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第一章 貧乏くじは引きません
6.パウラ、高貴な客人に不意打ちされる
父テオドールによる「なぜ母を好きか」講座は、パウラにとってわかったようなわからぬような。
ふわっとしたものだった。
美貌が大事。
これはわかる。
わかるけどすべてじゃない。
では騎士として強いから。
でも強いだけなら、他にも強い女騎士はいる。
だったら何が「好き」の決め手なんだろう。
わからない……。
ぐるぐる考えに考える。
けれど無駄だ。
前世何千年も生きてきたわりに、恋愛経験値は限りなくゼロなのだ。
パウラにわかるはずはない。
(本人に会って聞いてみるか)
案外本人の母は知っているかもしれない。
そう思いついたパウラは、母の補佐官に母への面会希望を出した。
「大公陛下にお会いになりたいのですか?」
母の補佐官は、栗色のまっすぐな髪に同じ色の瞳をした長身の女性だ。
少し下がった目尻のせいで優し気に見えるけど、実は相当のキレ者だとパウラは知っている。
この優秀な補佐官がいるおかげで、母はなんとか休憩をとったり他国へでかけたりできるらしい。
これは母から聞いた話だけど。
「急に高貴なお客様があって、大公陛下も少し気が張ってがおいでになります。パウラ様であれば、同席をお許しになるかもしれませんね」
少し考えてから、補佐官は母に取り次いでくれた。
(いや……。誰か来ているのなら、また改めてくるんだけど……)
止めようとしたけれど、遅かった。
「お会いになるそうです」
どうぞと、補佐官はにっこり微笑んだ。
母と誰かがいるらしい応接室の扉が、静かに開いた。
「パウラ、こちらへおいで」
入口に近い側のチェアにかけている母が、満面の笑顔で迎えてくれた。
「パウラの話をしていたんだよ。ちょうど良かった」
父の言うとおり、母はとびきり美しい女性だ。
甘いやわらかな感じではなくて、どちらかというとシュッとスマートな中性的な感じだと思う。
白い騎士服の上下は、母をより凛々しく見せている。
けど今パウラの視線は、母のすばらしく美しい姿には向かっていない。
(え……。どうしてここにいるの?)
母の向いにかけている、赤毛の男に釘づけだった。
ゆるくうねった長い髪の彼が、優雅に立ち上がる。
「パウラか?」
艶のある甘いテノールが、パウラの名を呼んだ。
間違いない。
この声をパウラが忘れるはずもない。
セスラン――――。
すんでのところで、声に出して呼びそうになった。
なんとか飲み込んで、深く腰を落として淑女の最敬礼をする。
「初めてお目にかかります。パウラ・ヘルムダールでございます」
(なるほど……。補佐官が高貴なお客様というわけね)
火竜の聖使セスラン。
黄金竜オーディと竜后それに四竜の六体を除けば、彼以上に高貴な人はいない。
同格で、他の三人の聖使と聖女がいるくらいだ。
(けどどうして? どうしてセスランが、ここにいるの?)
パウラは混乱した。
前世の記憶をいくらたぐりよせても、八歳の誕生日にセスランに会った覚えなどない。
小さな頭を下げたまま、これはどうしたことなのかと考える。
想定外の不意打ちに冷や汗が出る。
つうと一筋、背中を伝った。
「かわいいパウラ、そう硬くならないでほしい」
艶のある甘い声が、耳元で響いた。
(え……?)
声をあげなかったことを褒めてほしいくらいだ。
驚いてのけぞりそうになるのを気合で制して、できるだけゆっくりと顔をあげる。
そして今度は息をのんだ。
パウラの目の前、息のかかるほど間近に、深い翡翠の瞳があったから。
「パウラ、こちらは火竜の聖使セスラン様だよ」
声を失くして固まったパウラの小さな肩を、母アデラが優しく抱いてくれた。
ふわりとラベンダーの清潔な香りがする。
「火竜の聖使様、お目にかかれて……」
「セスランだ」
定型の挨拶を口にしかけたら、遮られた。
なんだか不機嫌そうだけど、なにか気に障ることをしたのだろうか。
「セスランと呼んでほしい」
拗ねたような口調は、前世今生通して聞いたことがない。
さすがに照れくさいのか、ぽっと薄く染まった頬と少しだけ逸らした視線も、パウラが初めて見るものだ。
(いやちょっと待って。今生では初対面のはずよね。それに今の私って八歳だし)
もしかしたらセスランは、特殊な好みの人なのだろうか。
だから前世、パウラより幼げな外見のエリーヌが良かった?
「何を考えているのかは知らぬが、多分かなり無礼なことだとはわかるぞ?」
セスランの白い手袋の指が、ぴたりとパウラの小さな眉間に当てられる。
どうやら皺を寄せていたらしい。
「大変失礼いたしました。セスラン様」
見抜かれているならごまかしても無駄だ。
開き直って、もう一度頭を下げた。
「セスラン、そう呼べと言った」
瞬きをひとつするくらいの間があって。
パウラはあきらめた。
「セスラン」
そう呼ぶと、翡翠の瞳がぱあっと明るく輝いた。
「それで良い」
満足げに微笑む白皙の美貌の青年に、パウラの混乱はますますひどくなる。
(これ、本当にあのセスランなの?)
