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第二章 学校の異変
09 約束
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〝ご無沙汰。元気してる?〟
数箇月振りに妹からメールが届いた時、朝比奈珠希は夕食の支度を終えたばかりで、これから一休みしようと思っていたところだった。
──相変わらずね。
深刻な内容だったり急いでいなければ、何かしらの絵文字か顔文字を付ける珠希とは対照的に、妹はいつも簡単な文章だけで素っ気ない。
〝久し振り。元気よ〟
珠希がリビングの自分の席に腰を下ろし、笑顔の絵文字を付けて返信すると、すぐに新しいメールが届いた。
〝麗美も?〟
〝麗美もだよ〟
妹は昔から珠希の娘の麗美と気が合い、まるで実の姉妹のように仲良しだった。もっとも、実の姉妹だから仲がいいとは限らない。現に珠希は、妹とは上手くやっているが、兄と長姉の二人とは昔からどうにも反りが合わなかったし、それは妹も同じようだった。
すぐにまた新しいメールが届いた。
〝今度麗美に会いたいんだけど。明日明後日じゃ急過ぎるだろうし、どのみち私も予定が入ってるから、来週の土日辺りにでもどうかな〟
珍しく長めの文章だと思えば、やはり麗美に関係していた。
〝まあどっちでも大丈夫だろうけど、本人に聞いてみてよ。その方が喜ぶわよ。アドレスなりMINEなり知ってるでしょ? 私はどちらも仕事でいないけど、うちに来れば?〟
〝じゃあ、そうさせてもらおうかな〟
〝いいわよ、いらっしゃい。コーヒーもあるわよ〟
「可愛い姪っ子が恋しくなったかしら?」
珠希は呟き、微笑んだ。妹本人にそうメールを送ったところで無視されるだろうから、わざわざ余計な事をするつもりはなかった。
──あの子に会えば麗美も少しは元気になるだろうし、悩みだって相談出来るかもね。
娘は数日前から何となく元気がなく、度々物思いに耽っていた。何があったのかと尋ねても「ちょっとね」だの「まあ色々と」などとしか返ってこない。いじめに遭ったのかと直球の質問もしてみたが、どうやらそうではないらしい。
──恋煩い、とか? だったらまあ、可愛らしいものだけれど。
「ただいま」
娘が帰って来たのは、妹とのやり取りの数分後だった。
「お帰りー! あら」
玄関まで迎えに行った珠希は、娘の制服が若干濡れている事に気付いた。
「ちょっと濡れてるけど降ってた?」
「うん、学校出てバスに乗る直前にね」
「そういえばあんた、傘持って出なかったんだ? 夕方から降るってテレビで言ってたのに」
「ゴミ出しで頭がいっぱいで忘れてたの」
少々ムッとしたように答える娘の様子は、彼女の叔母にどことなく似ていた。
「そうそう麗美、さっきね、あんたが大好きな叔母さんからメールがあったよ」
「え、本当?」麗美はパッと顔を輝かせた。「え、叔母さん何だって?」
「来週の土日のどっちかに、あんたに会いたいってさ」
「来週の? 明日か明後日じゃないの?」
「予定が入ってるんだって。連絡来てない?」
「えー、待って待って!」麗美は慌ててスクールバッグを漁り、スマホを引っ張り出した。
「来てなーい!」
「じゃ、早く手を洗っちゃって、あんたから送ってみな」
「うん!」
麗美はバタバタと足音を立てながら去って行った。
「やれやれ、あんたには叶わないよ、百合子」
とりあえず一時的にでも娘に明るさが戻ったのを喜ぶ一方で、珠希は実の母親として少々複雑でもあった。
東京某所のオフィス。
休憩スペース奥の椅子に座り姉とメールでやり取りしていた女は、とりあえず話が纏まるとメール画面を閉じ、つい先程まで目を通していたネットのニュース記事を再び開いた。
〝トラックにはねられ女性重体〟
