【R18】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます

yukiwa

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第一章 貧乏くじは引きません

7.パウラ、目的は忘れず

「八歳の誕生日だと聞いた」

 パウラの前に膝をついたまま、セスランは微笑んでいる。
 セスランが膝を折る。
 そのことがまず信じられなかった。

 前世のセスランは、誇り高い謹厳な男だった。
 火竜の血を継ぐゲルラの一族らしい気位の高い男で、膝をついた彼など一度も見たことがない。
 その彼がたった八歳の小娘の前に、膝をついているだなんて。

「どうした、パウラ。なぜ黙っている?」

 わかってやっているとしか思えない。
 白皙の美貌の貴公子が小さな少女の足下に跪いて、この甘い声はどうかしている。

「わ……わたくしごときのために、火竜の聖使様がおいでになるなど。ありえないことと」

 やっと絞り出した言葉は、つまるし噛むし散々だ。
 とても公女の礼儀作法にかなったものじゃない。

 ――――母! なぜ黙って見ている。

 かわいい娘が困っているというのに、母アデラは微笑んで見ているだけだ。

「お母様……」

 さすがに耐えきれず、パウラは母に助けを求めた。

「セスラン様、どうかそのあたりで」

 苦笑を浮かべた母が、やっと止めてくれる。
 やれやれという感じだ。

「おそれながらセスラン様、我が娘には少し刺激が強すぎたかと」

 そのとおりだ。
 今生のパウラはまだ八歳なのだ。
 砂糖に蜂蜜を入れて煮詰めたような甘すぎる声と視線に、耐性があるはずない。

黄金竜の泉地エル・アディに長くいると、時間の感覚がなくなるのはわかる。でも八歳相手にやり過ぎでしょう)

「かまうな、大公。誕生日を祝うだけだ」

 翡翠の瞳は変わらずパウラを捉えたまま。
 だけど冷たい声と突き刺すように命じる口調で、それが母に対して向けられたものであるとわかる。

「ではセスラン様、早々にお祝いをいただけますか」

 母アデラは、パウラを後ろからそっと抱き寄せる。

「我が娘は諸事不慣れでございます。そのようにわたくしども夫婦が育てました。わが夫など、目の中に入れても痛くないと申しておりますよ」

 バチバチっ!

 パウラの頭上で音がした……ような。
 怖くて顔を上げられない。

「まあ良い」

 パウラをかばう母をものともせず、パウラの小さな手をそっとおしいただくようにして、唇を落とす。

「遅くなった。誕生日おめでとう」

 甘い甘い蜂蜜のような声と微笑。
 くどいようだが、こんなセスランをパウラは知らない。
 どうしてこんなことになっているのか。
 ほんっとうにわからないけれど、もう考えても仕方ないことだけはわかる。
 考えるには情報が無さすぎる。

(とにかく今は、この場をやりすごさなきゃ。後でゆっくり考えよう)

 それにここへ来た本来の目的は、母に男心を誑し込む秘術というか秘策を教わるためだ。
 そのターゲットである男が突然目の前に現れることは想定外だったから、慌てたけど。
 たぶんだけど、セスランは今生のパウラを嫌ってはいない。
 
 ――――なんとかなる!

 なんとかするやりかたは、まだわからないけど。
 これはわからないですむ話じゃない。
 なんとかしなければ、また貧乏くじ人生アゲインなんだから。

「お祝いのお言葉、感謝申し上げます」

 少々かたっくるしいと思ったけれど、相手はパウラよりはるかに上の身分だ。
 いくらセスランと名前で呼べと、特別な好意らしいものを示されていても、こちらから馴れ馴れしくするのは違う。

(そういえば……。馴れ馴れしすぎる女が好きだったわね)

 舌ったらずの甘ったるい声をしたエリーヌを思い出して、イラっとした。
 
(その趣味に合わせるの? それは無理! 他の方法でなんとかしたい)

「またなにか、余計なことを考えているようだ」

 ふっと息だけで笑ったセスランが、パウラの眉間に人差し指をあてる。

「わかりやすいな」

 翡翠の瞳に複雑な色が浮かんで、それがパウラを困惑させる。
 なんだか哀しげに、苦し気に見えるのは気のせいか。

「今年は火竜の祭典がある。また会おう、パウラ」

 耳元で囁かれた声も、やはり哀し気で切なかった。



「パウラ、セスラン様はずいぶんお前をお気に召したようだね」

 セスランを見送った後、母アデラは困惑した表情かおで言った。

「いきなり訪問されてパウラの誕生日だろうと、そうおっしゃったのにも驚いたよ」

 母はただ座っているだけでも美しい。
 騎士として鍛えた筋力のおかげか、ぴしりと背筋が伸びている。

「どこかでお目にかかっていれば、母である私が知らないはずはないんだけどね」

 じっとパウラを見つめてくる母の目は、パウラとそっくり同じエメラルドの色だ。
 
「本当に初めてお目にかかったのだよね?」
「はい」

 そう答えるしかない。
 前世で会ってるなどと言えば、頭がおかしくなったのかと母に思われるかもしれない。

「ではセスラン様が、どこかでおまえをお見かけになったのかもしれないね」

 ふむと、少し考えこむ風な母にパウラは思い切って尋ねた。

「あの……、お母様。今日お母様にお目にかかりたかったのは、お伺いしたことがあったからなのです」
「なんだろうね。パウラがあらためて、私に聞きたいなんて。珍しいね」

 母の表情から困惑が消えて、好奇心がその座を占める。
 早く先を言えと暗に促されて、パウラはやっと今日聞きたかったことを口にした。

「どうやってお父様を、あんなに夢中になさったのですか?」

 これこそが今日の目的だ。
 さあ早く教えてと、パウラはじりっと母ににじり寄った。

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