10 / 45
第一章 図書室の美少女
09 通話
しおりを挟む
長時間の自己主張を続けていた太陽は、一九時を廻る頃には完全に姿を隠していた。
「久し振りね。私よ」
自宅のダイニングでホットコーヒーを飲んでいた女は、マグカップが空になる頃には決意を固め、一〇年以上振りにある男に電話を掛けていた。
「……何かあったか」
男は挨拶を返すわけでもなければ懐かしむわけでもなく、無感情な声でそう応えた。警戒、そして緊張しているのが電話越しに伝わってくる。まあ無理もないだろうと女は思った。
「夢を見たの。凄く嫌な夢を」女は一呼吸置いてから続けた。「あの化け物の棺、空っぽになってた」
重苦しい沈黙がその場を支配したが、女の予想に反し、早い段階で男の方から破られた。
「だから何だ。俺には……俺たちにはもう関係ないだろ」
「そういうわけにもいかないんだな、これが。夕凪には私の姪っ子が通ってるの」
今年一七歳になる姪を、女はとても気に入っていた。引っ込み思案で人見知り、冷めているような印象を受けやすいが、実は芯が強く、心の奥底に熱いものを秘めている。最後に会ったのは、彼女が中学一年生の夏休み中だ。
「……何で入学させた」
「いや、そんな事言われても。実の親じゃないんだし、知ったの入学後だから。というか、知ってても止めなかったと思うわよ。だってまさか……封印が解けちゃうなんてさ」
暗い森、枝葉が腕や脚を傷付けた感覚、空になった黒い棺とそのすぐ隣に落ちていた蓋、そして衝撃と恐怖の感情。夢を見たのは一週間以上前だが、女はそれら全てを未だに鮮明に覚えていた。
「夢は夢だろう」
「本気でそう思ってる? 実はあんたも見たんじゃない? 同じ夢を」
男は答えなかった。
「あの化け物を倒さなきゃ。あんたも協力して」
「お前っ……自分で何言ってるかわかってんのか!」
男の声は微かに震えており、怒っているようにも、怯えているようにも聞こえた。
「倒すって? どうやって! あいつはもういないんだぞ!」
「確かに、あの子はもういない」
女のスマホを持つ手に力が入り、捲し立てるように早口になる。
「でもね、ほっといたらこの先、次々と不可解な事件や事故が起こるわよ。死人だって出るかもしれない。麗美──私の姪だって被害者になるかもしれない。そうなったら、少なくとも私は後悔する」
男が何か口を挟みかけたが、女は続けた。
「それに……あの子の犠牲が無駄になっちゃう」
再び重苦しい沈黙。今度は簡単に破られそうになかったが、女は自分からは何もアクションを起こさず、男からの返事を辛抱強く待ち続けた。
やがて、男は小さな溜め息混じりに口を開いた。
「何かしらの策はあるんだろうな」
「策?」女は微かに笑った。「そんなもの、あの時だってなかったでしょ、素人の私たち二人には」
「……それは──」
「今すぐこの場で決めてとは言わない。近いうちに返事を頂戴。じゃ」
「お、おい──」
女は一方的に電話を切った。
──ごめん。
椅子の背もたれに体を預けるようにして、大きくゆっくり息を吐き出す。
──私だってさ、本当は嫌なんだよ。怖いんだよ、凄く。
体勢を直してマグカップを手に取る。
──ブラックが飲みたい気分。
暗いキッチンに向かい、明かりを点けずに二杯目のスティックコーヒーを淹れながら、そういえばあの子は、もう二度と会えない親友はコーヒーが苦手だったよなと、女は思い返した。
「久し振りね。私よ」
自宅のダイニングでホットコーヒーを飲んでいた女は、マグカップが空になる頃には決意を固め、一〇年以上振りにある男に電話を掛けていた。
「……何かあったか」
男は挨拶を返すわけでもなければ懐かしむわけでもなく、無感情な声でそう応えた。警戒、そして緊張しているのが電話越しに伝わってくる。まあ無理もないだろうと女は思った。
「夢を見たの。凄く嫌な夢を」女は一呼吸置いてから続けた。「あの化け物の棺、空っぽになってた」
重苦しい沈黙がその場を支配したが、女の予想に反し、早い段階で男の方から破られた。
「だから何だ。俺には……俺たちにはもう関係ないだろ」
「そういうわけにもいかないんだな、これが。夕凪には私の姪っ子が通ってるの」
今年一七歳になる姪を、女はとても気に入っていた。引っ込み思案で人見知り、冷めているような印象を受けやすいが、実は芯が強く、心の奥底に熱いものを秘めている。最後に会ったのは、彼女が中学一年生の夏休み中だ。
「……何で入学させた」
「いや、そんな事言われても。実の親じゃないんだし、知ったの入学後だから。というか、知ってても止めなかったと思うわよ。だってまさか……封印が解けちゃうなんてさ」
暗い森、枝葉が腕や脚を傷付けた感覚、空になった黒い棺とそのすぐ隣に落ちていた蓋、そして衝撃と恐怖の感情。夢を見たのは一週間以上前だが、女はそれら全てを未だに鮮明に覚えていた。
「夢は夢だろう」
「本気でそう思ってる? 実はあんたも見たんじゃない? 同じ夢を」
男は答えなかった。
「あの化け物を倒さなきゃ。あんたも協力して」
「お前っ……自分で何言ってるかわかってんのか!」
男の声は微かに震えており、怒っているようにも、怯えているようにも聞こえた。
「倒すって? どうやって! あいつはもういないんだぞ!」
「確かに、あの子はもういない」
女のスマホを持つ手に力が入り、捲し立てるように早口になる。
「でもね、ほっといたらこの先、次々と不可解な事件や事故が起こるわよ。死人だって出るかもしれない。麗美──私の姪だって被害者になるかもしれない。そうなったら、少なくとも私は後悔する」
男が何か口を挟みかけたが、女は続けた。
「それに……あの子の犠牲が無駄になっちゃう」
再び重苦しい沈黙。今度は簡単に破られそうになかったが、女は自分からは何もアクションを起こさず、男からの返事を辛抱強く待ち続けた。
やがて、男は小さな溜め息混じりに口を開いた。
「何かしらの策はあるんだろうな」
「策?」女は微かに笑った。「そんなもの、あの時だってなかったでしょ、素人の私たち二人には」
「……それは──」
「今すぐこの場で決めてとは言わない。近いうちに返事を頂戴。じゃ」
「お、おい──」
女は一方的に電話を切った。
──ごめん。
椅子の背もたれに体を預けるようにして、大きくゆっくり息を吐き出す。
──私だってさ、本当は嫌なんだよ。怖いんだよ、凄く。
体勢を直してマグカップを手に取る。
──ブラックが飲みたい気分。
暗いキッチンに向かい、明かりを点けずに二杯目のスティックコーヒーを淹れながら、そういえばあの子は、もう二度と会えない親友はコーヒーが苦手だったよなと、女は思い返した。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる