【改稿版】コフィン・イン・ザ・フォレスト

園村マリノ

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第四章 二〇年前

03 様々な出来事

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 一週間近く続いた雨が止み、久し振りに晴れ間を見せた日の昼食の時間。
 百合子と絵美子、恵、いづみの四人は、食堂の片隅で食事を取りつつ談笑していた。絵美子はランチセットAを注文し、それ以外の三人は自宅から持参した弁当だ。

「昨日、二組の子が階段から落ちたって聞いた?」

 いづみがそう切り出したのは、席の近くを二組の男子生徒たちが騒がしく通り過ぎたからだろう。

「うん聞いたー。本人は誰かに突き飛ばされたって言ってるらしいね」

「大した怪我はなかったみたいだけどね」

 主にいづみが中心になって喋り、百合子と恵で口を挟んだり相槌を打つ。絵美子はほとんど聞き役だ。

「しかもその前の日には、バスケ部の一年の男子が体育館の階段から落ちそうになって、やっぱり突き飛ばされたって騒いでたって」

「ええ、まさか同じ人がやったって事?」

「えー、それはどうだろ。いやまあ、別人だったらだったで怖いんだけどさ。この学校にはヤバい人間が二人もいるって事になるし?」

 いづみは小さく肩を竦めると、ペットボトルの緑茶に口を付けた。

「ヤバい人っていえば、三年生の美術部員の男子に、最近不登校になっちゃった人がいるらしいんだけど」恵はのんびり言った。「その理由がね、この学校に魔物がいて、危険だからなんだって」

「何じゃそりゃ!」百合子といづみとは同時に言い、顔を見合わせて笑った。

「わたしも文芸部の先輩から聞いただけだし、先輩も美術部の友達から聞いたらしいからよくわかんないけど、まあその人は元々変わり者だったみたいだから」

「何、それじゃあ昨日、時計台がおかしくなったのも魔物の仕業?」いづみは小さく笑いながら言った。

「え、そんな事があったの?」

「うん。もう七時近かったかな。秒針が逆向きに動いてたんだ。でも朝来たら直ってたから、用務員さんがやってくれたのかな」

「ふーん……」

「他にはある?」絵美子が珍しく自分から口を開いた。「他に、ここ最近この学校で起こった変な出来事、何か知ってる?」

「え? うーん……」いづみは箸を止めた。

「いづみちゃんだけじゃなくて、百合子や恵ちゃんも。些細な事でもいいんだけど」

「あ、私も一応、知ってるっちゃ知ってるよ」百合子は小さく挙手した。「一昨日の体育の授業中に、松野君が栗真くりま君に、自分が味わった恐怖体験を熱く語ってるのが聞こえたんだけど……」

 先週金曜日の放課後、松野は柔道部の練習が終わると一旦校舎に戻り、四組の教室に向かって電気の消えている暗い廊下を一人で歩いていた。その途中、後方から誰かが来るような気配を感じたため振り向いたものの誰もおらず、気のせいかと思い正面に向き直った途端、すぐ耳元でクスクスと笑うような声が聞こえたのだという。

「栗真君は笑ってたけど、松野君は本当に怖かったみたいだよ」

「そりゃ確かに怖いよ! わたしだったら泣く!」恵は顔をしかめている。

「そう……」

 絵美子は考え込むような素振りを見せた。百合子がどうしたのかと問おうとするといづみが、

「松野君かあ。この間保健室に連れて行ってもらってから、ちょっと気恥ずかしいんだよね」

「別に気にする事はないんじゃない? ちゃんとお礼も言ったんでしょ?」

「う、うん、まあね」

「あれ? まさかいづみちゃん……?」恵は眼鏡を指で押し上げた。

「別に何でもないし!」いづみは誤魔化すように勢い良く緑茶を流し込んだ。

「え、でも急にどうしたの、絵美子ちゃん」

「ううん、ちょっとした好奇心で」

 恵が笑いかけると、絵美子も微笑み返した。恵には大変失礼ながら、やはり絵美子は圧倒的に美しく、百合子は思わず見とれそうになった。


 それから更に一週間の内に、百合子の周囲では様々な出来事が起こった。
 気象庁の梅雨入り発表──平年より数日早いらしい──に、いづみと松野の交際開始、百合子の二番目の姉・珠希たまきの入籍。
 保が絵美子に告白し、これからもいい友達でいようという結果になったという報告を、帰り道で二人の口から直接聞かされた時は、百合子は思わず奇声を連発してしまった。本当に大丈夫なのかとしばらくの間心配していたが、しっかり吹っ切れたらしい保は、むしろ以前より絵美子とフランクに接するようになっていたし、それは絵美子も同じだった。

「お前には度々気を遣ってもらったな」

 絵美子がその場にいない時、保は頭を掻き照れ臭そうにボソッと呟いた。

「あれ、気付いてた? さり気なくやってたつもりだったんだけど」

「いやバレバレだったし」

「あんたこそね!」

 唯一不穏なのは、熊井が行方不明のまま見付からない事だった。
 朝から妙な天気──強い雨が降っていたかと思えば急に太陽が顔を覗かせ、また気付くと空が暗くなって雨が降り出したり──だった、梅雨入り発表の前日の二〇時過ぎ。
 サッカー部の活動を終えた熊井は「待たせている奴がいるから」とだけ言うと、誰よりも早く部室を出て行ったが、それ以降姿を見た者はおらず、家にも帰らないまま数日が経過していた。

「熊井はしょっちゅう無断で年上のダチとか従兄弟の家に外泊してたから、どうせまた今回もだろうって両親も最初は気にしてなかったらしいんだよ。でもケータイにメールとか電話しても全然出ないし、泊まりに行きそうな家や学校に連絡したら来てないって言われて……」

「捜索願出したってね。大丈夫かな」

「ただの家出ならいいけどな……何かあったんじゃないかって思うとさ……」

 熊井と仲のいい生徒たちは、毎日心配や不安を口にしている。熊井に対する好感度が低い百合子でさえも、多少なりとも心配してはいたが、それでもどこか他人事ではあった。

「どうなんだろうな、熊井は」

 すっかり定着した三人での帰宅途中、保が思い出したように口にした。

「あいつ、前に家出を仄めかすような事言ってたらしいから、その可能性もゼロじゃないけどさあ」

「家出を? ふーん」

「それ、誰から聞いたの?」

 百合子は大して興味が湧かなかったが、絵美子は違うようだった。

「ん? ああ、千堂からだよ」

「千堂って?」

「うちのクラスの千堂雅貴」

「……そんな人いたかしら」

「え、覚えてねえの?」保の口元が笑いを堪えるように歪んだ。「ほら、俺らよりちっちゃくて童顔で、おっとりした奴だよ。髪は天パっぽくてさ。席は窓側の一番後ろ」

「絵美子、昨日の昼休みに私と図書室にいた時、千堂君が来てちょっとだけ喋ったじゃん」

 百合子の話を聞いても思い出せないのか、絵美子は黙ったまま足を止めてしまった。

「ど、どうした? 望月──」

「あ、うん、大丈夫。今思い出したわ」

「なら良かった。まあ、転校してきてまだ二箇月も経ってないし、無理もないか」

 保はあっけらかんと言うと、再び歩き出した。
 絵美子は微笑んでいたが、百合子は何となく引っ掛かるものを覚えた。


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