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14.ではお帰りください
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「俺の一存ではどうしようもない」
ですよねえ。
うんうんと、即答したグレンに思わず悠斗は頷いた。冒険者ギルドのギルマスの権限がどれほどのものか、悠斗には想像もつかないが、王族を制することが出来るほどのものとはとても思えない。
とはいえ予想できた返答を聞いてもシルはピクリとも動かず、それが守られないなら協力しないだろうことは想像が出来た。
「じゃあ、決まったらまた来て」
「はあ!!!?」
「えっ」
素っ気ない口調でお帰り願ったシルの声に被さるような轟音――グレンの鼓膜を突き破るような大声に、悠斗は耳を両手で塞いだ。
シルの眉が微かに不快を示すように顰められる。
「静かにして」
「いや、だってお前……、帰れって言ってるか? この森をまた往復しろと?」
「一週間で来られたでしょ」
「だからってな」
「正式な書面での回答がないなら信じられない」
「お前、急ぎだって分かって言ってんの?」
「じゃあ、断ってもいい」
「待て待て待て、国の一大事だぞ!?」
ぽんぽんと会話がバウンドしていて、こんなに喋るシルは初めて見たなあ、と悠斗は遠い目をした。話がまた停滞したことに対する現実逃避とも言う。初めて会った頃は片言かと思ったくらいに喋らなかったシルも、今では普通に喋っている。とはいえ、ここまで矢継ぎ早に話す姿は見たことがなかった。
(話し方忘れてたとか……? なんか有り得そうな気がして怖いんだよなあ)
この森に来て何年も独りで暮らしていたシルは、本当に国に未練がないように見えた。自国だからこの森にいる訳ではなく、魔の森とかいうヤバい案件だからいる可能性すらある。
その証拠に、この国に危険が迫っているというのにシルの態度は一貫して変わらない。
条件が呑まれなかった場合、本当に協力することはないように見えた。
(実家と王家が、それほど何かあるのかな……あるんだろうなあ)
確執、とかそういう。笑いごとでは済まないような何かを感じる。
「話は終わり」
ぱちん
面倒になったのか、埒が明かないの思ったのか、シルが指を鳴らすとグレンの身体が光り出す。シルがやったことに察しはついても、いかつい男が光ると必殺技でも出しそうで怖い。
「あっ、ちょ、おま……っ、また、来るからな!!!!」
怖いと思った悠斗は、日本の不良の「覚えてろよ!」みたいなセリフがおかしくてすぐに考えを撤回した。本人はかなり必死なのは伝わって来るが、お決まりのセリフみたいで面白かった。
捨て台詞を最後に、ソファーに座っていたはずのグレンは、跡形もなく消えていた。次いで、室内にもかかわらず、さらりと風が頬を撫でる。
「……?」
「空気を入れ替えただけ」
「あ、はい」
頬に触れて首を傾げる悠斗に端的な答えがやって来る。汚物か何かのような扱いはさすがに気の毒に思えたものの、明らかに嫌そうだったシルを思うと、塩を撒くみたいなものだろうかと納得もしてしまう。
そこに何もいなかったかのように、存在感強めの男の痕跡はない。
「いいの……? 話の途中で帰すってさあ……」
実力行使の仕方がえぐい。
国が――なんなら神が――認める実力の魔法使いというのは、伊達ではないらしい。
「――本当は、」
「うん」
「行きたくないくらい」
「……のかなあ、って思ってた」
立ち上がってキッチンの方へ向かうシルの背中に問い掛けると、背中を向けたままぽつりと返って来る。当事者じゃない悠斗は、苦笑いを浮かべるしかなかった。
キッチンから戻って来たシルの手には、カップが二つ。
テーブルにことりと置かれたカップの中では紅茶が湯気を立てて、ほんのり甘い匂いを運んで来た。客扱いをしてもらえなかったグレンにはついぞ出されることがなかった飲み物だ。
どちらもシンプルな白の陶磁器のカップだが、形が微妙に違う。
シルのカップは薄い素材で出来ていて形は円柱に近く、量もたくさん入る実用性重視だ。たまにスープを入れて飲んでいるのを見かける。悠斗のカップはもっと丸みを帯びていて素材に厚みがある。両手で持っても、熱湯でない限りはそこまで熱くはない。悠斗の分はここに居候を始めてしばらくしてから増えたものだ。この家には一人分のものしかないんだと改めて思ったのを鮮明に覚えている。
「魔の森の話をしなかったのは」
「え」
「――何?」
向かいの、さっきまでグレンが座っていた一人掛けのソファーに腰をおろしたシルが当然のように話し始めて、悠斗は思わず声を漏らす。
不思議そうにて言葉を止めて目を瞬かせるシルの美貌をじっと見つめたが、そこに気負いもなにも見られない。
――だって、さっきの言い方だと話したくないみたいな重い感じじゃなかった? え、こんなすぐ始める?
