【R18】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます

yukiwa

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第一章 貧乏くじは引きません

6.パウラ、高貴な客人に不意打ちされる

 父テオドールによる「なぜ母を好きか」講座は、パウラにとってわかったようなわからぬような。
 ふわっとしたものだった。

 美貌が大事。
 これはわかる。
 わかるけどすべてじゃない。

 では騎士として強いから。
 でも強いだけなら、他にも強い女騎士はいる。

 だったら何が「好き」の決め手なんだろう。
 わからない……。

 ぐるぐる考えに考える。
 けれど無駄だ。
 前世何千年も生きてきたわりに、恋愛経験値は限りなくゼロなのだ。
 パウラにわかるはずはない。

(本人に会って聞いてみるか)

 案外本人の母は知っているかもしれない。
 そう思いついたパウラは、母の補佐官に母への面会希望を出した。


「大公陛下にお会いになりたいのですか?」

 母の補佐官は、栗色のまっすぐな髪に同じ色の瞳をした長身の女性だ。
 少し下がった目尻のせいで優し気に見えるけど、実は相当のキレ者だとパウラは知っている。
 この優秀な補佐官がいるおかげで、母はなんとか休憩をとったり他国へでかけたりできるらしい。
 これは母から聞いた話だけど。

「急に高貴なお客様があって、大公陛下も少し気が張ってがおいでになります。パウラ様であれば、同席をお許しになるかもしれませんね」

 少し考えてから、補佐官は母に取り次いでくれた。

(いや……。誰か来ているのなら、また改めてくるんだけど……)

 止めようとしたけれど、遅かった。
 
「お会いになるそうです」

 どうぞと、補佐官はにっこり微笑んだ。
 母と誰かがいるらしい応接室の扉が、静かに開いた。


「パウラ、こちらへおいで」

 入口に近い側のチェアにかけている母が、満面の笑顔で迎えてくれた。
 
「パウラの話をしていたんだよ。ちょうど良かった」

 父の言うとおり、母はとびきり美しい女性だ。
 甘いやわらかな感じではなくて、どちらかというとシュッとスマートな中性的な感じだと思う。
 白い騎士服の上下は、母をより凛々しく見せている。

 けど今パウラの視線は、母のすばらしく美しい姿には向かっていない。

(え……。どうしてここにいるの?)

 母の向いにかけている、赤毛の男に釘づけだった。
 ゆるくうねった長い髪の彼が、優雅に立ち上がる。

「パウラか?」

 艶のある甘いテノールが、パウラの名を呼んだ。
 間違いない。
 この声をパウラが忘れるはずもない。

 セスラン――――。
 すんでのところで、声に出して呼びそうになった。
 なんとか飲み込んで、深く腰を落として淑女の最敬礼をする。

「初めてお目にかかります。パウラ・ヘルムダールでございます」

(なるほど……。補佐官が高貴なお客様というわけね)

 火竜の聖使セスラン。
 黄金竜オーディと竜后それに四竜の六体を除けば、彼以上に高貴な人はいない。
 同格で、他の三人の聖使と聖女がいるくらいだ。

(けどどうして? どうしてセスランが、ここにいるの?)

 パウラは混乱した。
 前世の記憶をいくらたぐりよせても、八歳の誕生日にセスランに会った覚えなどない。
 小さな頭を下げたまま、これはどうしたことなのかと考える。
 想定外の不意打ちに冷や汗が出る。
 つうと一筋、背中を伝った。

「かわいいパウラ、そう硬くならないでほしい」

 艶のある甘い声が、耳元で響いた。

(え……?)

 声をあげなかったことを褒めてほしいくらいだ。
 驚いてのけぞりそうになるのを気合で制して、できるだけゆっくりと顔をあげる。
 そして今度は息をのんだ。
 パウラの目の前、息のかかるほど間近に、深い翡翠の瞳があったから。

「パウラ、こちらは火竜の聖使セスラン様だよ」

 声を失くして固まったパウラの小さな肩を、母アデラが優しく抱いてくれた。
 ふわりとラベンダーの清潔な香りがする。

「火竜の聖使様、お目にかかれて……」
「セスランだ」

 定型の挨拶を口にしかけたら、遮られた。
 なんだか不機嫌そうだけど、なにか気に障ることをしたのだろうか。

「セスランと呼んでほしい」

 拗ねたような口調は、前世今生通して聞いたことがない。
 さすがに照れくさいのか、ぽっと薄く染まった頬と少しだけ逸らした視線も、パウラが初めて見るものだ。

(いやちょっと待って。今生では初対面のはずよね。それに今の私って八歳だし)

 もしかしたらセスランは、特殊な好みの人なのだろうか。
 だから前世、パウラより幼げな外見のエリーヌが良かった?

「何を考えているのかは知らぬが、多分かなり無礼なことだとはわかるぞ?」

 セスランの白い手袋の指が、ぴたりとパウラの小さな眉間に当てられる。
 どうやら皺を寄せていたらしい。

「大変失礼いたしました。セスラン様」

 見抜かれているならごまかしても無駄だ。
 開き直って、もう一度頭を下げた。

「セスラン、そう呼べと言った」

 瞬きをひとつするくらいの間があって。
 パウラはあきらめた。

「セスラン」

 そう呼ぶと、翡翠の瞳がぱあっと明るく輝いた。

「それで良い」

 満足げに微笑む白皙の美貌の青年に、パウラの混乱はますますひどくなる。

(これ、本当にあのセスランなの?)

 とても信じられなかった。

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