伯爵令嬢ですが、電話交換手をやってます。目標はバリキャリなのに、溺愛されちゃいました

yukiwa

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第五章 領主の妻のお仕事です

29.男とはプライドの高い生き物です

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「地方採用枠の条件を変える。その趣旨はわかりました。勤務時間を日勤帯に固定するなら、確かに応募者は増えるかもしれませんね。急いで詳細を詰めてください」

 アンバーの話を聴いたクラーク局長は、デスクの上で指を組み合わせて、ふむと頷いてくれた。

「それでもうひとつの方ですが……。その交換機というもの、実用化に耐える可能性はいったいどの程度なのでしょう」
「ノルディン卿のお話では、三カ月ほどで試作機が上がるそうです。そこで試験を繰り返して、約半年で実用化できるところまで持っていくとのことでした」

 フリードから聞いたままを答えながら、実際はもう少し早くなるかもとアンバーは思っている。
 天才肌のフリードは、気分がのると時間の感覚を忘れてしまう。
 自宅に研究設備が揃っているとは思いにくいから、多分技術省の研究室にこもりっきりだろう。

(でもそれじゃ、プライベートで受けたと言い切るには無理があるわよね。技術省の施設を使っているんだもの)

 これは早々にユーインに言って、専用の研究室を準備してもらわくてはと思う。

「なるほど。半年ですか。そうなったら交換手が余りますね。それについてはどう考えていますか?」

 クラーク局長の質問は想定内だ。
 地方採用で交換手を採用しても、半年先に余剰人員になるのなら採用や育成にかける手間や金が無駄になる。むしろ退職を勧めなければならなくなった時の面倒を考えれば、莫大な金をかけて交換機を作る必要はあるのかということだ。
 嫌な言い方だけど、事なかれ主義の上司なら言いそうなことだ。
 これはたぶんだけど、クラーク局長がそうだというよりは、局長のさらに上の方々が言いそうだ。クラーク局長はその方々に説明しなければならない立場だ。マクレーン領では最上位の管理職だけど、中央へ戻れば局長もよくある管理職の一人にすぎない。

「局長のご心配はもっともですが、人手が全く要らなくなるわけではありません。マクレーン領の電話利用者の発信着信は、主に領外とのものです。おおよそですが6割以上かと。今回の試作機では領内の通話のみが対象になります」
「なぜ領内だけなのですか?」
「領外への通信までカバーするためには、相手の交換機もこちらの交換機と同じ仕様にしなくてはなりません。今回はマクレーン領内だけの施策で、だからこそマクレーン辺境伯家と商工ギルドも費用負担を検討中なのです」

 交換機の開発について通信省や技術省から出資は求めない。求めないのだから口を出すなと言いたいのが本音だけど、街中に張り巡らされている電話線をはじめとするインフラは、もともと国家のものだ。確かに交換機を新しくするのに出資は求めないけれど、もともとの設備を使う以上、通信省や技術省に無断でというわけにはいかない。
 だからクラーク局長にはできるだけマイルドにそのあたりを中央へ伝えてもらって、「領内であれば勝手にしていい」の許可をとってもらいたい。
 ふっ……と、クラーク局長は耐えきれなくなった風に笑った。

「さすが領主夫人です。わかりました。そのように上に交渉しましょう」

 いくら局長にでもマクレーン領だけの施策にする本当の意味、つまり前世風にいえば特許権のようなものを通信省に渡したくないとは言えない。
 そこはそれ、目だけで語るというところ。そしてクラーク局長もそのあたりは心得て、言葉にはしないでいてくれる。
 この交換機が実用に耐えるということになったら、次に来るのは他領からの問い合わせ、最終的には王国からの技術提供要請だ。
 その時、王命の一言で技術を持っていかれないためにも国からの出資は受けない方がいい。