「え、いや、話したく、なかったのかと……」
「ああ、これは、別に……」
「コレ」
「魔の森」
「うん、分かる」
じゃあ「コレじゃない」のってなんですかね。ツッコミを呑み込んで、シルの言葉の続きを待った。せっかく話してくれるというなら、情報の少ない悠斗としては聞かない選択肢はない。
「結界内にいて危ないことはまずないから、話さなくていいかなと思ってた」
「なるほど?」
「魔の森と言われているのはそのまま魔獣がいるからというのと、あと、迷い込んだら帰って来られないから、というのもある」
「えっ、こわ」
「だから、悠斗がいたのは驚いたし、正直危なかった」
「あっ、あーーー」
今にして知る真実がガチで生命の危機であまりにヤバい件について。
異世界転移数時間で命が尽きていたかもしれない真実を突き付けられて震えが走る。
「そうやって、怖がらせる必要もないかなとも」
「なる、ほど……」
「あとは」
納得して何度もかくかくと頷いていた悠斗は、更に話そうとして言葉を留めた姿に首を傾げた。シルは話すときは明確に簡潔に話すので、こうして言葉に詰まることは珍しい。
「……悠斗が、危ないから森から出て行きたいって言うかもしれないのが……」
――多分、嫌で。
時間にして少なくとも十秒は黙っていたシルが頼りなげに細く零す言葉に、「ああ、シルも寂しかったのかな」とかそういう考えが頭を過ぎって、それ以上に唐突にぶち込まれたデレにクリティカルヒットを受けた悠斗はソファーに両手で顔を覆って倒れ込んだ。
儚げ美人の威力ヤバイ。
ですよねえ。
うんうんと、即答したグレンに思わず悠斗は頷いた。冒険者ギルドのギルマスの権限がどれほどのものか、悠斗には想像もつかないが、王族を制することが出来るほどのものとはとても思えない。
とはいえ予想できた返答を聞いてもシルはピクリとも動かず、それが守られないなら協力しないだろうことは想像が出来た。
「じゃあ、決まったらまた来て」
「はあ!!!?」
「えっ」
素っ気ない口調でお帰り願ったシルの声に被さるような轟音――グレンの鼓膜を突き破るような大声に、悠斗は耳を両手で塞いだ。
シルの眉が微かに不快を示すように顰められる。
「静かにして」
「いや、だってお前……、帰れって言ってるか? この森をまた往復しろと?」
「一週間で来られたでしょ」
「だからってな」
「正式な書面での回答がないなら信じられない」
「お前、急ぎだって分かって言ってんの?」
「じゃあ、断ってもいい」
「待て待て待て、国の一大事だぞ!?」
ぽんぽんと会話がバウンドしていて、こんなに喋るシルは初めて見たなあ、と悠斗は遠い目をした。話がまた停滞したことに対する現実逃避とも言う。初めて会った頃は片言かと思ったくらいに喋らなかったシルも、今では普通に喋っている。とはいえ、ここまで矢継ぎ早に話す姿は見たことがなかった。
(話し方忘れてたとか……? なんか有り得そうな気がして怖いんだよなあ)
この森に来て何年も独りで暮らしていたシルは、本当に国に未練がないように見えた。自国だからこの森にいる訳ではなく、魔の森とかいうヤバい案件だからいる可能性すらある。
その証拠に、この国に危険が迫っているというのにシルの態度は一貫して変わらない。
条件が呑まれなかった場合、本当に協力することはないように見えた。
(実家と王家が、それほど何かあるのかな……あるんだろうなあ)
確執、とかそういう。笑いごとでは済まないような何かを感じる。
「話は終わり」
ぱちん
面倒になったのか、埒が明かないの思ったのか、シルが指を鳴らすとグレンの身体が光り出す。シルがやったことに察しはついても、いかつい男が光ると必殺技でも出しそうで怖い。
「あっ、ちょ、おま……っ、また、来るからな!!!!」
怖いと思った悠斗は、日本の不良の「覚えてろよ!」みたいなセリフがおかしくてすぐに考えを撤回した。本人はかなり必死なのは伝わって来るが、お決まりのセリフみたいで面白かった。