記事によると、先月二八日木曜日の一八時過ぎ頃、K県浜波市の私立夕凪高校前で、同校の女性教師がトラックに撥ねられ重体。事故を目撃していた生徒たちの証言によると、女性自ら道路に飛び出したそうだった。
──自殺? いや、多分違う。
女は唇を噛み締めた。
──恐らくは〝あいつ〟の仕業。〝あいつ〟の、度が過ぎる悪ふざけ。
数分後、[MINE]に姪からのメッセージと、劇画タッチの猫が両手を使って頭上で丸を作っているスタンプが送られてきた。
〝さっきお母さんから話聞いたよ! わたしは土日のどっちでもOK!〟
女の表情は自然と緩んだ。スタンプが面白かったからではなく、可愛い姪が、少なくとも文面からは元気そうな様子を伝えてきたからだ。
〝じゃあ来週の土曜日でいいかな。そっちにお昼前くらいにお邪魔するから〟
〝いいよ! 約束ね!〟
同じ劇画タッチの猫が右手の親指をグッと立てているスタンプ。
〝じゃあ、一三日によろしく〟
〝わかった! 四年振りくらいだよね? 超楽しみだよ! 当日晴れるといいね!〟
またまた同じ劇画タッチの猫がにこやかに笑っているスタンプ。
〝どうだろうね。そろそろ梅雨入りそうだし〟
〝おばさんのパワーで晴れにしてよ!〟
〝何じゃそりゃ(笑)。それとおばさんじゃなくて、百合子ちゃん、でしょ!〟
〝そうでした~!(笑)〟
やはり同じ劇画タッチの猫がニヤリと不敵に笑っているスタンプ。
── いや、それしかないんかい。
今度会ったら、年頃の乙女なんだからもう少し可愛いスタンプでも買ったらどうだと突っ込んでやろうか。何だったら、どんな種類があるのか、ああだこうだ言いながら一緒に探すのも楽しいかもしれない。
──でも、くれぐれも本来の目的を忘れるなよ。
女はそう自分自身に念を押した。
急に周囲が若干慌ただしくなった。時刻を確認すると、午後休憩終了の二分前だった。
星崎百合子は[MINE]のアプリを閉じると、他の社員たちと共に休憩スペースを後にした。
数箇月振りに妹からメールが届いた時、朝比奈珠希は夕食の支度を終えたばかりで、これから一休みしようと思っていたところだった。
──相変わらずね。
深刻な内容だったり急いでいなければ、何かしらの絵文字か顔文字を付ける珠希とは対照的に、妹はいつも簡単な文章だけで素っ気ない。
〝久し振り。元気よ〟
珠希がリビングの自分の席に腰を下ろし、笑顔の絵文字を付けて返信すると、すぐに新しいメールが届いた。
〝麗美も?〟
〝麗美もだよ〟
妹は昔から珠希の娘の麗美と気が合い、まるで実の姉妹のように仲良しだった。もっとも、実の姉妹だから仲がいいとは限らない。現に珠希は、妹とは上手くやっているが、兄と長姉の二人とは昔からどうにも反りが合わなかったし、それは妹も同じようだった。
すぐにまた新しいメールが届いた。
〝今度麗美に会いたいんだけど。明日明後日じゃ急過ぎるだろうし、どのみち私も予定が入ってるから、来週の土日辺りにでもどうかな〟
珍しく長めの文章だと思えば、やはり麗美に関係していた。
〝まあどっちでも大丈夫だろうけど、本人に聞いてみてよ。その方が喜ぶわよ。アドレスなりMINEなり知ってるでしょ? 私はどちらも仕事でいないけど、うちに来れば?〟
〝じゃあ、そうさせてもらおうかな〟
〝いいわよ、いらっしゃい。コーヒーもあるわよ〟
「可愛い姪っ子が恋しくなったかしら?」
珠希は呟き、微笑んだ。妹本人にそうメールを送ったところで無視されるだろうから、わざわざ余計な事をするつもりはなかった。
──あの子に会えば麗美も少しは元気になるだろうし、悩みだって相談出来るかもね。
娘は数日前から何となく元気がなく、度々物思いに耽っていた。何があったのかと尋ねても「ちょっとね」だの「まあ色々と」などとしか返ってこない。いじめに遭ったのかと直球の質問もしてみたが、どうやらそうではないらしい。
