【改稿版】コフィン・イン・ザ・フォレスト

園村マリノ

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第一章 図書室の美少女

08 ストレスフル

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「別れたいんだ」

 馴染みのバーのカウンターで最愛の男性ひとから告げられた言葉に、丸崎は我が耳を疑った。

「……何ですって」

「君と別れたいんだ」

 ──キミト、ワカレタイ……?

 丸崎はフリーズしかけた頭を何とか叩き起こすと、意識して笑顔を作り、左隣に座る恋人・敦也あつやに改めて向き直った。

「え、じ、冗談よね?」

「冗談で言ってるように見えるかな?」

「敦也? え、どうしちゃったのよ急にそんな──」

「別れてくれ、芳美」

 敦也との出会いはマッチングアプリだった。丸崎より五歳年下で、プロフィール写真を見る限りでは年齢よりも若々しいが、好みの容姿でもなければ高給取りというわけでもなかったため、積極的にアプローチされても当初は気乗りしなかった。しかし、以前より積極的に婚活を行ってはいたものの、なかなかこれという男性に出会えず、時間ばかりが過ぎてゆく状況に焦りを感じていた事もあり、数回のメッセージ交換の後、デートの約束をした。
 最初のデートで、丸崎はすっかり敦也に惹かれた。会話からは知的センスが感じられ、ファッションセンスも良く、細かな気遣いが出来る。二回目のデートを断る理由などなく、三回目の帰り道には、丸崎から正式な交際を申し込んでいた。

〝大事な話がしたい。急だけど、明日の夜、いつものバーで会えないかな〟

 交際を始めてからそろそろ二年になる。未だに自宅に招待された事もないが、お互い年齢が年齢だ。そろそろ結婚の話が出てもいいだろうと期待していただけに、昨夜[MINE]に敦也からメッセージが届いた時は、天にも昇る心地だった。
 しかし今、敦也の口から告げられた残酷な言葉は何だ。

「どうして……どうしてよ!?」

「今まで何度も、芳美との将来、老後を考えようとした……でも、難しかったんだ」

「そんな……ハハッ、わかったわ! そんな事言っちゃって、他に女が出来たんでしょ。若い女が!」

「そうじゃない。そういうわけじゃない」

「嘘おっしゃい! 正直に話しなさいよ!」

 敦也は今まで一度も見せた事もないような冷めた目で、じっと丸崎を見据えた。

「別れてくれ」

 丸崎は納得出来ず、帰宅後も[MINE]で敦也に詰め寄った。

〝私のどこが悪かったの? 全部直すから言ってよ!〟

〝そう簡単に直せるものじゃないと思ってる。それにもう、芳美に対する愛情は冷めてるよ〟

〝お願い敦也、考え直して〟

〝ごめん、本当に無理だ〟

〝今度の休みの日に、もう一度会って話し合いましょうよ! 今電話するから出てちょうだい〟

〝電話に出てよ!〟

〝敦也? 返信してよ!!〟

〝もうやめてくれ。僕の意思は変わらない。さようなら〟

「返せ! 私の時間を返せクソッタレが!!」

 丸崎はスマホをベッドに放ると、これまで敦也からプレゼントされた品々──ブランド物の財布、ガラスコップ、ペンダント、置き物、その他諸々──を、喚き散らしながら全て破壊した。
 

 普段よりも早い時間に目を覚ました丸崎は、半分寝ボケた頭のまま、昨日の出来事は全て悪い夢だったのではないかとぼんやり思いながら[MINE]を確認し、すぐに現実を突き付けられた。
 仕事を休もうかとも考えたが、そうするとあの裏切り者の敦也クソッタレに完全に負けた気がして癪に触ったので、結局普段通りの時間に家を出た。

 ──クソッ。クソッ。クソッッ!

 何に対しても苛立って仕方なかった。自分以外の人間たちは、能天気で不幸を知らないように見えた。ガキの癖して一丁前に恋人ごっこなんてしている生徒たちは脳内で殺した。

 ──クソが。クソが。クソがっっ!!

 そんな丸崎のストレスを更に増幅させるような事件が、五時間目、一般コースの二年四組で起こった。
 生意気な生徒たちに楯突かれた挙句、意外な生徒に屈辱的な言葉を浴びせられた。

〝こんの、妖怪厚化粧ババア!!〟

 朝比奈麗美。あの地味で目立たない、何処に行っても苛められそうな風貌のガキ。

 ──覚えてろ……いずれお前とお前のクラス全員、仕返ししてやっからな……!

 そして勿論、敦也もだ。絶対に幸せになんかさせない。いずれ探し出し、振った事を死ぬまで後悔させてやるのだ。


 定時を一時間程過ぎると、丸崎は同僚たちに挨拶をせずに職員室を出た。

 ──秋山の野郎!

〝丸崎先生。今日の五時間目の件、生徒たちから聞きましたよ〟

 自分の教え子たちの失礼な振る舞いについて謝罪するのかと思いきや、あのブ男は。

〝うちの生徒たちに何か恨みでもあるんですか? いくら何でも、先生の言動はちょっと酷過ぎやしませんかね!〟

 ──悪いのは、私の機嫌を損ねるような真似をするテメエんトコのガキ共だろうが!

 職員用昇降口から校舎の外に出ると、お喋りしながら楽しそうにランニングをする運動部員たちが、目の前を通り過ぎてゆくところだった。丸崎が大きく舌打ちすると、振り向いた二、三人と目が合ったが、何事もなかったかのように再び喋り出し、去って行った。

 ──挨拶ぐらいしろ、クソが!

 丸崎はガツガツとヒールの音を立てながら、早歩きで進んだ。こんな所はさっさと出てとっとと自宅に帰り、揚げ物をつまみに冷蔵庫の奥の缶酎ハイを全部呑み干したかった。散らかしたままのあれこれをまだ片付けていなかった事を思い出すと、危うく叫び出しそうになったが、何とか堪えた。

 ──もういい、明日は休んでやる。授業? 時間割変更? 知るかタコ!

 二年生用の昇降口前を通り過ぎ、角を右に曲がって数メートル進んだところで、丸崎は学校側の正門前に立つ男に気付いて足を止めた。

 ──……嘘。

 二年近く交際し、ほぼ一方的にこちらを捨てた裏切り者の姿を見間違えるはずがなかった。

 ──あ……敦也!?

 敦也は笑みを浮かべると、あろう事か右手の中指を立て、そしてゆっくり言った──

「妖怪厚化粧ババア」

 数秒の間の後、丸崎の中で何かがプッツンと切れた。

「あ……ああああああんだぁあああああ!!」

 ガツガツガツガツガツガツ!!

 丸崎はショルダーバッグを放ると、鬼のような形相で髪を振り乱しながら、背を向けゆっくりと歩き出していた敦也を追い掛けた。

「お、おいあれ……」

「え、丸崎先生?」

 狂ったような怒鳴り声と響き渡る足音に、周囲にいた数人の生徒たちが呆気に取られて足を止めた。

「待ちなさいよこのおおおおおお!!」

 丸崎は全く気付いていなかった──敦也が進む先は交通量の多い車道であり、彼を追い掛ける自分もまた飛び出していた事に。

「敦也ぁあああ──」

 伸ばした指先が敦也の背に届くかと思われたその瞬間。
 経験した事もないような強烈な衝撃が体中に響き渡ったのと、何かが潰れたり折れたりしたような滅茶苦茶な音が聞こえたのはほぼ同時だったが、何が何だか理解出来ないまま、丸崎芳美は数十メートル吹っ飛ばされていた。
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