「よろしくお願いいたします」

 互いに顔を見合わせて、にやりと笑い合った。


 午後からアンバーは、商工ギルドへ向かった。
 予想どおり呼び出しを受けたのだ。

「マクレーン辺境伯夫人、お忙しいところお運びいただきまして……」

 褐色の肌に金の髪をした四十代くらいの男性が、丁寧に頭を下げている。

「マクレーン領商工ギルド長のウィリアム・シモンズと申します」
「アンバー・マクレーンです。副局長の立場で来ていますと言いたいところですが、お話の内容によってはそうでないかもしれませんね」

 奥の応接セットに既に座っているユーインとフリードをちらりと見て、アンバーはギルド長に小さく肩をすくめてみせた。

「はい、奥様。おそらく奥様とお呼びしなくてはならないでしょう」

 こちらへどうぞと勧められた席は、ユーインの隣だった。

「忙しいところすまない。疲れているだろうに」

 笑みを含んだ甘いテノールは、あきらかに周りを意識していた。
 
「お仲のよろしいこと、お噂はかねがね耳にしております」

 さすが商工ギルド長。如才ない社交辞令に完璧な営業スマイルだ。
 ユーインを挟んで向かいに座るフリードの表情は、不気味なほど完璧なアルカイックスマイルだった。
 ユーインとはつくづく相性が悪いらしい。

「君が来るまでに、おおよその話は済ませている。後はこれを見て、気づいた点があれば付け加えてほしい」

 差し出された紙には、アンバーが来る前に済ませた話が要約されていた。
 さっと目を通したところ、研究室の件は既に商工ギルドが場所を提供することになっていた。資材機材はマクレーン家から資金を出す。
 え? と驚いたのは、出資者リストにノルディン侯爵家が入っていたことだ。
 ヴァスキア様が動かれたのだと、アンバーは直感した。
 王家として出資は控えてもらいたいこちらの本音を見越して、それでも資金は多い方がいいだろうと、ご実家を動かされたのだと思う。
 あの家はフリードのような天才を生み出していながら、あまりその価値をわかっていない。
 少なくとも当主であるフリードの父君はそうだ。そこがお金を出すというのなら、それはヴァスキア様のお口添えしかない。
 さらに読み進めて、やっぱり落ちているとアンバーは顔を上げた。

「技術省上層部へのお伺いは、どのように?」

 フリードは天才だけれど、俗世の俗人の考えそうなこと、やりそうなことにはまるで興味がない。
 でもこの世はそういう俗人が回しているのだ。
 俗人を舐めてはいけない。

「通信省の上にはクラーク局長からよしなにお取り計らいいただきます。技術省にも同じ調整が必要かと思います」
「俺がかけあうか?」

 こともなげに答えたユーインに、少し考えてからアンバーは首を振った。

「ノルディン卿、姉君にお父君へのお口添えをいただけますか? お父君から技術省へお話しいただければ、角が立たないかと」
 
 嘘だ。
 角が立つか立たないかでいえば、立つ。
 だって王太子妃殿下の父、つまり王太子殿下の義父にあたる人だ。その人が中央省庁にでかけて「配慮」を求めるのは、圧力に他ならない。
 本当ならフリードがやんわり上に話してくれるのが一番なんだけど、天才肌の彼に俗人との駆け引きは向いていない。
 途中で「なら退職します」と辞表を叩きつけて帰ってきそうだ。
 次点はユーインだけど、中央官庁には押しが効かない。
 かといってお義母様にお出ましいただくのでは、ただでさえ魔力なしと侮られているユーインがさらになめられてしまう。
 だからヴァスキア様のお知恵におすがりするしかない。

「奥様、マクレーン領は良い夫人に恵まれて幸いでございます」

 いい笑顔でギルド長は相槌を打ったけれど、その他の二人は憮然としている。
 
(僕が父上に言ってもいいのにさ)
(俺では役者不足だと?)

 内心の声が聞こえるようで気の毒だったけど、気づかないフリをしなければならない場面だ。
 
「ギルド長にお褒めいただくとは、光栄ですわ」

 徹底的に気づかないフリをした。
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