15 / 21
15.変わらぬ生活 変わる日常
しおりを挟む悠斗お気に入りの綺麗な顔が再起不能にさせたことをシルが分かるはずもなく、ショックを受けたとでも思われたのかその話はそこで終わってしまった。
出会った頃よりも感情豊かになった――それがミリ単位の変化であっても――シルの変化は、悠斗にとっては嬉しいものだった。
スタンピードと聞いて心がざわつきはしたものの、森の生活は穏やかで何も変わらない。シルもまったく変わらずに畑仕事をしてたまに狩りに行って、空いた時間はソファーでゆったりしている。
相変わらずシルの作った食事は美味い。ただ、ファンタジー世界らしくシルが作る食事はいわゆる悠斗が思う洋食で、たまに猛烈に和食が恋しくはなる。
大豆と米が恋しくなるって本当だったんだなと畑はあっても田んぼはない家の外を眺めたりもした。
至れり尽くせりのヒモ生活が帰って来ただけだった。
――と思った?
三人掛けのソファーの隣に座るシルをちらりと見る。
そう、あの日から向かいの一人掛けから悠斗の隣へとシルが引っ越して来たのだ。理由は聞いていないので知らない。
え、なんで?
突然の変化に悠斗の戸惑いは大きく、最初の何日かは手の置き場も分からないほどに挙動不審になっていた。
隣を見れば異世界での推しことシルのご尊顔がある事態に悠斗の首は固定されたかのようにローテーブルを見つめることを強いられる。食事の時の椅子に座って向かい合う時間だけが安息の時間になるなど数日前の悠斗は想像もしていない。
しかしそれも日常になれば慣れてくるもので、今では背もたれに深く寄りかかってのんびり出来るまでになった。
自分の適応能力の高さをしみじみと感じていたある日、シルの魔法で何処かに放り出されたグレンの三度目の訪問があった。
***
『……似合わねえな』
畑仕事をしているシルを見て納得の一言を零したグレンはその手にシルの求めていた書面を持って訪れた。相変わらず結界内に自由に入れないグレンが差し出すそれを見て嫌そうにした気がするのは、おそらく悠斗の思い違いではないだろう。
とはいえ、約束は約束なわけで――、シルと悠斗は、冒険者ギルドのギルドマスターの執務室というロマン溢れる部屋にいる。
時間をかけたくなかったんだろうシルの転移魔法で覚悟を決める間もなく一瞬で王都にたどり着いた。
外壁に覆われた街の入り口は悠斗にとっては初めて見るもので、ぽかんと口を開けて見上げるしかなかった。表門だろう場所には人や馬車が並んでいて、物々しい格好をした門番が何かを確認している。
異世界だ…。
思わず呟いた悠斗は悪くない。
ギルマスの権力でファストパス入場をして冒険者ギルドに至るまでの石畳で出来た景色は想像通りであり、暮らす人々の喧噪や生活の匂い、五感に訴えるリアルが、ここが現実だと改めて思わせた。
「ダンジョンに向かうのは一週間後だ。それまではこっちで用意した宿に泊まってくれ」
「当日また来る」
「お前の戦力をふまえた作戦をこっちで練ってんだよ。話を聞きたい時がある。森に三回でどれだけ日数食ったと思ってんだよふざけんな! 俺だって暇じゃねえんだよ!」
「…………」
王都に訪れてから一度たりとも外していないフードの向こうが不満を訴えていることが伝わって来る。感情表現が豊かになったなあと感慨に耽っている悠斗の耳に、グレンの大きくて深く長いため息が響いた。
隣のシルからそちらに顔を向けると、相変わらずの圧のある巨体がこちらを見ていた。
「――おい、お前」
「あっ、はい」
「なんか言ってやってくれ……」
「えっ、えっと……あの、……シル」
「うん」
「もし、シルが嫌じゃなかったらなんだけど。ほんとに! 無理はしないで欲しいんだけど!」
「うん」
「街、見てみたいなあ、とは、ちょっと思ってる」
巨体に似合わない力ない声に気の毒になったのもあり、背中を押されるように本音を口にした。逆に言えば、それがないととても口には出来なかった。
王都に行くことを嫌がっていたシルに街を見て回りたいと言うのは申し訳なかったのだ。それでも、生で見た王都の賑わいにどうしても興味は沸いてしまう。
森での生活は静かで、穏やかな日常を嫌った訳ではない。
ただ、都会に来たおのぼりさんのように好奇心が抑えきれなくなってしまった。聞くだけ聞いてみてもいいかな、と思わせる程度には。
「―――――……分かった」
「っし、じゃあ! お前の気が変わる前に話するぞ!」
こくり、と頷いたシルを見るや否や、両手で自身の膝を叩いたグレンが前のめりに話し始めた。
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜
たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる