異世界で森の隠者のヒモになります。

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12.推しは傾城の男らしい

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『――シルヴェストル・リシャール侯爵令息で間違いないか』



 爵位がなくなって久しい日本では聞きなれない侯爵令息という単語は、けれど異世界テンプレだなあと何処かで思う悠斗がいた。気軽に触れられるファンタジー系ライトノベルで、その単語はむしろ親しみさえ感じられる。

 ―――――いや、めちゃくちゃ似合ってるな?

 人外なのでは、と悠斗は『まさかなあ……』と思いつつも、その美貌を前に疑惑を捨てきれずにいた。それくらいに、シルという人間は悠斗にとって人智を超えた容貌をしているのだ。
 だから、貴族だというのなら納得は出来る。爵位の高いところには美形が集まるからイケメンが多いって書いてあった。ソースはラノベだ。図書館のかっちりした資料を読んだ訳ではない。

「公侯伯子男……」
「――――? 呪文か?」
「えっ、あ、違い、ます。お、お気になさらず」

 向こうで聞いた位の順序が無意識に悠斗の口から零れ落ちる。何かを言ったのを聞き取ったらしいグレンが、少しだけ視線の圧を緩めて悠斗に視線を移した。
 難しい話が始まりそうな雰囲気をぶち壊したことに恐縮した悠斗は顔の前で両手をぶんぶんと振って、空気に徹しようとする。

(――つまり、そう、アレだ。シルは高位貴族、とかいう、あれ? で、冒険者ギルドがシルを探していて……?)

 ――――いや、なんで?

 空気に徹するべく得た情報を頭の中でぐるぐるかき混ぜて首を傾げる。こんな森の奥に住んでいる時点で訳ありなのは分かり切っていた。ただ、悠斗にとってシルは悪い人間ではないどころか、むしろスパダリ様までありうるハイスペック男性なので、探される理由が分からない。
 ちらりと好奇心に負けて隣のシルを見る。剣呑な光を湛えた瞳は悠斗ではなく正面のグレンを見つめていて、名前を呼ばれていたせいかさっきよりも更に温度が下がったように感じられた。
 隣から見ただけでぶるりと寒気がして悠斗はそっと何も乗っていないローテーブルに視線を移す。

「で、シルヴェストル……だな?」
「違うと言ってよろしいのなら」
「無理だな、その容貌は聞いていたとおりだ」

 ――老若男女問わず惑わし、誑かす。傾城の男。

「二人はいないだろう、と言われた理由も納得できる」
「――――はあ?」

 思わず、イラッとした声を悠斗が発した。緊迫した空気を醸し出す二人が同時に悠斗を見る。二人から見られると圧がひどいが、さっきまで空気に徹しようとしていたのに、苛立ちが先だって思ったよりも何も感じなかった。

「どう考えても悪口じゃん。何その言い方」



 この一か月一緒にいて、悠斗は気づいたことがある。


 シルは自分の顔にあまり興味がないし、なんならあまり好きじゃないんだろう。
 だから、悠斗は常に褒め称えてもいいと思わせる美貌を眺めて心の中であれこれ想うことはあっても、直接に賛辞を口にすることはなかった。

 それに、この家には鏡がない。

 何でも揃っている家に鏡がないことに、悠斗は疑問を持っていた。鏡が発明されていない世界だとしても、それに近しいものがあっても良さそうなのに、何もない。
 見たくなかったからだとしたら、納得が出来た。

「でもな、実際に、誑かされたと言う奴らが何人も」
「はあ!? 何処のどちら様!? シル、」
「してない」
「――だ、そうですけど?」

 シルにしては珍しく悠斗の言葉を遮る勢いで否定が返って来る。
 余程不本意だというのが察せられた。この話題が始まってから、無表情がデフォルトのシルの眉間にシワが寄っている。嫌悪、と置き換えてもいいかもしれない。

「美形は大変だあ……」

 しみじみと呟くと、何かおかしかったのか、ふっ、とシルの表情が緩む。

 ――無表情が崩れるとヤバいからやめた方がいいのでは?

 笑う――まではいかない、険の取れた表情は、美しい以外に言葉がない。悠斗はその表情が消え去るまで余すところなく眺めようとして、息を呑んで黙りこくったグレンに気づいてばっとシルの前に腕を出した。

「閲覧禁止です!」
「発禁書物かよ」
「えっ、そんなつもりじゃな……ご、ごめん」

 悠斗の手の動きで我に返った男のツッコミにあわあわとシルを見上げる。ふるふると左右に振られた頭にほっと息を吐き出した。
 守ろうとして傷つけたんじゃ意味がない。

「――まあ、悪かった。そんな噂話の真偽を問いに来たわけじゃねえんだ」

 太い腕を両ひざの上に乗せて、ばっとグレンが頭を下げた。そう素直に謝られると、元は蚊帳の外の立場の悠斗としてはそれ以上は何も言えない。

「それで、何をしに来たんですか」

 はあ、と息を吐き出したシルは、毒気を抜かれたのか先程までの冷たい雰囲気を多少軟化させて問い掛ける。それでも本意ではないのか、ソファーに身を預けた姿は気怠げに悠斗の目には映る。

「かなりの魔法の使い手だと聞いている。スタンピード間近のダンジョンの攻略を手伝ってほしい」

 ダンジョン。

 あったんですね、それ。
 悠斗はぱちぱちと瞬きをした。
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