伯爵令嬢ですが、電話交換手をやってます。目標はバリキャリなのに、溺愛されちゃいました

yukiwa

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第五章 領主の妻のお仕事です

35.一人にしてあげたいと思っただけです

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 ユーイン一人先に出て行った後、アンバーはテーブルの上の呼び鈴を鳴らした。

「若奥様、お呼びでしょうか」

 口の堅い老執事が恭しく頭を下げている。

「お義母様をお部屋へお連れして。お付きのマルグリットを呼んでお世話を言いつけてちょうだい」

 まだ呆然としたままのお義母様をお支えして執事が静かに退出した後、アンバーはひとりになった。
 一息に進んだ状況整理と未来図の展開に、アンバーだってまだ頭が混乱している。
 はっきりしているのは、明日か明後日か、とにかくとても近いうちにお義母様がここを出て行かれるということだ。
 そしてその身分は前辺境伯夫人ではあるけれど、マクレーン家にはなんの権限も持たない過去の人になる。
 お義母様、いやエイブリル様はどうなさるのだろうか。
 長年いろんな思いを抱えて過ごしたこの屋敷を離れて、どこへお住まいになるのだろう。
 輿入れしてから今日まで、かわいがっていただいたと思う。
 お義母様に嫌なことをされた記憶はない。
 その人と、明日からは他人だ。
 仕方のないこととはいえ、寂しいと心が沈んだ。

 けど、もっと気にしなければならない人がいる。
 先に出て行ったユーインだ。
 嫌悪感にまみれているとはいえ、実母に対しての感情は複雑だったはずだ。
 だからこそエイミーは「母さん」を連発したし、その度ユーインの心は縛り上げられた。
 その実母の呪縛からようやく自由になったのは良いことだとは思うけど、血のつながった母を切り捨てたことに少しの痛みもないなんてありえない。
 そして今度は養母のエイブリル様を切り捨てた。
 他人はきっとユーインを恩知らずとか冷血漢とか、面白おかしく好きなことを言うだろう。

(社交界のご婦人方は特にそうよ。しばらくは話題に事欠かないでしょうね)

 他家の醜聞はそれほど面白いものなんだろうか。
 無責任に言い散らす言葉にどんどん尾ひれがついて、ユーインの名はすぐに人でなしの代名詞になる。間違いない。
 
 エイブリル様には恩や情こそあれ、恨みや憎しみなんてユーインにはなかった。
 アンバーの目に映るふたりは、仲の良い親子で互いに尊重し合っていた。
 義理の仲だからこそかえって距離感を大切にしたのかもしれないけど、結果家の中は上手く回っていたし関係も良好だったのだ。
 アンバーとハロウズの母との関係を思えば、実の親子だから良いというものじゃないとわかる。
 気を遣いながらうまくやっていた家族。大事にしていた養母。
 それを、ユーインは切って捨てた。
 傷になっていないわけがない。

(様子を見にいく?)

 悩んだ末、アンバーはあえて放っておくことにした。
 ユーインの心中察してあまりあるけれど、察するしかできない身で寄りそうなどとは傲慢だと思ったからだ。
 明日の朝、普段どおりに接すれば良い。
 なにもなかったように、普通に。
 
(そうね。今夜は一人にしておきましょう)

 今夜は夫婦の寝室ではなくて、アンバーの私室で休むことにした。
 普段調べ物をしたり、居間にしたりに使っている部屋だ。午睡用の寝台もある。
 明日の仕事は普通どおりだ。朝八時少し前には、職場に入っておきたい。
 簡単に眠れはしないだろうけど、少しでも眠っておいた方がいい。
 
 呼び鈴を鳴らすとすぐにメイドのローリーが来てくれる。
 お風呂とナイトキャップをすぐに用意してくれたのは、さすがにアンバー付きだけのことはある。
 既に準備していたらしい。
 湯上りによく冷えたワインを口にしたら、張りつめていたはずの神経が緩んだようだ。
 寝台に横たわると、いつのまにかうとうとと意識が遠くなっていた。


 規則的な優しい振動が心地いい。
 髪を撫でられている?
 ぼんやり戻って来る意識と視界が最初に捉えたのは、少し乱れた赤毛に薄い青の瞳。

「ユーイン?」

 髪を撫でる手は止まらない。
 少しだけ強くなったけれど。

「信じられんな」

 表情の読めないテノールは、いつもよりも低い。
 怒っている?

「まさかこんなところで、ひとりで先に寝ていたとはな」

 ああ、本当に怒っているらしい。
 隠しようもない怒気、いや拗ねがダダ洩れだった。

「心配して追いかけてくるだろう、普通は。いつまで待っても来ないから、何かあったのかと思ったら……」

 言い訳すべき?
 いや言い訳というより、本当に思いやりのつもりだったのだけど。

(間違った?)

 アンバーが追いかけて慰めることを、どうやら望んでいたらしい。
 完全に読み間違えた。

「ひとりになりたいのじゃないかと思ったの」
「妻をとる! 君も聞いたはずだ。俺的にはかなり熱烈な宣言だったのだが?」

 アイスブルーの瞳の印象は、ただでさえ冷たい。
 それがいまや氷点下でブリザードというのも温いくらい。

「相愛の妻、互いの唯一。俺はどうやら勘違いをしていたらしいな」

 
(今って何時くらいかしら?)

 ユーインが知ればきっとさらに怒るだろうことを、アンバーは気にせずにはいられない。
 
「言葉を惜しんだつもりはないが、どうやら君には伝わってないらしい。わからせなかった俺が悪いな」

 ほら。
 きっとこのままで済むはずがない。
 
(大丈夫、大丈夫よ。一晩くらい眠れなくても)

 今生のこの身体が二十代前半であることを、アンバーは心から感謝していた。
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