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第9章 別れと出逢いの遁走曲

No,100 僕達…終わりなんだね

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【これは大学2年のお話】

「理久は目立つよ。ダサい俺なんかと違っておしゃれだし、手足が長くて顔もきれい」
「それ、ほめてんの?違うよね。派手で、いかにも普通じゃないって事だよね?ごめん。髪は黒くする。服もずっと地味にするから」

「違う!そんなこと言ってない。俺達ふたつ違いだけど、俺なんてこんなだろう?歳よりも老けて見えて、もうおっさん。逆に理久は見ため年齢ずっと若くて。二人並ぶと、まるでおっさんが若い子連れ回してるみたいで、俺、 誰かに見られて、あれ誰?どんな関係?って聞かれたら、なんて答えたらいいのか分かんない」
「友達だって言えばいいよ」
「友達になんて見えねぇよ!」 
 亮ちゃんが顔を赤くして興奮している。何とかなだめなくっちゃと思ったけれど……。

「俺達、当たり前にキスして、当たり前に付き合い始めたけど、その……これまでこんなこと口にもしなかったけど、 俺達、ゲイなんだよな?」
「それは……世間的に言えばそうだと思う。でも、だからなんだ?僕は他人に何を言われたって構わない。亮ちゃんといられればそれでいい」

「俺はそれじゃ駄目なんだ!俺は長男だし、結婚して子供を作んなきゃならないし、何より世間からはみ出た人生を送りたくない」
「亮ちゃん?」

「ゲイだって人に知られるのが怖いんだ。ホモだオカマだって笑われる。疑われて、噂にされるのも耐えられない。親にバレたら俺の人生終わりだよ……」
「亮ちゃん、そんな事を考えてた?」

「理久が考えなさ過ぎるんだ。だから理久とは出掛けなかった。 理久は平気で手を繋いだり腕を組んだりするだろう?
ケーキ屋で、平気であんな文字入れを注文するみたいに……」

 僕はもう、 頭の中がぐじゃぐじゃだ。子供のように駄々をこねた。 
「はしゃがない。手も繋がない。うん、亮ちゃんが嫌なら、一緒に出掛けるなんてしなくていいから……」

 僕はもう、今にも涙をこぼしそう。なんでこんな話になるの? 


「……ずっと理久が好きだった」


 先に涙をこぼしたのは亮ちゃんだった。 

「ずっと辛くて、でもそれ以上に怖かった。このまま理久を好きなままだったら、俺のこの先どうなるんだ?って。 だから避けてた、出来るだけ顔を合わせないように……。でもあの夏の日、理久に会ってしまって、自分の欲求に勝てなくて」
「そうじやない!だからあれは僕が誘ったって言ったじゃないか!亮ちゃんが悪いんじゃないんだよ!」

「駄目だよ理久、こんな話をしてたらまた別れられない。 わざわざ呼び付けて彼女を紹介したのは、自分に決着を付けるためだったのに……」
「嫌だよ別れるなんて!こんな話しはしたくない」 
「だって理久は、本当は理久は、 俺の事なんて好きじゃないよな? それくらい俺にだってわかる。 理久に俺なんて似合わない………」

 ……あ、そうだった。

 僕は亮ちゃんなんて好きじゃなかった。
 それなのに、いつからこんなになっちゃった? 

「あ、の……そう、亮ちゃんの匂いは好きだったよ? ずっとずっとむかしから……」

(亮ちゃんの匂いは甘い匂い)

「俺の匂い?妹達からは汗くさいって嫌がられて、鼻つままれてるのに?」

 くさい? 

 亮ちゃんが?! 

 一瞬にして合点がいった。


 甘い匂いに感じるのは、 僕が亮ちゃんを好きだから? 


 亮ちゃんの匂いが好きなのは、 僕が亮ちゃん自身を好きだから? 


 だとしたら──僕はあの押入の中の、あの始まりからずっと好き? 
 亮ちゃんの事がずっと好き?

──気付いた途端、僕の何かが
ぷっんと切れた。


(亮ちゃんの事が好きだって、
ちゃんと気付かなかった僕が悪い……)


 見開いたまなこから流れる涙が止まらない。 僕は亮ちゃんの瞳を覗き込む。

「だって亮ちゃん、初恋は?」 
「いつからだったか分からない。理久がたまらなく可愛くて……」

「ファースト・キスは?」
「………理久」

「初体験は?」
「………それも理久」

 涙をすすってもう一度聞いた。 

「それでも別れる?」

「別れなきゃ……」


 僕は覚悟を決めた。 

 静かに席を立ち、亮ちゃんの前に合鍵を置いた。 


「亮ちゃんのくせに、 よくもこの僕を振ってくれたね。 絶対に許さない」


 亮ちゃんは僕から目をそらし、遠くの一点を凝視している。


「さよなら……もう、二度と会わない…」


 それでも亮ちゃんは微動だにしない。

 ゆっくりとドアに向かった。 

(亮ちゃん、引き止めてはくれないんだね)


 あのまま粘っても駄目だと思った。 粘って嫌われるのが怖かった。 
 きっと後で──亮ちゃんはきっと後悔して謝ってくれると思ってた。 


 でもその後…………


 亮ちゃんの部屋に残した私物を取りに行く事は、もう二度となかった──。



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