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第17章 恋愛不毛症候群

No,209 サウナの熱気にご用心

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【これは30代前半のお話】

 ちらりちらりと彼の横顔を覗いて見る。

 なんてこと無い普通の感じなのだけれど、その普通の感じが堪らない、いや、かなりハンサムなのか?あ、いや、ハンサムだとしても、それを遥かに凌駕する普通感──そこが堪らない。

(分かんないだろうな~)

 顔だけじゃない、髪型も普通な感じ、身体のラインも普通な感じ、いや、かなりきれいな体躯なのか?
 もう、分からん!

 ゲイにモテる要素がいくつかあるとして、実はこの「普通」と言うのがひとつのカテゴリーを作っている。
 この真逆が「イカホモ」=つまり「いかにもホモに見えるタイプ」だ。実はこれはこれでひとつのモテ線だ。
──なんて話は逸れたが、一目惚れの目で見れば何から何までカッコいいとしか思えない。


(どうしよう……でも、だって、どうしようもないよね……)


 そこは二丁目でもなけりゃ、ゲイの集まる有名サウナでもない。住宅街の普通の銭湯だ。
 僕は今、ただこうして素敵な人と隣り合わせてサウナ室に座っているだけ。

 僕は黙って心臓をドキドキさせていた。顔が真っ赤になっていたかも知れない──。


(年上だよね?30代後半くらいなのかな?でも、何だか顔が可愛い……肌もきれい……)


 僕は熱いサウナの中で別な汗をかいていたのかも知れない。顔だけじゃなく、全身の肌が赤みをさした。


(僕のちらりちらりに、彼も気付いているんじゃないかな?)


 元々三人掛けの所に二人で腰掛けているのだから、割とゆったりとはしている。彼は足を大きく開いていた。僕も少しずつ足を開いて行く。

 心臓がバクバクと音を立てた。

(やるしかない!)

 ここで行動を起こさなければ、もう、この人とは一生顔を合わせる事も無いのだろう。
 チャンスは今のこの時だけ!


 コツン──と音がしたかのような錯覚をした。僕の膝が彼の膝に接触したのだ──いや、接触させたのだ。

(あ、彼が膝を離さない……)

 僕は接触させた膝を静かに離した。くっ付けたままでは、いくら何でも不自然すぎる。
 自分から粉を掛けといて、僕は思わず弱気になってしまったのだ。
 
 コツン──え?
 今度は彼の膝が僕に触れた。
 あれ?──彼の膝は僕の膝にくっ付いたままだ。あまつさえ少し押し付けてくる感じすら有る。


(これは……もしかして?)


 そりゃそうだ。僕もこの歳まで生きていれば色々な事を経験している。もしこのサウナ室の中でハッテンを仕掛けるなら、短期決戦しかない。
 じっくり時間を掛けていれば熱さにのぼせるだけだし、第一彼が既に何分ここに入っているのか分からない。熱さに耐えかねて彼が出てしまえばそれまでだ。

 僕は今まで何度も書いた。

 僕達は互いを引き合う。

 その時その場のタイミング──それこそが僕達の出会いの切っ掛けなのだ。


 僕は勇気を振り絞って、くっ付いた膝をぐりぐりと二度押してみた。

 彼が僕の方へと顔を向ける。
僕はニコリと笑って見せた。

 うつむき加減で、それでも彼は、はにかむように笑顔を見せた。


 はい、決まりです。


「一緒に出る?」
 と彼が言った。
「はい」
 と僕はうなずいた。

 そこから先は「ゆっくり湯船で手足を伸ばす」どころではない。
 彼の様子を探り、彼のリズムに合わせて身体を洗い、湯船に浸かり、彼に合わせて身体を拭いた。

──ごく自然な形で二人一緒に出るには、それなりのコンビネーションが必要だった。恐らく彼も僕の動向を気にしていたのだと思う。
 その間、一切の会話もコンタクトも無かったけれど、二人の行動は互いに通じ合っていた。

 やがて二人共、ほぼ同時に支度が終わり、アイコンタクトをとって一緒に出た。外は夕暮れ時になっていた。

 向かい合い、彼と目を合わせた。二人とも静かに微笑んでいた。

「どこかでお茶する?それとも、もう夕飯かな……」
 と、彼は優しく語り掛けてくれた。
 でも僕は知っている。
 こう言う場合は変に気分を変えてはいけない──スリリングなハッテンの雰囲気をそのまま維持し、なだれ込むように抱き合った方が上手く行く。


「僕の部屋、直ぐ近くなんです」
「え?」


「……来ませんか?」
「あ……うん……」
──彼は頬を赤くし、はにかむようにうなずいた。


(あ、可愛い……多分年上なんだと思うけど、何だか可愛い)


「背が高いね」
 並んで歩いていて彼が言った。
「同じくらいですよね?」
 彼だって背が高い。横を見ると、真っ直ぐ視線が打つかった。

(あ、こんなに背丈が一緒だと、キスする時にどんなだろう?)
 と、僕は不埒な事を思ってしまう。

 まさかこんな事になろうとは思いもせず、僕は銭湯バージョンの普段着だった。でもそれは彼も同じこと──。
 二人はまるで日常のように、肩を並べて僕の部屋へ向かった。


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