【R18】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます

yukiwa

文字の大きさ
34 / 37
第四章 相愛の竜

35.パウラ、相応しい罰を下す

 銀糸の長い髪にエメラルドの瞳。
 ほっそりと優美な女の姿は、一目でヘルムダールだとわかる。

(この人と血がつながってるなんて)

 自分の中に流れる血を嫌だと思う日が来ようとは。
 でも今、パウラは確かにそう思っている。

「キイキイ騒がしい。猿山のメスザルでもあなたよりは淑やかでしょうね」
 
 比べられたら、メスザルが怒るかもしれない。
 どれほど元の容姿が優れていても、性根の醜さは表に出るものだ。
 もちろん声にも。

「小娘!」
 
 竜后はさらに声を張り上げる。
 まなじりは吊り上がり、角でも生えてきそうな勢いだ。

(まあ竜族だから角くらいおかしくないかもね)

 でもきっと、太古の竜にあった角は美しいに違いない。
 こんな醜い女の額には似合わない。

「そうね」

 わざと意地悪く薄笑いを浮かべた。
 本当なら先祖は敬うものだ。
 けれどその先祖自身が子孫を害するなら、話は別。

 目の前にいる先祖の性根はものすっごく悪い。
 腐っているレベルだ。
 そして頭も悪い。
 高慢さは劣等感の裏返し。
 言葉に出さない侮辱でも、簡単に挑発にのってくれる。

「たしかに老いてはいないわ」

 竜族は長寿だけれど、年はとる。
 竜族の長、黄金竜でもそうだ。
 力があればこそ、若く美しい姿のままでいられる。
 だから今のやつれた姿こそ、黄金竜が力を失った証だ。

「あなたはほんのちょっと、老いただけよね?」

 嘘だ。
 竜后にはまだ老いの翳はない。
 夫である黄金竜が、最後の力を振り絞って妻を護っているんだと思う。

「なんじゃと!」

 パウラの嘘に、竜后はあっさり激高してくれた。

(やっぱり頭が悪い)

 竜后の権威と自分の容貌が、彼女の最も大切なものだと思った。
 だからそこを突いてやった。
 老いた。
 彼女には絶対に許せない言葉のはずだ。

「こんなにお粗末なおつむで、よく竜后が務まりましたこと」

 容姿の次は、彼女の権威を傷つける。
 竜后の顔は、怒りで真っ赤に染まった。

「よくもわたくしに、そのような口を。おまえもあの女と同じにしてくれる」
「あの女って誰のこった?」

 竜后が怒りに思わず口走ったこと。
 
 あの女。

 それに反応したのは、それまで黙って様子を見ていたヴィートだった。


「なあ、誰のことだ? 言えよ。言ってみろ!」

 サファイヤの瞳には、怖ろしい怒気があった。
 ヴィートの真珠色の髪は逆立って、身体からゆらりと白い気が立ち上っている。

「お……おまえには関係のないことだ。なぜおまえが、ここにいる」

 威圧に負けて、竜后は思わず後ずさる。
 悔し紛れが口をつくだけ、大したものだ。

「あの女だっけか? そりゃねーんじゃねーか? いちお、姑だろーよ」

 纏う気が強くなっている。
 ヴィートは真顔だ。
 あきらかに増した威圧を、抑える気もないらしい。

「おまえに頼まれちゃ、黄金竜だんなは逆らえねぇよな? ヴォーロフの大公をヤれってか? まあダっせえ頼みだよな」
「わ……わたくしを愚弄した男だ。たかがヴォーロフの公子風情が」

 すごい理屈だ。
 フラれた腹いせと、はっきり言えば潔いと褒めてやってもいい。

(ほんとにみっともない)
 
 呆れはするけれど、バカだから許されるわけじゃない。
 むしろこんな愚かな女が力を持っていることが許せない。
 こんな女に、パウラは振り回されたのだ。

「やめろって言ったんだろ? あいつ、先代の竜后はよ。んなバカなこと、しちゃならねーって、言ったんだよな?」
「しらぬ! おまえには関係な……」
「かんけーあんだよ。だからパウラに手を貸した。セスランにもな。意味、わかるか?」

 竜族の長、その妻を、白虎の長ヴィートの手にはかけられない。
 始末しようと思えばできる。
 けれどそんなことをすれば、また新たな争いを招くだけだ。

(このクサレ竜后、同族、それも初代の竜后を手にかけたってこと?)