──恋煩い、とか? だったらまあ、可愛らしいものだけれど。
「ただいま」
娘が帰って来たのは、妹とのやり取りの数分後だった。
「お帰りー! あら」
玄関まで迎えに行った珠希は、娘の制服が若干濡れている事に気付いた。
「ちょっと濡れてるけど降ってた?」
「うん、学校出てバスに乗る直前にね」
「そういえばあんた、傘持って出なかったんだ? 夕方から降るってテレビで言ってたのに」
「ゴミ出しで頭がいっぱいで忘れてたの」
少々ムッとしたように答える娘の様子は、彼女の叔母にどことなく似ていた。
「そうそう麗美、さっきね、あんたが大好きな叔母さんからメールがあったよ」
「え、本当?」麗美はパッと顔を輝かせた。「え、叔母さん何だって?」
「来週の土日のどっちかに、あんたに会いたいってさ」
「来週の? 明日か明後日じゃないの?」
「予定が入ってるんだって。連絡来てない?」
「えー、待って待って!」麗美は慌ててスクールバッグを漁り、スマホを引っ張り出した。
「来てなーい!」
「じゃ、早く手を洗っちゃって、あんたから送ってみな」
「うん!」
麗美はバタバタと足音を立てながら去って行った。
「やれやれ、あんたには叶わないよ、百合子」
とりあえず一時的にでも娘に明るさが戻ったのを喜ぶ一方で、珠希は実の母親として少々複雑でもあった。
東京某所のオフィス。
休憩スペース奥の椅子に座り姉とメールでやり取りしていた女は、とりあえず話が纏まるとメール画面を閉じ、つい先程まで目を通していたネットのニュース記事を再び開いた。
〝トラックにはねられ女性重体〟
記事によると、先月二八日木曜日の一八時過ぎ頃、K県浜波市の私立夕凪高校前で、同校の女性教師がトラックに撥ねられ重体。事故を目撃していた生徒たちの証言によると、女性自ら道路に飛び出したそうだった。
──自殺? いや、多分違う。
女は唇を噛み締めた。
──恐らくは〝あいつ〟の仕業。〝あいつ〟の、度が過ぎる悪ふざけ。
数分後、[MINE]に姪からのメッセージと、劇画タッチの猫が両手を使って頭上で丸を作っているスタンプが送られてきた。
〝さっきお母さんから話聞いたよ! わたしは土日のどっちでもOK!〟
女の表情は自然と緩んだ。スタンプが面白かったからではなく、可愛い姪が、少なくとも文面からは元気そうな様子を伝えてきたからだ。
〝じゃあ来週の土曜日でいいかな。そっちにお昼前くらいにお邪魔するから〟
〝いいよ! 約束ね!〟
同じ劇画タッチの猫が右手の親指をグッと立てているスタンプ。
〝じゃあ、一三日によろしく〟
〝わかった! 四年振りくらいだよね? 超楽しみだよ! 当日晴れるといいね!〟
またまた同じ劇画タッチの猫がにこやかに笑っているスタンプ。
〝どうだろうね。そろそろ梅雨入りそうだし〟
〝おばさんのパワーで晴れにしてよ!〟
〝何じゃそりゃ(笑)。それとおばさんじゃなくて、百合子ちゃん、でしょ!〟
〝そうでした~!(笑)〟
やはり同じ劇画タッチの猫がニヤリと不敵に笑っているスタンプ。
── いや、それしかないんかい。
今度会ったら、年頃の乙女なんだからもう少し可愛いスタンプでも買ったらどうだと突っ込んでやろうか。何だったら、どんな種類があるのか、ああだこうだ言いながら一緒に探すのも楽しいかもしれない。
──でも、くれぐれも本来の目的を忘れるなよ。
女はそう自分自身に念を押した。
急に周囲が若干慌ただしくなった。時刻を確認すると、午後休憩終了の二分前だった。
星崎百合子は[MINE]のアプリを閉じると、他の社員たちと共に休憩スペースを後にした。
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