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第一章 貧乏くじは引きません
5.パウラ、恋愛指南を受ける
「お父様は、お母様をどうして好きになったの?」
パウラの父テオドール・ヘルムダールは、突然の質問がよほど意外だったと見える。
切れ長の青い瞳を大きく見開いていた。
「どうしたの、パウラ。いきなり」
パウラが勢いよく飛び込んだせいで、父の部屋の扉は開けっぱなしだ。
父はだらしないのが嫌いだから、扉にすいっと視線をやってから「めっ!」とパウラを少しだけ睨む。
父の部屋付きメイドは心得たもので、静かに扉を閉めてくれた。
「わたくしも今日で八歳になりましたわ。ヘルムダールの女子として、魅力ある女性にならなくてはと思いますの」
鼻息荒く早口でまくしたてるパウラに、父は形の良い唇をうっすらと開いて微笑んだ。
「そう。そうだね、パウラも八歳になるんだね。おめでとう、私も嬉しいよ」
前世最後に会ったのは、いつだったろう。
我が父はこんなにキレイな男性だったのか。
今さらながらパウラは見惚れてしまう。
艶やかな銀青色の髪はさらりと肩にこぼれかかり、やや褐色の肌にくっきりとした目鼻立ち。
海のような青の瞳は大きくて、眦にかけてすうっと切れ長でまつ毛は長い。
(お母様は、絶対カオで選んでるわね)
いやいや、母には後で聞く。
今は父が、なぜ母を好きになったかだ。
「ありがとうございます。で、どうしてですの?」
パウラは食い下がる。
これは大切なポイントだ。
男心を掴むには、どうすれば良いか。
どうしても知りたい。
「アデラは、美しいから」
父は当然だとばかり頷きながら、言った。
「私がまだヴァースキーにいた頃、父が水竜の祭典にヘルムダールの姫君をお招きしたことがあってね。その時、私はアデラに初めて会ったんだよ。一目で心を奪われた」
あー、これは「妻大好きモード」のスイッチを入れてしまった。
記憶のビジョンがきっと、最高画質で読み出されている最中だろう。
父は水竜の血を継ぐヴァースキー公家の出身だ。
まだ生家にいた頃、母に会って。
つまり一目ぼれってことか。
やはり美貌、外見こそ命なのか。
でもそれだけ?
それだけだとしたら、行きつくところは好みの問題じゃないかと思う。
エリーヌだって美少女だから、あの容姿を好む人だっているはずだ。
(容姿は決定打じゃないはずよ)
まだうっとりと頬を染めている父には、そろそろ現実に戻ってきてもらいたかった。
「お母様のカオが良いから、好きになりましたの?」
記憶ビジョンの再生には付き合いきれないので、わざと挑発してみる。
予想どおり父はとんでもないと、首を振った。
「美しいのは顔だけではないよ。アデラは、顔も身体も魂もすべてが! ああ、彼女の存在そのものが美しいんだ」
ヘルムダール大公である母アデラは、確かに美しい女性だ。
さらさらと流れるような銀糸の髪に、透明度の高いエメラルドの瞳。
上質のミルクのように白く艶のある肌、竜后オーディアナの恩寵を具現化したらこうなるかという完璧な美貌だ。
娘の贔屓目を差し引いたとしても間違いない。
鍛え上げられた無駄のない肢体は、パウラを産んだ後でも乙女の頃と変わらぬサイズだと言う。
すんなりとのびやかな長い手足。
豊かな胸から腰までは、女性らしい曲線と張りが見事に調和している。
「なんといってもアデラは、ヘルムダールの銀の騎士だからね」
(銀の騎士って……)
その名は母に憧れる人々が奉った名だ。
人気歌劇団のスターに憧れるような気持で呼ぶ、愛称のようなもの。
(夫であるお父さまが言う?)
