【改稿版】コフィン・イン・ザ・フォレスト

園村マリノ

文字の大きさ
22 / 45
第三章 影が差す

03 歯痒さ

しおりを挟む
「知ってるか? 特進コースの新倉って奴が行方不明なんだってさ」

 朝のSHRショートホームルームが終わり、秋山が教室を去るや否や、健斗けんとがクラス全体に尋ねるように大きな声で言った。

「行方不明? マジ?」最初に吉田よしだが反応した。「初耳なんだけど。いつからよ」

「一昨日の火曜日から家に帰ってないんだって」健斗の代わりにるりかが答えた。「学校には来てたみたいだから、帰宅途中に何かあったのかも?」

「わたしも今初めて聞いた」

「俺も」

「うちも」

「新倉って確か書道部の奴で、段持ちじゃなかったか?」

「家がお金持ちで、両親は教師だって聞いた事があるよ。違ったっけ?」

「父親は教育委員会、母親は確か中学教師」

 佐藤さとうの問いには亜衣が答えた。

「まさか金目的の誘拐!?」

「そういえば去年か一昨年にも、高校生が誘拐されそうになった事件があったよね! K県の何処ら辺だったかは忘れたけど」

 教室内が徐々に騒がしくなってきた。

「はいはい皆、もうちょい静かに」公彦きみひこが口元で人差し指を立てた。「あんまりうるさいと、隣のクラス辺りから注意されちゃうからさ」

 新倉の話題はまだ続いていたが、公彦がやんわり注意を促してからは、それぞれが声の大きさに気を遣った。まるで今にも沸騰しそうだったやかんが、火を消すか弱めた事で落ち着いたようだなと麗美は思った。

「ねえねえ」公彦が麗美の肩をシャーペンのペン尻部分で軽くつっついた。「新倉君てどんな子? 朝比奈あさひなさん知ってる?」

「あー、うん、一昨日知った」

「一昨日?」

「亜衣ちゃんと千鶴ちゃんの三人で美術室に行く途中、階段ですれ違ったんだ。その時に亜衣ちゃんに教えてもらった」そこまで言ってから、麗美は声を小さくした。「ジロジロ見て馬鹿にしたように笑ってきて、ヤな感じだった。性格悪いんだって」

「あ、そうなんだ……?」公彦は微かに苦笑を浮かべた。

 麗美が千鶴の方に目をやると、丁度千鶴もこちらを向いたところだった。どちらからともなく手を振ると、後ろの公彦も真似をしてニッと笑った。


「れ~みちゃんっ!」

 帰りのSHR──新倉に関する話は一切出て来なかった──が終了するや否や、亜衣が麗美の席までやって来た。

「あ、今日はいいや」

「まだ何も言ってないのに!」

「え、また美術部のお誘いじゃないの?」

「うん、まあその通りだけど! その通りなんだけどっ!」亜衣は悔しそうに拳を振るわせた。

「え、もしかして勧誘ノルマでもあるの……?」

「宗教団体じゃないんだから!」

「麗美さん、今日はどうするんですか?」

 千鶴と、更にその後ろから七海もやって来た。

「今日はすぐ帰る。夕方母親と待ち合わせしてるから」

「あ、なーんだそうだったんだ!」

 亜衣は笑顔で七海の背中をバシリと叩いた。

「いや痛いわ。何だ急に」

「何となく」

「亜衣さん、良かったら今日も参加していいですか?」千鶴が小さく挙手しながら言った。「一昨日のちぎり絵、結構楽しかったんで」

「勿論だよ~!」亜衣は千鶴に抱き付いた。

「わたしも今日は家の用事があるから、このまま帰る」七海は亜衣から麗美の方を向いた。「途中まで一緒に帰ろ?」

「うん」

 麗美が椅子から立ち上がった時だった。

「朝比奈さんそのままストップ!」

「え……?」

 窓側から一列目、後ろから二番目の席の向田むこうだが走り寄って来た。女子の学級委員で、千鶴程ではないが短い黒髪に、黒縁の眼鏡を掛けている。以前は紫縁の眼鏡を掛けていたが、雷音チャラメガネにお揃いだと言われた次の日の朝一で買い替えたという噂がある。

「はい、そのまま動かないでね。ちょっとごめんなさいねーっ!」

 向田は麗美の足元にしゃがんで手を伸ばすと、すぐに立ち上がった。

「どうしたの向田ちゃん」

「いやあ、これ落としちゃって」

 向田の右の掌には、すっかり丸まった小さな白い消しゴムが一つ。

「あ、それを転がしちゃったと」

「そうなのそうなの。朝比奈さんの足のすぐ近くで止まったのはいいけど、いつ踏んじゃってもおかしくなかったから──」

 向田が軽く右手を動かした拍子に消しゴムが落ち、教室後方のドアまで転がっていった。

「あー、落ちた落ちたほら!」

「わああっしまった! またやっちゃった!」

 向田は慌てて麗美の席の後ろを通って消しゴムを追い掛けた。麗美たちだけでなく、その光景を目にしていた生徒たちの間で笑いが起こる。

「向田ちゃんドジっ子だなぁ~!」

「ちょっとしたコントだよね」

「本当だね」

 麗美は亜衣や七海と共に向田の様子を目で追いながら笑っていたが、千鶴だけは自分を見ている事に気付いた。

「……千鶴ちゃん?」

「何かを──」

 向田の悲鳴に近い声が上がった。自分のつま先で消しゴムを蹴ってしまい、廊下に飛び出してしまったらしい。

「あんなに消しゴムに翻弄される奴は初めて見たぞ」

 山田やまだがぼやくと、再び笑いが起こった。

「あーもう、心配だからちょっと行ってくる!」

「あ、わたしも~」

 亜衣と七海は向田の後を追った。二人が離れると、麗美はどうしたのかと問うように千鶴に目配せした。

「麗美さん……今のわたしたち、何か忘れてませんか」

「それって、この間の違和感と同じ?」

「ええ。でもごめんなさい、自分で言っておきながら全然はっきりわからないんです。頭にもやが掛かったような。うう、このままの状態は何か気持ち悪いなあ」千鶴は頭を抱えた。

 ──また〝あいつ〟が何かしたんだ。わたしたちの記憶に干渉して。

 麗美はゴクリと唾を呑み込んだ。

 ──でも……一体何を? 何を忘れさせたの?

「消しゴム無事だったよ~」

「ども、ご迷惑お掛けしましたっ!」

 亜衣と七海、向田が戻って来た。

「ああ、なら良かったです」

「千鶴ちゃんたちは何話してたの?」

「いやまあ、ちょっとした事です」

 麗美はいつ再会出来るのかわからない、謎多き美しい友人の笑顔を思い出していた。

 ──絵美子、どうしよう? 全然わかんないよ。

〝麗美、しばらくわたしに会いに来ちゃ駄目〟

 ── わたしには何にも出来ないの?

 麗美は歯痒さと無力な自分に苛立ち、唇を噛み締めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...