捨て台詞を最後に、ソファーに座っていたはずのグレンは、跡形もなく消えていた。次いで、室内にもかかわらず、さらりと風が頬を撫でる。
「……?」
「空気を入れ替えただけ」
「あ、はい」
頬に触れて首を傾げる悠斗に端的な答えがやって来る。汚物か何かのような扱いはさすがに気の毒に思えたものの、明らかに嫌そうだったシルを思うと、塩を撒くみたいなものだろうかと納得もしてしまう。
そこに何もいなかったかのように、存在感強めの男の痕跡はない。
「いいの……? 話の途中で帰すってさあ……」
実力行使の仕方がえぐい。
国が――なんなら神が――認める実力の魔法使いというのは、伊達ではないらしい。
「――本当は、」
「うん」
「行きたくないくらい」
「……のかなあ、って思ってた」
立ち上がってキッチンの方へ向かうシルの背中に問い掛けると、背中を向けたままぽつりと返って来る。当事者じゃない悠斗は、苦笑いを浮かべるしかなかった。
キッチンから戻って来たシルの手には、カップが二つ。
テーブルにことりと置かれたカップの中では紅茶が湯気を立てて、ほんのり甘い匂いを運んで来た。客扱いをしてもらえなかったグレンにはついぞ出されることがなかった飲み物だ。
どちらもシンプルな白の陶磁器のカップだが、形が微妙に違う。
シルのカップは薄い素材で出来ていて形は円柱に近く、量もたくさん入る実用性重視だ。たまにスープを入れて飲んでいるのを見かける。悠斗のカップはもっと丸みを帯びていて素材に厚みがある。両手で持っても、熱湯でない限りはそこまで熱くはない。悠斗の分はここに居候を始めてしばらくしてから増えたものだ。この家には一人分のものしかないんだと改めて思ったのを鮮明に覚えている。
「魔の森の話をしなかったのは」
「え」
「――何?」
向かいの、さっきまでグレンが座っていた一人掛けのソファーに腰をおろしたシルが当然のように話し始めて、悠斗は思わず声を漏らす。
不思議そうにて言葉を止めて目を瞬かせるシルの美貌をじっと見つめたが、そこに気負いもなにも見られない。
――だって、さっきの言い方だと話したくないみたいな重い感じじゃなかった? え、こんなすぐ始める?
「え、いや、話したく、なかったのかと……」
「ああ、これは、別に……」
「コレ」
「魔の森」
「うん、分かる」
じゃあ「コレじゃない」のってなんですかね。ツッコミを呑み込んで、シルの言葉の続きを待った。せっかく話してくれるというなら、情報の少ない悠斗としては聞かない選択肢はない。
「結界内にいて危ないことはまずないから、話さなくていいかなと思ってた」
「なるほど?」
「魔の森と言われているのはそのまま魔獣がいるからというのと、あと、迷い込んだら帰って来られないから、というのもある」
「えっ、こわ」
「だから、悠斗がいたのは驚いたし、正直危なかった」
「あっ、あーーー」
今にして知る真実がガチで生命の危機であまりにヤバい件について。
異世界転移数時間で命が尽きていたかもしれない真実を突き付けられて震えが走る。
「そうやって、怖がらせる必要もないかなとも」
「なる、ほど……」
「あとは」
納得して何度もかくかくと頷いていた悠斗は、更に話そうとして言葉を留めた姿に首を傾げた。シルは話すときは明確に簡潔に話すので、こうして言葉に詰まることは珍しい。
「……悠斗が、危ないから森から出て行きたいって言うかもしれないのが……」
――多分、嫌で。
時間にして少なくとも十秒は黙っていたシルが頼りなげに細く零す言葉に、「ああ、シルも寂しかったのかな」とかそういう考えが頭を過ぎって、それ以上に唐突にぶち込まれたデレにクリティカルヒットを受けた悠斗はソファーに両手で顔を覆って倒れ込んだ。
儚げ美人の威力ヤバイ。
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