娘の立場からすると、ちょっと退いてしまう。
でも父の気持ちも、わからなくはない。
確かに母はカッコいいのだ。
女子の家督相続が一般的なヘルムダールでは、他の四公家に比べて女騎士の数が多い。
それは当主の側に夫以外の男をおきたくないからで、だから大公家の近衛もすべて女騎士だった。
その騎士たちの中でも、花形は飛竜を操る騎士だ。
野性のシルバードラゴンを飼い慣らして騎乗する。
カッコよさはダントツなのだ。
飛竜騎士の相棒であるシルバードラゴンは、もともと知能が高く誇り高い生き物でなかなか飼育下に入らない。
捕らえる時、騎乗する時、その生体より強い魔力やカリスマが必要で、己を従えようとする騎士の力を認めなければけして騎乗を許してはくれない。
だから飛竜騎士の数はとても少なくて、ヘルムダール以外の四公国でも飛竜騎士団があるにはあるけど、ヘルムダールに比べてその規模はとても小さい。
十騎程度の小隊がせいぜいというところだ。
ヘルムダールの飛竜騎士団は、七十騎のシルバードラゴンを麾下に置く。
文字どおり無敵の騎士団だ。
そしてその長を務めるのが、アデラ・ヘルムダール。
パウラの母だった。
ヘルムダールの銀の騎士。
銀色の飛竜に乗った母の姿は神々しく美しく、戦場の空に舞うその勇姿を見せつけるだけで、敵の戦意を削ぐのだそうだ。
ヘルムダール大公、代々の当主は、なんらかの武術を得意としている。
母の場合は槍術で、銀色の飛竜の背で槍をふるう彼女の姿は、震えがくるほど美しいらしい。
「私にも水竜の加護が少しばかりあったからね。ヴァースキーを継いだ兄には劣るけれど、けっこうよくデキる魔術騎士だったんだよ。それなりに自負もあった。でもね、アデラを一目見て、ああこの人にはかなわない。もし戦場で会うようなことがあったら、私は迷わず彼女の前に跪くだろうと思った。魔術書も剣も放り投げてね」
聞いておいて申し訳ないけど、かなり面倒くさい。
八歳の娘に、妻への愛をここまで熱っぽく説明するものか。
夢見る少女のような父の言葉を要約すると、母が神々しいほどに美しく、強いから好きということなのだろう。
「お母様がおつよいから、好きってことですね」
それは夫として情けないのではと、ちょっとばかり思う。
「それもそうだね。けれど私は、アデラの誇り高さがなにより好きだよ。彼女がそうありたいと思うように生きることを、私は支えたい。傷つけるものがあれば、それが何者であれ、私のこの身と引き換えにしてでも守ってみせよう。まぁ、そんなことになれば、そいつはとっても後悔することになるだろうね。すぐに楽になんて、そんな優しいことはしてあげないからね」
薄い唇を片方だけわずかに上げた父は、酷薄な笑みを浮かべる。
(お父様、怖いです)
ああそうだった。
情が濃いといえば聞こえがいいが、敵とみなしたものはどんな手でも使って消し去るような、父はそんな怖ろしいヴァースキー家の一族だった。
けれど銀青の髪に褐色の肌、そろってとびきりの美形揃いの一族だ。
今生、近づくときは十分に注意しようとあらためてパウラは思った。
パウラの父テオドール・ヘルムダールは、突然の質問がよほど意外だったと見える。
切れ長の青い瞳を大きく見開いていた。
「どうしたの、パウラ。いきなり」
パウラが勢いよく飛び込んだせいで、父の部屋の扉は開けっぱなしだ。
父はだらしないのが嫌いだから、扉にすいっと視線をやってから「めっ!」とパウラを少しだけ睨む。
父の部屋付きメイドは心得たもので、静かに扉を閉めてくれた。
「わたくしも今日で八歳になりましたわ。ヘルムダールの女子として、魅力ある女性にならなくてはと思いますの」
鼻息荒く早口でまくしたてるパウラに、父は形の良い唇をうっすらと開いて微笑んだ。
「そう。そうだね、パウラも八歳になるんだね。おめでとう、私も嬉しいよ」
前世最後に会ったのは、いつだったろう。
我が父はこんなにキレイな男性だったのか。
今さらながらパウラは見惚れてしまう。
艶やかな銀青色の髪はさらりと肩にこぼれかかり、やや褐色の肌にくっきりとした目鼻立ち。
海のような青の瞳は大きくて、眦にかけてすうっと切れ長でまつ毛は長い。
(お母様は、絶対カオで選んでるわね)
いやいや、母には後で聞く。
今は父が、なぜ母を好きになったかだ。
「ありがとうございます。で、どうしてですの?」
パウラは食い下がる。
これは大切なポイントだ。
男心を掴むには、どうすれば良いか。
どうしても知りたい。
「アデラは、美しいから」
父は当然だとばかり頷きながら、言った。
「私がまだヴァースキーにいた頃、父が水竜の祭典にヘルムダールの姫君をお招きしたことがあってね。その時、私はアデラに初めて会ったんだよ。一目で心を奪われた」
あー、これは「妻大好きモード」のスイッチを入れてしまった。
記憶のビジョンがきっと、最高画質で読み出されている最中だろう。
父は水竜の血を継ぐヴァースキー公家の出身だ。
まだ生家にいた頃、母に会って。
つまり一目ぼれってことか。
やはり美貌、外見こそ命なのか。
でもそれだけ?
