【改稿版】コフィン・イン・ザ・フォレスト

園村マリノ

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第一章 図書室の美少女

07 小さいおじさん

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 第一図書室に足を運んだ麗美は、騒がしい喋り声と笑い声に眉をひそめた。

「だからさあ、ぜぇ~ってえ見たんだって! ガチだよガチ!」

「いやいやいや!」

「ないないない! お前の幻覚だっての!」

 二年生の男子生徒三人が、リュックサックを背負ったまま読書スペースの一角に立ち、周囲にはお構いなしに盛り上がっていた。その内一人は一年時に同じクラスだった北村きたむらで、残り二人はうろ覚えだった。
 麗美は司書の島田しまだの姿を目で探した。彼女がいればすぐに注意するはずだが、そんな気配がないところからすると、図書室とその隣の図書準備室のどちらにもいないのだろう。

 ──うっさい。

 やかましい三人組は無視して、歩き回りながら絵美子を探す。一年生女子が二人、一年生男子、三年生男子、一年生男子、桜庭萌香さくらばもえかとかいう名前だったはずの二年生女子……。

 ──いない、か。

 昼休みに出会った[神話・伝説・伝承]コーナー周辺まで一通り確認したものの、絵美子の姿は見当たらなかった。

 ──まあ、待ち合わせしていたわけじゃないけど……。

「こら、そこ。静かに」

 麗美が読書スペース付近まで戻ると、島田も外から図書室に戻って来た。一五〇センチもないであろう小柄な体に、自然なグレーのショートヘアー、化粧っ気のない薄い顔。愛想が悪いというわけではないが、少々素っ気ない喋り方をする。推定年齢は五〇代前半から半ばで、左手薬指には結婚指輪。丸崎とは様々な点で対称的な女性だ。

「あ、司書さん。本返しに来たんスよ」

 北村はリュックの中から分厚い単行本を取り出し、カウンターに置いた。

「ん、ちょっと待って」島田は貸出カウンターの中へと入ると、オフィスチェアに腰を下ろし、デスクトップパソコンに向かった。「えーと、クラスと名前は」

「二年七組、北村ッス」

「北村、北村……ああ、はい。返却ね。了解」

「司書さん聞いてくださいよー。コイツってば、小さいおじさんを見たって言うんですよ?」

 北村と一緒に盛り上がっていた男子の一人が、ニヤニヤ笑いながら言った。

「小さいおじさん?」

 島田は作業の手を止めず、ほとんど興味のない様子で聞き返した。

「いや、これマジなんスよ? 今日の五時間目の授業が始まるちょっと前に、廊下の窓から何気なく中庭覗いたら、スゲー小さいおっさんが二人、走り回ってて!」

 北村は弁明するように早口で答えた。島田は小さく肩を竦めるだけで、それ以上の反応は示さなかった。

「オメエ、一度病院行けよな」

「先に保健室行くか?」

「うるせえお前ら余計なお世話だ。帰んぞ」

 三人組が去ると、ようやく図書室に適度な静けさが戻った。

 ──小さいおじさん、か……。

 麗美も聞いた事くらいならある、都市伝説の一つだ。数センチから数十センチサイズの中高年男性で、家の中や山、草むら、旅館等、様々な場所に出没し、場合によっては喋るという。一般人だけでなく芸能人の間でも目撃証言が多く、一時期話題となったらしい。その正体は妖精の一種とも、病気やストレスが原因の幻覚とも言われている。
 麗美は後者の説を信用していた。妖精が実在しているならば、美しい女性や年端もいかない子供、人外の姿をしたタイプだっているはずだ。どうして誰も彼もがおじさんの姿しか目撃しないのか。病気やストレスで脳のある一部がダメージを受けると、虫や小動物がおじさんに見えたり声が聞こえてしまうようになっているのではないだろうか。

「小さいおじさんねえ。何でか知らないけど、何年も前に流行ったっけ」返却された本を座ったまま手に取り、島田が言った。「見たら幸運が訪れるとか、その逆だとかって話もあったっけ」

 独り言なのか、すぐ近くにいる麗美に聞かせているのかはわからなかった。


「そうしたら◯◯さん、スタッフに向かって無言で紙コップを投げ付けたんです。もう、その場が凍り付いちゃって。まさかそんな事をするとは思わなかったんで、ビックリしちゃいました」

「嘘ぉ~!?」

「こっっわ! 超怖っ!」

「誰よその女優って!」

 麗美は騒がしいテレビ画面から正面に座る母に目を移し、

「お母さん誰かわかる?」

「さあ……」

 麗美と麗美の母がリビングで夕食を取りながら視聴しているのは、芸能人の裏の顔を暴露するという触れ込みのスペシャル番組だ。芸能関係者を名乗る人間が、姿を隠し、音声を変えた状態で暴露話を披露するVTRが流され、スタジオの芸能人たちが様々な反応を見せる。暴露される側の名前は徹底して伏せられ、口に出されれば自主規制音で消されるため、視聴者には安易に特定が出来ない。
 裏の顔が暴かれた一人目は、若手時代から視聴者の好感度が高いというベテラン女優。常ににこやかで物腰が柔らかいというイメージがあるが、カメラの回っていない所では不機嫌な時が多く、自分の思い通りにいかないと周囲の人間に八つ当たりするらしい。

「あたし、わかっちゃったかも! 多分共演した事ある!」若手女性タレントが、甲高い声で叫んだ。

「マジで? え、誰よ誰よ?」

 隣の男性芸人が身を乗り出すと、女性タレントが耳打ちする。男性芸人が目を見開き「嘘だろ!?」と言いながら立ち上がると、周囲の芸能人たちが二人の元に集まり、自分にも教えろと迫った。

「自分たちだけで盛り上がっちゃって、視聴者は置いてけぼりじゃない。だから最近のテレビってつまらないし、若者も観なくなるのよ」

 麗美の母は冷たく言い切ると、テーブルの端のリモコンに手を伸ばした。

「時代劇に変えていい?」

「いいよ。食べ終わったら部屋戻るから」

「まあ、誰にだって機嫌悪い時くらいあるでしょうよ。だからって、物や人に当たるのは良くないけどね」

「……うん」

〝普段は影が薄い、地味な芋姉ちゃんの癖にねえ!〟

〝全員覚えとけよ! タダじゃ済まさないからな!〟

 丸崎と、彼女との間で起こった争いを嫌でも思い出してしまい、麗美は急に胃が重くなったように感じた。

 ──明後日の政経、どうなるかな……。

 残り僅かな白米と野菜炒めを完食するのに、普段よりも時間が掛かってしまった。


 自室に戻り、勉強机の上のスマホを手に取った麗美は、トークアプリ[MINE]に亜衣からのメッセージが届いている事に気付いた。

 ──何だろう。

 今日の丸崎との一件に関してか、それとも日本史の宿題の面倒な内容に対する愚痴だろうか。
 あれこれ予想しながら椅子に腰を下ろし、メッセージを開封した麗美は、驚きのあまり転げ落ちそうになった。

〝麗美ちゃん聞いた? 丸崎先生が車にねられたって!〟

 


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