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16.ぶらり夕食デート
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グレンが用意したという宿は平民街にあるそれなりに小奇麗な宿だった。高級さはないものの、治安の不安さを感じることもない。そこの隣合った二部屋に泊まる。
ベッドにサイドチェスト、窓際に小さなテーブルと椅子というシンプルな部屋は綺麗に掃除されていた。食事は一階の食堂で食べるか、外で自分で食べるかの二択だそうだ。
森の家でも眠る部屋は別々だった。
この世界に来たばかりだったあの日、リビングを借りられれば良いと思っていた。なにせ、諸々を気にしている余裕もなく、屋根があって暖かい部屋の中にいられるだけでもはや御の字だった。
悠斗がそれを告げると、当時今よりも更に無口だったシルは無言で部屋を増築した。
目の前の壁に新しい廊下と、今悠斗が使っている部屋の扉が現れた日のことは、一生忘れないと今でも思っている。
あの外見と中の広さが一致しない家は魔力で再拡張が可能だとかで、悠斗が住み始めた時に部屋が一つ増えたのだ。遠い目で『ファンタジー……』と引き攣った笑いを浮かべて洩らしても仕方がない。
初日にあれだけ見せつけられたら、異世界耐性も出来る。
距離としてはむしろ近いくらいだろう隣の部屋に行けばシルがいる。それは変わっていない。森とは何も変わらないはずなのに違和感があるような、不思議な感じがした。
随分と森での二人暮らしに慣れてしまっている。
コンコン
ドアが軽くノックされて、シルの「入って良い?」という声が続いた。許可を出すと、いつも通りのフードを被った不審者スタイルのシルが現れた。王都に来ることを渋っていたシルだ。おそらく森に戻るまではこの姿のままだろう。
もったいないな、と悠斗は少し残念に思った。
シルの白銀の長い髪も、薄紫の感情の薄い瞳もとても綺麗だと思っているのだ。
「どしたの」
「今日の夕食、外に行くと屋台があるけど、どうしたい?」
「屋台!」
「うん。人の多い街だから、いろいろと店も多い」
「いいの?」
「大丈夫」
「じゃあ行きたい」
ここで遠慮するものもったいないかと、悠斗は即答した。
***
シルが連れて来てくれたのは、平民街にある商店街みたいな場所だった。その一角に日本のお祭りのように両側に屋台が出ている路地がある。100メートルは優に超えるだろう長さに、お祭りレベルの人波、それに附随するざわめき。日が傾きかけた時間でもまだまだ賑わいを見せていた。
屋台の軒先にはランタンが吊り下げられていて、電気よりも淡く柔らかそうな光が灯っている。形は何種類かあるようだが、色は変わらない。
街灯がつくにはまだ早いような明るさにも拘わらず、悠斗が見かけたランタンはすべて光っていた。
「あのランタンは許可証。あれがないと商売が出来ない」
「へー……あんな手前にあって大丈夫なの?」
視線の先に気づいたシルが説明してくれる。
悠斗が知っている許可証というと飲食店の壁に貼ってある賞状みたいなものだ。こんなに人通りが多い場所で堂々と置いていて大丈夫なのかと心配になる。これだけ賑わっている場所だ。ここで店を出したいと思っている店主はもっといるだろう。
「あれに触ると痛い」
「痛い」
「盗難防止に、所定の手順で外さないと攻撃魔法が放たれる」
「へ、へー……」
「あのランタンに登録された場所以外で店を出そうとすると、」
「す、すると?」
「契約違反はすぐ商会に連絡が行くし、目潰しみたいに光る」
この世界はちょいちょい攻撃的だと思う。暴力とは程遠い場所にいた悠斗はついて行けない。同時に、魔法があるとこういう風に文明は進化するのかと感心もする。許可されているのは一目瞭然だし、見目も良い。