それだけだとしたら、行きつくところは好みの問題じゃないかと思う。
エリーヌだって美少女だから、あの容姿を好む人だっているはずだ。
(容姿は決定打じゃないはずよ)
まだうっとりと頬を染めている父には、そろそろ現実に戻ってきてもらいたかった。
「お母様のカオが良いから、好きになりましたの?」
記憶ビジョンの再生には付き合いきれないので、わざと挑発してみる。
予想どおり父はとんでもないと、首を振った。
「美しいのは顔だけではないよ。アデラは、顔も身体も魂もすべてが! ああ、彼女の存在そのものが美しいんだ」
ヘルムダール大公である母アデラは、確かに美しい女性だ。
さらさらと流れるような銀糸の髪に、透明度の高いエメラルドの瞳。
上質のミルクのように白く艶のある肌、竜后オーディアナの恩寵を具現化したらこうなるかという完璧な美貌だ。
娘の贔屓目を差し引いたとしても間違いない。
鍛え上げられた無駄のない肢体は、パウラを産んだ後でも乙女の頃と変わらぬサイズだと言う。
すんなりとのびやかな長い手足。
豊かな胸から腰までは、女性らしい曲線と張りが見事に調和している。
「なんといってもアデラは、ヘルムダールの銀の騎士だからね」
(銀の騎士って……)
その名は母に憧れる人々が奉った名だ。
人気歌劇団のスターに憧れるような気持で呼ぶ、愛称のようなもの。
(夫であるお父さまが言う?)
娘の立場からすると、ちょっと退いてしまう。
でも父の気持ちも、わからなくはない。
確かに母はカッコいいのだ。
女子の家督相続が一般的なヘルムダールでは、他の四公家に比べて女騎士の数が多い。
それは当主の側に夫以外の男をおきたくないからで、だから大公家の近衛もすべて女騎士だった。
その騎士たちの中でも、花形は飛竜を操る騎士だ。
野性のシルバードラゴンを飼い慣らして騎乗する。
カッコよさはダントツなのだ。
飛竜騎士の相棒であるシルバードラゴンは、もともと知能が高く誇り高い生き物でなかなか飼育下に入らない。
捕らえる時、騎乗する時、その生体より強い魔力やカリスマが必要で、己を従えようとする騎士の力を認めなければけして騎乗を許してはくれない。
だから飛竜騎士の数はとても少なくて、ヘルムダール以外の四公国でも飛竜騎士団があるにはあるけど、ヘルムダールに比べてその規模はとても小さい。
十騎程度の小隊がせいぜいというところだ。
ヘルムダールの飛竜騎士団は、七十騎のシルバードラゴンを麾下に置く。
文字どおり無敵の騎士団だ。
そしてその長を務めるのが、アデラ・ヘルムダール。
パウラの母だった。
ヘルムダールの銀の騎士。
銀色の飛竜に乗った母の姿は神々しく美しく、戦場の空に舞うその勇姿を見せつけるだけで、敵の戦意を削ぐのだそうだ。
ヘルムダール大公、代々の当主は、なんらかの武術を得意としている。
母の場合は槍術で、銀色の飛竜の背で槍をふるう彼女の姿は、震えがくるほど美しいらしい。
「私にも水竜の加護が少しばかりあったからね。ヴァースキーを継いだ兄には劣るけれど、けっこうよくデキる魔術騎士だったんだよ。それなりに自負もあった。でもね、アデラを一目見て、ああこの人にはかなわない。もし戦場で会うようなことがあったら、私は迷わず彼女の前に跪くだろうと思った。魔術書も剣も放り投げてね」
聞いておいて申し訳ないけど、かなり面倒くさい。
八歳の娘に、妻への愛をここまで熱っぽく説明するものか。
夢見る少女のような父の言葉を要約すると、母が神々しいほどに美しく、強いから好きということなのだろう。
「お母様がおつよいから、好きってことですね」
それは夫として情けないのではと、ちょっとばかり思う。
「それもそうだね。けれど私は、アデラの誇り高さがなにより好きだよ。彼女がそうありたいと思うように生きることを、私は支えたい。傷つけるものがあれば、それが何者であれ、私のこの身と引き換えにしてでも守ってみせよう。まぁ、そんなことになれば、そいつはとっても後悔することになるだろうね。すぐに楽になんて、そんな優しいことはしてあげないからね」
薄い唇を片方だけわずかに上げた父は、酷薄な笑みを浮かべる。
(お父様、怖いです)
ああそうだった。
情が濃いといえば聞こえがいいが、敵とみなしたものはどんな手でも使って消し去るような、父はそんな怖ろしいヴァースキー家の一族だった。
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