 ヴィートははっきり口にしていない。
 でもこの話の流れからして、そうとしか思えない。

 だとしたら、今ここでへたり込んでいる黄金竜はそれを知っていたのか。
 信じられない。
 実の母より、唯一だと信じた女をとった?
 こんな根性の悪い女を。

(ヴィートの言うとおりだわ。コレを始末するのは、私がすべきこと)

 新竜后になった時、コレは初代の竜后を害したのだろう。
 それなら今のパウラにも、同じことができる。
 竜后の力は、黄金竜と共にある。
 現在の黄金竜は、既にセスランだから。



「したことは返ってくるものよ。さあ、どうしてあげるのが一番いいかしらね」
「こ……小娘が。わたくしを誰だと……」

 まだ自分の立場がわからないと見える。
 いったいどれほど残念なおつむなのだろう。

「エリーヌとそっくり」

 口に出して、ああ本当にそうだと思う。
 大物と小物の差こそあるけれど、自分勝手で自己陶酔型、根性の悪いところなどそっくりだ。

「自分を愛してくれた黄金竜おっとを粗末にして、好き勝手してきたのよ。他人の人生を玩具にした。その報いは受けないとね」

 言って聞かせてわかる相手じゃない。
 反省とか謝罪とか、そんなものを求めても無駄だ。
 
 セスランを見上げる。
 パウラの隣りで沈黙したまま事態を見守っていた。
 
 ふっ……。

 いつものセスランだ。
 この上なく優しく微笑んでくれる。

「我が唯一つまの望むままに」

 
 良かった。
 セスランには通じたようだ。
 偽黄金竜の妻とはいえ、竜族の長の妻には違いない。
 勝手に処分することはできない。

 新黄金竜セスランの許可は得た。

 では遠慮は無用だ。

「エリーヌがいたところへ、あなたを送るわ」

 は……。
 そんなものかと、竜后は薄ら笑いを浮かべた。
 異世界など、怖くもないのだろう。
 なにしろ好きに行ったり来たりしていたのだ。

「今の記憶は残してあげる。でも見た目は変えるわ。誰より醜い姿がいいわね。竜族ではない、ただの醜い女になるのよ? 当然今の力はないわ」

 報いとして、何がいいだろうとパウラはずっと考えてきた。
 そしてその答えがこれだ。

「ああ、そうだ。お金もないわよ? 醜くて貧しい、ただの女。どう気に入った?」
「ふっ……ふざけるな! わたくしにそのようなこと……」
「あら、できるのよ。だってあなたもしたでしょう? 竜后の力で。私もそうするだけだわ」

 さすがに顔色を失くした竜后に、パウラは微笑んで見せる。
 できるだけ優雅に優しく、慈悲深く。
 でも目にはしっかり力をこめて。

「ごきげんよう。かつて竜后だった人。ゆっくりと自分を省みなさい。どうかお幸せに」

 嫌だと泣き叫ぶ竜后を、パウラの放つ光が飲み込んで。
 やがて融けるように消した。

あなたにおすすめの小説

私は善意に殺された・完結

まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。 誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。 私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。 だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。 どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿中。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

夫が運命の番と出会いました

重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。 だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。 しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?

姉の方を所望していたと言った婚約者に、突然連れ帰られて気づいたら溺愛されています

もちもちほっぺ
恋愛
侯爵家の地下室に住み、姉の食べかけで飢えをしのぎ、婚約者には初対面で「老婆のようだ、姉の方がよかった」と言われた令嬢リリアーナ。 ある日その婚約者に問答無用で公爵邸に連れ帰られた。 庭の恵みを口にするたびに肌が輝き、髪が艶めき、体に力が満ちていく。首に巻いたお守りの秘密、十数年続く国の不作の真実、虐げられ続けた令嬢の出生の謎。 全てが明かされる時、地下室令嬢の逆転劇が始まる。 なお婚約者は今日も庭でグルメリポートを最後まで聞いている。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー