから、数を減らしながら今でもゲルラの国にいる。
 豊かな土地はすべて竜族に奪われて、彼らが住むのは辺鄙で貧しい土地だ。
 険しい山地や谷あい。
 そんな暮らしにくい場所だけが、彼らに残された数少ない住処すみかだ。

 その白虎の王族の姫が、ゲルラの騎士と恋をした。
 ゲルラの騎士は、言うまでもなく竜族の男だ。
 双方の身内に反対されて二人は引き離される。
 特に王族の姫を傷ものにされた白虎の怒りは凄まじくて、一触即発の危険な状態にある。

 パウラとエリーヌが派遣されたのは、その問題の核、王族の姫が保護された白虎の里だった。
 公式にはここもゲルラ公国の一部で、竜族ゲルラの側からすれば蛮族である白虎が勝手に占拠している地ということになる。
 けれど実質上ここは白虎族の地だ。
 ゲルラ公国に配慮して言い直すなら、蛮族の地というところ。

 ともあれパウラとエリーヌ、試験官としてセスランと地の聖使アルヴィドがここへ派遣された。
 できるだけ白虎族を刺激しないように、穏便にことを解決すること。
 それが試験の課題だった。

 荒れ地のことで、当然宿舎などという上等なものはない。
 野営用の天幕を張って、食事も自分たちで用意する。
 
「わたしっ、こーんなの持ってきてまーす」

 エリーヌが得意気に掲げているのは、かなりレアで高価な携帯食だった。
 「非常時でも贅沢においしく」がキャッチコピーの、一流店のシェフ監修のものだ。

「こんな寂れたトコにいるんですから、ごはんくらい美味しくなくっちゃ」

 無邪気に笑うエリーヌに、パウラは呆れたものだ。
 ただでさえ貧しい白虎の土地だ。
 食べ物と言えば雑穀の類があればいい方で、食べられない日もあると聞く。
 そこで贅沢な食事をしている竜族を目のあたりにしたら、白虎の一族はどう思うだろう。
 今だってパウラたちは、きっと監視されているに違いない。

「それはまたにせよ」

 だからセスランが冷たく言いつけた時、ほっとした。
 要らない反感を買う必要はない。

「え~。せっかく持ってきたのに~」

 ぷうっと頬をふくらませて抗議するエリーヌは、見方によればかわいらしいのだろう。
 現在自分たちが置かれている状況など、彼女の頭にはまるでない。
 予習もしてきていないのだから当然だけど、もの知らずがかわいらしいで通るのだから、パウラにはなんだか面白くなかった。
 それこそ寝る間も惜しんで下調べをしてきた自分が、愚かに見えてしまう。

「パウラはぁ~。まっじめなんだから~」

 寝不足のパウラの顔を見て、エリーヌは嘲るように笑ったのだ。
 その時の意地悪気に上がった唇、細められた目を思い出すとイラっとした。
 そしてすぐ後、ずんと落ち込む。

 けどここで何か言えば、「え~、ひどーい」とかなんとか、エリーヌはパウラを悪者にしてしまうことは目に見えている。
 ここは黙っているのが正解だと思った。
 
(お粥なら作れるわ。そう時間もかからないでしょうし)
 
 使わないかもしれないけどと思いながら、念のためにとパウラは雑穀を用意してきていた。
 このままここにいても、食事が出てくるわけじゃない。

(茅の実、ふやかしてきて良かったわ)
 
 そっとその場を後にした。

 

「何をしている?」

 艶やかなテノールの声が背後うしろで響く。
 火を熾したパウラが、茅の実を煮込んでいる時だった。

あなたにおすすめの小説

『お前の針仕事など誰でもできる』——なら社交界のドレスの裏地を、めくってごらんなさい

歩人
ファンタジー
「地味な針仕事しかできない令嬢は要らない」——公爵家の嫡男にそう言い渡された伯爵令嬢ティナは、 裁縫道具だけを持って屋敷を出た。その翌週、社交界が凍りつく。王妃の夜会服も、公爵令嬢の舞踏会 ドレスも、第一王女の外交用ローブも——仕立てた職人が消えたのだ。しかもティナが十年かけて縫った 全てのドレスの裏地には、二重縫いで隠された署名が残されていて——。 辺境の小さな仕立て屋で穏やかに暮らすティナの元に、王都から使者がやってくる。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか

あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。 「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」 突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。 すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。 オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……? 最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意! 「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」 さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は? ◆小説家になろう様でも掲載中◆ →短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。