【改稿版】コフィン・イン・ザ・フォレスト

園村マリノ

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第四章 二〇年前

02 図書室の三人

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 六月は大雨で始まった。

「ちぇっ、一日中こんな調子らしいもんな」廊下の窓から外を見やり、保がボヤいた。

「一日中どころか、一週間ほとんど雨だって天気予報で言ってたよ」

 隣で百合子が言うと、保は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。それが絶妙な面白さで、百合子は思わず小さく吹き出した。

「今日だって、晴れたらサッカーやろうぜって木田きだたちと約束してたんだよなあ」

「よくお昼ご飯食べた後すぐに動き回ろうと思えるよね……」

「そっちはこれから何処行くんだ?」

「図書室。この間入って来た新刊でも読もうかと。『三兄弟の華麗なる殺人』が気になってるの」

「じゃ、俺も行くかな」

「へえ、珍しいね。あんたも本読むんだ?」

 百合子の中では、保が自分から進んで本を読むイメージがなかったので少々意外だった。

「まあ、たまにはな」

「ふーん……」

 三階へ向かう途中、階段で同じクラスの千堂雅貴せんどうまさたかとすれ違い、互いに軽く挨拶した。雅貴は小柄で童顔、物腰が柔らかいため男女共に好かれており、百合子が保以外で気軽に会話出来る男子でもある。

「二人共何処へ?」

「図書室」

「今、僕も行ったんだ。新刊ほとんど貸出中だったから残念」

「え、本当? どうしよ……」

「ま、とりあえず行くだけ行ってみりゃいいだろ」

 雅貴の話に間違いがない事は、図書室に入ってすぐにわかった。百合子はカウンターで目当てだった書籍の予約を取り、それが終わると保の姿を探した。
 保は、図書室左端最奥の[神話・伝説・伝承]コーナー付近にいた。更にその隣、百合子から見て奥側に女子生徒が一人。二人は小声で会話しており、百合子の位置からでは全く聞こえなかったが、雰囲気的に明るい内容のようで、声と同じくらいの小ささで笑ってもいた。

「お、予約済んだか?」

 百合子の気配に気付いた保が振り返ると、後ろの女子生徒もひょっこりと顔を出した。

 ──あ。

「星崎さん」

 女子生徒は絵美子だった。夕凪ゆうなぎに来てから一箇月と少々が経過しているが、百合子は未だに数える程しか会話した事がなかった。決して苦手というわけではなく、むしろ気が合うのではないかとさえ思っていたが、彼女の周りには常に誰かしら──クラスのヒエラルキートップかそのすぐ下に位置するような──がいて、声を掛けにくかったのだ。

「今、日之山君から聞いたの。『三兄弟の華麗なる殺人』、予約出来た?」

「うん、まあ。先に三人待ちだったけど……」

「いやそれ買った方が早くね?」

「やっぱそうかな。ところで、何の本を探してたの?」

浜波はまなみ市か、あるいはK県の民話がないかなって」保に尋ねた百合子だったが、答えたのは絵美子だった。「別のコーナーで探していたら、たまたま日之山君に会って。もしかしたらこっちにあるかもって」

「へえ……」

 保と目が合うと、気まずそうに逸らされた。

 ──あれえ、ひょっとして……?

「あ、じゃあ私、用が済んだから教室戻るよ。あんたは引き続き探してあげてね」

 百合子は顔がニヤけそうになるのを堪え、努めて自然にそう言うと、保の返事を待たずに踵を返した。

「待って星崎さん」

「……え?」

「せっかくだから、星崎さんさえ良ければ三人で探さない?」

 意外な申し出に、百合子はすぐに言葉を返せなかった。

「わたし、星崎さんとはまだあんまり喋った事がないから、探しながら色々聞いてみたいな、なんて思って。例えば好きな本とかジャンルとか。星崎さん、本好きよね?」

「う、うんまあ」

「星崎はさ、おどろおどろしいホラーとかサスペンスばっかり読むんだよ。この間読んでたのなんて、魔物ハンターが魔物を狩るだけじゃ飽き足らずに喰うようになって、そのうち人間も……なんてやつだったよな?」

「いいじゃん、面白いんだし」

「人を喰うのがか?」

「そういうシーンは直接描かれてちゃいなかったもん!」

「それってもしかして『大禍時おおまがときの狩人』?」

 百合子と保は驚きの表情で絵美子を見やった。

「知ってるの? あのホラー界の巨匠エティエンヌ・ロワのマイナー作品を」

「ええ、結構好きよ。ロワの作品はほぼ全部読んだわ。わたしが特に好きなのは『テンション』と『マルセイユの一五姉妹』ね」

「う、嘘……初めて会った! 女の子で、同じ学校で、学年もクラスも同じ……!」

 百合子が歓喜と興奮に体を震わせると、絵美子はふわりと微笑んだ。

「声どんどん大きくなってんぞ」保は苦笑した。「こりゃ決定みたいだな」

 ──あ、でもそれじゃあ……。

 百合子は申し訳ない気持ちになった。保は恐らく絵美子に好意を抱いており、彼女に会うためにわざわざ来たのだろう。そんな彼を、友人として少しでも応援したいがために、この場から去ろうとしていたというのに。

「いいんだろ? 星崎」

「う、うん!」

「良かった。有難う二人共」

 この出来事をきっかけに、三人の友情は少しずつ深まっていった。三人一緒に行動する事が多くなり、すぐに互いに下の名前で呼ぶようにもなった。
 そして〝あいつ〟も、少しずつ動き始めていた。
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