とても信じられなかった。
ふわっとしたものだった。
美貌が大事。
これはわかる。
わかるけどすべてじゃない。
では騎士として強いから。
でも強いだけなら、他にも強い女騎士はいる。
だったら何が「好き」の決め手なんだろう。
わからない……。
ぐるぐる考えに考える。
けれど無駄だ。
前世何千年も生きてきたわりに、恋愛経験値は限りなくゼロなのだ。
パウラにわかるはずはない。
(本人に会って聞いてみるか)
案外本人の母は知っているかもしれない。
そう思いついたパウラは、母の補佐官に母への面会希望を出した。
「大公陛下にお会いになりたいのですか?」
母の補佐官は、栗色のまっすぐな髪に同じ色の瞳をした長身の女性だ。
少し下がった目尻のせいで優し気に見えるけど、実は相当のキレ者だとパウラは知っている。
この優秀な補佐官がいるおかげで、母はなんとか休憩をとったり他国へでかけたりできるらしい。
これは母から聞いた話だけど。
「急に高貴なお客様があって、大公陛下も少し気が張ってがおいでになります。パウラ様であれば、同席をお許しになるかもしれませんね」
少し考えてから、補佐官は母に取り次いでくれた。
(いや……。誰か来ているのなら、また改めてくるんだけど……)
止めようとしたけれど、遅かった。
「お会いになるそうです」
どうぞと、補佐官はにっこり微笑んだ。
母と誰かがいるらしい応接室の扉が、静かに開いた。
「パウラ、こちらへおいで」
入口に近い側のチェアにかけている母が、満面の笑顔で迎えてくれた。
「パウラの話をしていたんだよ。ちょうど良かった」
父の言うとおり、母はとびきり美しい女性だ。
甘いやわらかな感じではなくて、どちらかというとシュッとスマートな中性的な感じだと思う。
白い騎士服の上下は、母をより凛々しく見せている。
けど今パウラの視線は、母のすばらしく美しい姿には向かっていない。
(え……。どうしてここにいるの?)
母の向いにかけている、赤毛の男に釘づけだった。
ゆるくうねった長い髪の彼が、優雅に立ち上がる。
「パウラか?」
艶のある甘いテノールが、パウラの名を呼んだ。
間違いない。
この声をパウラが忘れるはずもない。
セスラン――――。
すんでのところで、声に出して呼びそうになった。
なんとか飲み込んで、深く腰を落として淑女の最敬礼をする。
「初めてお目にかかります。パウラ・ヘルムダールでございます」
(なるほど……。補佐官が高貴なお客様というわけね)
火竜の聖使セスラン。
黄金竜オーディと竜后それに四竜の六体を除けば、彼以上に高貴な人はいない。
同格で、他の三人の聖使と聖女がいるくらいだ。
(けどどうして? どうしてセスランが、ここにいるの?)
パウラは混乱した。
前世の記憶をいくらたぐりよせても、八歳の誕生日にセスランに会った覚えなどない。
小さな頭を下げたまま、これはどうしたことなのかと考える。
想定外の不意打ちに冷や汗が出る。
つうと一筋、背中を伝った。
「かわいいパウラ、そう硬くならないでほしい」
艶のある甘い声が、耳元で響いた。
(え……?)
声をあげなかったことを褒めてほしいくらいだ。
驚いてのけぞりそうになるのを気合で制して、できるだけゆっくりと顔をあげる。
そして今度は息をのんだ。
パウラの目の前、息のかかるほど間近に、深い翡翠の瞳があったから。
「パウラ、こちらは火竜の聖使セスラン様だよ」
声を失くして固まったパウラの小さな肩を、母アデラが優しく抱いてくれた。
ふわりとラベンダーの清潔な香りがする。
「火竜の聖使様、お目にかかれて……」
「セスランだ」
定型の挨拶を口にしかけたら、遮られた。
なんだか不機嫌そうだけど、なにか気に障ることをしたのだろうか。
「セスランと呼んでほしい」
拗ねたような口調は、前世今生通して聞いたことがない。
さすがに照れくさいのか、ぽっと薄く染まった頬と少しだけ逸らした視線も、パウラが初めて見るものだ。
(いやちょっと待って。今生では初対面のはずよね。それに今の私って八歳だし)
もしかしたらセスランは、特殊な好みの人なのだろうか。
だから前世、パウラより幼げな外見のエリーヌが良かった?
「何を考えているのかは知らぬが、多分かなり無礼なことだとはわかるぞ?」
セスランの白い手袋の指が、ぴたりとパウラの小さな眉間に当てられる。
どうやら皺を寄せていたらしい。
「大変失礼いたしました。セスラン様」
見抜かれているならごまかしても無駄だ。
開き直って、もう一度頭を下げた。
「セスラン、そう呼べと言った」
瞬きをひとつするくらいの間があって。
パウラはあきらめた。
「セスラン」
そう呼ぶと、翡翠の瞳がぱあっと明るく輝いた。
「それで良い」
満足げに微笑む白皙の美貌の青年に、パウラの混乱はますますひどくなる。
(これ、本当にあのセスランなの?)
とても信じられなかった。
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