【R18】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます

yukiwa

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第一章 貧乏くじは引きません

8.パウラ、ニブいのは遺伝だと気づく

「どうしたんだい、パウラ」

 母のくっきりした二重の目が、大きく見開かれている。
 そしてすぐ後、「ふうん」と少し悪そうな顔をして薄く笑った。

「パウラもセスラン様が気に入ったのかい?」
「ち……ちがいますっ!」

 気を引きたいのは確かだけど、気に入ったからじゃない。
 その微妙な感じをわかってもらうのは、きっと難しい。

「あくまでも参考までにですわ。わたくし、お母様みたいになりたいんです」
「私みたいに?」
「はい。お父様のような素敵な方にずっと愛されておいででしょう? 溺愛っていうんですのよね? お父様みたいなの。わたくしも溺愛されたいのですわ」

 嘘だ。
 別に溺愛されたくはない。
 そこまでじゃなくてもいいのだ。
 ただエリーヌよりは好きでいてもらわなくてはいけない。
 飼殺しの聖女にされないためだ。

「溺愛ねえ。パウラは難しい言葉を知っているんだね」
「八歳になるんですのよ。このくらい当然ですわ」

 いいから聞いたことに答えてほしい。
 少し早口に詰め寄ると、母は「困ったね」と笑った。

「私はヘルムダールを継ぐ身だったからね。夫になる人はヴァースキー、ゲルラ、ヴォーロフ、ヴェストリーの四公家から選ばなくてはいけなかったんだよ。四公家の嫡男以外の男子、テオドールはその条件を満たしていたんだ」

 正真正銘、政略結婚だ。
 それぞれが条件を突き合わせ、合意して結婚する。
 だけどそれは大公家を継ぐ身なら当たり前のことだ。
 聞きたいのはそこじゃない。
 父テオドールは、一目ぼれしたのだと言った。
 競争相手を蹴散らして、母を手に入れたのだと。
 母はいったいどうやって、父をそこまで虜にしたのか。
 これが聞きたい。

「お父様は最初からお母様に夢中だったとおっしゃってましたわ。お母様もですの?」
「テオドール以外の候補がね、次々と不幸な事故に見舞われてね。気づいたらテオドール一人が私の側にいたんだよ」

 ――――不幸な事故が続いた?
 
「そーなんですねー。それは驚きましたよねー」

 ほぼ棒読みになったのは仕方ないと思う。
 まさか我が父の仕業かもとは、とても口にできない。

「まあそんな感じでテオドールと結婚したのだけどね。一緒にいると愛情は育つものだ。結婚してから知ったよ」

 母はさらりと言って、綺麗に微笑する。
 父の愛情 > 母の愛情あるいはお気持ち。
 その状態がずっと続いているってことだ。

(お母様って……。もしかして自分に向けられる好意にはニブい?)

 パウラが言えた義理ではないけど、千年単位の前世を送った分だけ知識だけはある。
 候補者に不慮の事故が続いて、いつのまにか父が夫になった。
 
(ふつう気がつくわ。お母様)

 ああ、これは母に男女の機微を聞いても無駄だ。
 瞬時にパウラは悟った。
 不思議だ。
 セスランの不穏な空気には、気づいてくれたのに。
 どうやら男女の恋とか愛とかは、娘に向ける愛とはまったく別ものらしい。

(私が恋愛方面ダメなの、お母様に似たの?)

 たぶんそうだ……。認めたくないけど。
 でもひとつだけ、なんとなくわかったことがある。
 ニブいのは、必ずしも悪いわけじゃないってことだ。
 父は母のニブさを利用した。
 そんなフシがありありだ。
 もし相手が母じゃなく、例えばエリーヌのようなタイプだったら話は違ったと思う。

「答えになっていたかい? あまり参考にならなかったと思うが」

 気まずそうにパウラをうかがう母は、こう言ってはなんだがかわいらしい。

「はい、お母様。十分参考になりましたわ」

 パウラにはこの方面に才能はない。
 まずそれを認めることから始めようと思う。
 才能がないのに、どこかから仕入れてきた手管の真似だけしてもしくじるに違いない。
 母は素のままで、父に愛された。いや現在も熱愛されている。

(とりあえずお母様にあって、私にないものを身につけるのよ)

 ヘルムダールの直系女子は、代々なにかしらの武術を得意とする。
 まずはこのあたりからだ。


「ところでお母様、先ほどセスラン様がおっしゃったことですけれど……」

 こくんと息をひとつ飲んで、パウラはできるだけ慎重に切り出した。

「火竜の祭典のことですわ」

 ヘルムダールを含めた五つの大公家は、二年に一度それぞれの始祖を敬い盛大な祭典を催している。
 今年は火竜の血を継ぐゲルラ公国の番だった。

「お母様がおいでになるのでしょう?」

 セスランは「また会おう」と言った。
 けれど今のパウラには、正直荷が重すぎる相手だと思う。
 あの甘さの正体がわからないまま会うのは、丸腰で戦場に出るようなものだ。
 つまり、行きたくない。

「そうだね……」

 母はじっとパウラを見つめて、少し考え込んでいる。
 先ほどまでのかわいらしい表情ではない。
 大公の、あるいは母の表情だ。

「正式な招待は公国の大公にだけ出されるんだよ。それ以外のなにかが書いてあっても、知らん顔をすればいい」

 母はパウラの胸の内を察してくれたようだ。
 ほっとしたら、急にお腹がきゅるると鳴った。

 ぷっと噴き出した母が、笑いながら呼び鈴を鳴らす。

「今日の主役のお腹が鳴っているよ。夕食の準備を急いでほしい。厨房にそう伝えてくれ」
「かしこまりました」

 補佐官も少しだけ笑いをかみ殺していた。
 
 ヘルムダールで過ごす穏やかな日々は続き、いくつもの季節が巡る。
 パウラは十七歳になっていた。

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