「形状が違うのは取りまとめている商会やギルドが違う」
「そうなんだ?」
「うん。――あれ、見える? ランタンの上部、双剣にスズランの意匠が国で一番大きい商会。許可を貰うのが難しいから、質が良い」
シルが指さした一つの屋台は確かに左右の店よりも人が並んでいて、人気があるのが窺えた。
――――それにしても。
「シル、大分物知り?」
グレン曰くの侯爵令息が、こんな風に平民街のことに詳しいとは想像もしていなかった。しかも、シルだ。森で浮世離れした生活を送っている姿と、当然のように街の情報を語る姿はなかなか一致しない。
「――――……あまり、家にいたくなかったから」
「あ、うん」
「自由な時間があったら、日が落ちるまで街にいたりした」
あ、地雷ですね。分かります。
うっかり踏まないようにしていた場所を踏み抜いてしまったらしい悠斗の顔が、屋台に高揚していた笑顔のまま固まる。こんなつもりではなかったが、かける言葉も見つからない。
何があったのか全く知らないし、この世界のことを良く知らない悠斗が不用意に慰めるのも何かが違う。
「……大丈夫、昔の話だから」
ぽん、と頭にシルの手が乗る。言葉を探しているうちに、逆に慰められたようだ。
「……うん」
「それより、何が食べたい?」
「え、あー……っとどんなのがあるか分からないから、とりあえず肉と、一応野菜も? 郷土料理とかでも」
「分かった」
さっき聞いた意匠のランタンの店で肉の串焼き、隣の薔薇みたいな花がいくつもついたゴテゴテした意匠のランタンの店でクレープのように包まれた野菜炒めを買った。シルが言うには、もとが肥沃な土地の領主がやっていた商会で、こちらの方が野菜料理に強いらしい。本当に詳しい。
初の異世界屋台料理は、さすが人気店だけあって美味しかった。デザートとして買った、スイカみたいな汁気の多い果物も甘くて美味しい。
シルと並んで食べ歩くというのも新鮮で楽しかった。
重ね重ね、ローブで表情が窺えないのが残念だと思う。見上げた先のシルがどんな顔をして食べているのかは想像もつかない。
少しでも楽しいと思ってくれていたらいいと悠斗は思った。
ベッドにサイドチェスト、窓際に小さなテーブルと椅子というシンプルな部屋は綺麗に掃除されていた。食事は一階の食堂で食べるか、外で自分で食べるかの二択だそうだ。
森の家でも眠る部屋は別々だった。
この世界に来たばかりだったあの日、リビングを借りられれば良いと思っていた。なにせ、諸々を気にしている余裕もなく、屋根があって暖かい部屋の中にいられるだけでもはや御の字だった。
悠斗がそれを告げると、当時今よりも更に無口だったシルは無言で部屋を増築した。
目の前の壁に新しい廊下と、今悠斗が使っている部屋の扉が現れた日のことは、一生忘れないと今でも思っている。
あの外見と中の広さが一致しない家は魔力で再拡張が可能だとかで、悠斗が住み始めた時に部屋が一つ増えたのだ。遠い目で『ファンタジー……』と引き攣った笑いを浮かべて洩らしても仕方がない。
初日にあれだけ見せつけられたら、異世界耐性も出来る。
距離としてはむしろ近いくらいだろう隣の部屋に行けばシルがいる。それは変わっていない。森とは何も変わらないはずなのに違和感があるような、不思議な感じがした。
随分と森での二人暮らしに慣れてしまっている。
コンコン
ドアが軽くノックされて、シルの「入って良い?」という声が続いた。許可を出すと、いつも通りのフードを被った不審者スタイルのシルが現れた。王都に来ることを渋っていたシルだ。おそらく森に戻るまではこの姿のままだろう。
もったいないな、と悠斗は少し残念に思った。
シルの白銀の長い髪も、薄紫の感情の薄い瞳もとても綺麗だと思っているのだ。
「どしたの」
「今日の夕食、外に行くと屋台があるけど、どうしたい?」
「屋台!」
「うん。人の多い街だから、いろいろと店も多い」
「いいの?」
「大丈夫」
