【R18】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます

yukiwa

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Intermission

9.エリーヌ・ペローという少女 

 エリーヌ・ペローは、ヘルムダール公国の中原地方に領地を持つ男爵家の娘として生まれた。
 ペロー家は爵位こそ男爵だけど、遠くたどればヘルムダール公家と縁続きだという旧い家だ。

 ――――ほんとかしら。

 エリーヌはつい斜めにかまえてしまう。
 でもそうだったら嬉しい。
 嬉しいけど不満でもあって。
 
 ヘルムダール公家といえば、五公家筆頭の大公家だ。
 黄金竜オーディの妻、竜后や竜妃聖女は、必ずヘルムダールの出身だ。
 その高貴な血が自分にも流れていると思うと、誇らしく嬉しい。

(でももしわたしが直系の公女だったら、お姫様らしい贅沢ができてたのに)

 黄金竜の泉地エル・アディや他の公国のお城に招かれたりするし、結婚相手だって外見も中身もとびきりの貴公子が相手だ。
 でも遠い昔に遡って、ちょっとだけ縁があります程度のエリーヌでは無理だ。

(不公平だわ。わたしだって直系の公女様に負けてないわ。キレイだしかわいいもの)

 ふわふわした白銀の髪に、ミントをソーダで溶かしたみたいだと言われる明るい緑の瞳。
 ふっくらとした頬は、まるで瑞々しい桃みたいだし、唇だってぷるんぷるんでかわいらしい。
 なかなか見ない美少女だと、みんな言うし自分でもそう思う。
 
 それなのに今のエリーヌの暮らしときたら。
 平民より少しだけマシという程度じゃないかと思う。

 朝起きたら廊下の突き当りにある洗面所へ行って、顔を洗う。
 水道の引いてある洗面所なんて、この辺りでもペロー家だけだと母は自慢している。
 でも小さな白い洗面器の上に、蛇口から冷たい水が出るだけの簡素なものだ。
 綺麗な彫刻も絵も、なにもついてない。
 エリーヌにはこれがそんなに贅沢なものだとは、どうしても思えなかった。
 
 その後自分で髪をとかして、食堂へ降りる。
 朝食はいつも同じで変わり映えしない。
 山羊や牛の乳と焼いたパンにチーズ、運が良ければ茹でたたまごやソーセージがつく。
 近所の農家から朝晩手伝いにきてくれる女性は、エリーヌが赤ん坊のころからの通いのお手伝いさんだ。
 食事の世話の他、掃除や洗濯をしてくれていた。
 その彼女に見送られて学校へ行く。
 学校は近隣の、まあそこそこお金持ちの子女の通う私立の学園だ。
 そこでのエリーヌの成績は、下から数えた方が早い。

 午後学校から帰ると、家庭教師から淑女教育を二時間受ける。
 その後彼女の厳しい監視下で食事をする。
 いちいち作法を正されて、食べた気がしない。
 この淑女教育でも、エリーヌの成績はあまり良いものではない。

(でもだからどうしたっていうの?)

 勉強なんて、少しも役には立たない。
 女は綺麗でかわいらしいのが一番で、優劣は学業ではなく容姿や性格で決まるのだ。
 学園でのエリーヌは、男の子たちにいつも囲まれている。
 成績が悪くても、お作法を心得ていなくとも、そんなことは誰も気にしていない。

「女の子はね、綺麗でかわいらしいおばかさんが一番なのよ」

 いつも母に言い聞かされてきたとおりだ。
 
 母はこのあたりでも有名な敏腕領主だ。
 ぱっと目を引く華やかな美人で、娘のエリーヌが見ても艶っぽい。
 でもデキる女感があふれ出ているから、たいていの男では敵わないと引いてしまうだろう。

 ヘルムダール公国では、どの貴族家もまあまあ貧乏だ。
 大公家を頂点に一応爵位による序列はあるけど、侯爵家も男爵家も内情はそう変わらない。

 領主とは言っても名ばかりで、領地から上がる租税など微々たるものだ。
 ひとたび天災にみまわれたら租税などたちまち吹っ飛んで、むしろ地面に食い込むほど足りない。
 それは大公家以外の、どんな爵位の家でも似たようなものらしい。
 
 落ちた橋の架け替えや道路の復旧、がれきの後始末等々。
 いざという時のためにと、領主はいつも質素な生活をしていた。
 だから領民は、自主的に自治会積立金なるものを作っている。
 大きな天災や、まとまった金額の必要な事態には、領主とともに物資や金銭を供出しているような有様だ。

 そんな中でペロー家は、近隣領主に比べるとまだマシな方だと評判だ。
 デキる領主が家を切り盛りするようになって、領地の上がりは格段によくなったのだと。
 けれど悪口もしょっちゅう聞かされた。
 あまり大きな声ではいえない事業にまで手を出しているとか、血も涙もない女だとか。
 それでもその母のおかげで、エリーヌは貴族令嬢として最低限の教育を受けられた。
 社交の場に出て恥ずかしくない身だしなみも、調えてもらったのだ。

「おかあさんは血も涙もないって言われたわ」
 
 外で侮辱されたのが悔しくて、母に泣きついたことがある。
 
「言いたいヤツには言わせておけばいいの」

 母は平然としていた。

(ふつうのおかあさんなら、慰めてくれるんじゃないの?)

 エリーヌは不満だった。
 だってエリーヌには母しかいないのだ。

 父はいなかった。
 エリーヌがものごころついた時には、もう既にいなかったと思う。
 母に尋ねると、「いるわよ。当たり前じゃない」と短い不機嫌な返事があった。
 そこから先はとても聞ける空気ではない。
 
 ヘルムダールでは女性が当主に立つのは当然のことで、母がペロー家を継いだから父は婿としてこの家に入ってきたという。
 踊り場には肖像画が飾られているし、父の部屋は毎日掃除されている。
 だから亡くなったわけではないらしい。
 
 ――――隣の領主と暮らしている。
 
 風の噂でそう聞いた。

 ああきっと、母はでき過ぎたのだ。
 綺麗なだけなら良かったけど、でき過ぎたから父は出て行ったのだと思った。
 綺麗でかわいらしいおばかさんじゃなかったから。

 エリーヌは悔しかった。
 皆が当たり前に持っている両親を、自分は持てない。
 母が恨めしかった。
 自分はけして母のようにはなりたくない。
 エリーヌだけを溺れるほど愛してくれる男に、一生かしずかれて暮らすのだ。

 ヘルムダール大公夫妻には、エリーヌと同じ年齢の娘がいるらしい。
 大公夫妻は美男美女でこれ以上ないくらい夫婦仲が良く、その間にできた娘を溺愛していると。
 エリーヌは、なんだか腹が立った。
 同じヘルムダールの血を継ぎながら、なんという違いだろう。
 直系公女は両親に愛されて、大きなお城で贅沢三昧しているに違いない。

 不公平だわ。

 毎日毎日そう思い暮らしていた。


 ある晩、夢をみた。
 不思議な、不思議な夢。

 目が覚めて、知った。
 いや思い出した。
 エリーヌの前世の記憶を。

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