「じゃあ行きたい」
ここで遠慮するものもったいないかと、悠斗は即答した。
***
シルが連れて来てくれたのは、平民街にある商店街みたいな場所だった。その一角に日本のお祭りのように両側に屋台が出ている路地がある。100メートルは優に超えるだろう長さに、お祭りレベルの人波、それに附随するざわめき。日が傾きかけた時間でもまだまだ賑わいを見せていた。
屋台の軒先にはランタンが吊り下げられていて、電気よりも淡く柔らかそうな光が灯っている。形は何種類かあるようだが、色は変わらない。
街灯がつくにはまだ早いような明るさにも拘わらず、悠斗が見かけたランタンはすべて光っていた。
「あのランタンは許可証。あれがないと商売が出来ない」
「へー……あんな手前にあって大丈夫なの?」
視線の先に気づいたシルが説明してくれる。
悠斗が知っている許可証というと飲食店の壁に貼ってある賞状みたいなものだ。こんなに人通りが多い場所で堂々と置いていて大丈夫なのかと心配になる。これだけ賑わっている場所だ。ここで店を出したいと思っている店主はもっといるだろう。
「あれに触ると痛い」
「痛い」
「盗難防止に、所定の手順で外さないと攻撃魔法が放たれる」
「へ、へー……」
「あのランタンに登録された場所以外で店を出そうとすると、」
「す、すると?」
「契約違反はすぐ商会に連絡が行くし、目潰しみたいに光る」
この世界はちょいちょい攻撃的だと思う。暴力とは程遠い場所にいた悠斗はついて行けない。同時に、魔法があるとこういう風に文明は進化するのかと感心もする。許可されているのは一目瞭然だし、見目も良い。
「形状が違うのは取りまとめている商会やギルドが違う」
「そうなんだ?」
「うん。――あれ、見える? ランタンの上部、双剣にスズランの意匠が国で一番大きい商会。許可を貰うのが難しいから、質が良い」
シルが指さした一つの屋台は確かに左右の店よりも人が並んでいて、人気があるのが窺えた。
――――それにしても。
「シル、大分物知り?」
グレン曰くの侯爵令息が、こんな風に平民街のことに詳しいとは想像もしていなかった。しかも、シルだ。森で浮世離れした生活を送っている姿と、当然のように街の情報を語る姿はなかなか一致しない。
「――――……あまり、家にいたくなかったから」
「あ、うん」
「自由な時間があったら、日が落ちるまで街にいたりした」
あ、地雷ですね。分かります。
うっかり踏まないようにしていた場所を踏み抜いてしまったらしい悠斗の顔が、屋台に高揚していた笑顔のまま固まる。こんなつもりではなかったが、かける言葉も見つからない。
何があったのか全く知らないし、この世界のことを良く知らない悠斗が不用意に慰めるのも何かが違う。
「……大丈夫、昔の話だから」
ぽん、と頭にシルの手が乗る。言葉を探しているうちに、逆に慰められたようだ。
「……うん」
「それより、何が食べたい?」
「え、あー……っとどんなのがあるか分からないから、とりあえず肉と、一応野菜も? 郷土料理とかでも」
「分かった」
さっき聞いた意匠のランタンの店で肉の串焼き、隣の薔薇みたいな花がいくつもついたゴテゴテした意匠のランタンの店でクレープのように包まれた野菜炒めを買った。シルが言うには、もとが肥沃な土地の領主がやっていた商会で、こちらの方が野菜料理に強いらしい。本当に詳しい。
初の異世界屋台料理は、さすが人気店だけあって美味しかった。デザートとして買った、スイカみたいな汁気の多い果物も甘くて美味しい。
シルと並んで食べ歩くというのも新鮮で楽しかった。
重ね重ね、ローブで表情が窺えないのが残念だと思う。見上げた先のシルがどんな顔をして食べているのかは想像もつかない。
少しでも楽しいと思ってくれていたらいいと悠斗は思った。
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