36 / 45
第四章 二〇年前
10 封印と犠牲②
しおりを挟む
「ちょっと時間掛かるけど、待っててちょうだい」
そう言うと絵美子は目を閉じ、両手を胸に当て、囁くような声で歌のような呪文を唱え始めた。すると、ややあってから、倒れている〝あいつ〟の横に、何処からともなく突然、大きな黒い箱が現れた。
「何だこれ!」
箱は二メートル程の大きさがあり、両肩の部分が最も幅広く、足先に向かって細くなっている。
「絵美子、これって棺?」
「そう、西洋型のね。ロワの吸血鬼やリビングデッドものにはよく出て来るでしょう?」
「これは望月が創り出したのか?」
「ええ、わたしの力」
──凄いや。
百合子とは感嘆の溜め息を漏らし、それから〝あいつ〟を見やった。
──その絵美子でさえ倒し切れないあの化け物……どうなってんのよ。
「その化け物を棺に入れるんだな」
「ええ」
「よっしゃ。星崎、やるぞ」
「げえっ!?」百合子は再び〝あいつ〟を見やった。「嘘ぉ~……触りたくないんだけど……」
「仕方ないだろ。望月は疲れてんだ」
「大丈夫よ、わたしが──」
「いや、いい。休んでてくれ。ほれ、やるぞ」保は百合子の背中を軽く叩いた。「もしも起き上がりそうになったら、殺虫剤口に突っ込んでやれ」
「うう……」
百合子が両腕を、保が両脚を持って〝あいつ〟を引っ張り上げた。体はあまり大きくはないが、想像以上の重さがある。人間と何ら変わらない皮膚の感触に、百合子は何とも言えない気分になった。
慎重に棺の中に入れると、絵美子がやって来て蓋をした。
「しっかり閉まっているか、一緒に確認して」
三人でしゃがみ込み、蓋を持ち上げようとしたりずらそうとしてみるが、ピッタリと棺に被さっており、ビクともしない。
「……うん」絵美子は百合子と保を見やり、笑いかけた。「封印完了よ」
「やったあ!」
「……っし!」
三人は立ち上がると抱き合った。
「二人共、本当に有難う」
「私たちはほとんど何もしてないよ! 全部絵美子のおかげ!」
「ああ、お前のおかげで皆が救われた!」
周囲が明るくなってきた。百合子と保は驚いて顔を上げ、安堵と不安が入り混じった表情で様子を窺った。
「大丈夫よ二人共。〝あいつ〟を封じたから、元の世界に戻れるのよ」
「良かった! あ、絵美子、戻ったら休もうね。まだ顔色が悪い」
「そうだな。あんな凄い事しまくって相当力を使ったはずだ。またぶっ倒れっちまったら大変だ」
「ええ」絵美子は頷いた。「そうさせてもらうわ」
それからまもなくして、三人の視界が真っ白に染まり──……
「……よし、戻れたな」
「うん」
コンクリートの通路、コの字型の校舎、曇り空、普段は気にも留めないような草花に、端の方に立つ木々。そして背後には、小さいおじさんたちがいた針葉樹。
「……終わったね」
「もう二度と封印が解かれない事を祈るわ」
「まさか……もうないだろう?」
「と、信じたいわ」
力なく笑う絵美子の様子に、百合子は一抹の不安を覚えた。そもそも、何故封印が解かれてしまったのかは、まだわかっていない。その原因をはっきりさせたうえで再発防止に努めなくては、今回の苦労が無駄になってしまう。
「はあ……これで明日から安心して学校生活が送れるんだな」
「そうだね、いつも通りの」
「いつも通りの、代わり映えしない退屈な日々」保は満更でもなさそうに微笑んだ。
「さ、とりあえず教室に戻ろ」百合子は絵美子へと振り向いた。「体調はどう──」
絵美子が膝から崩れ落ちる光景は、スローモーションで見えた。
「っ、絵美子!?」
「おい!?」
保がしゃがんで抱き起こした。絵美子はただ眠っているだけに見える──血の気の失せた顔色と、呼吸音が聞こえない点を除けば。
「しっかりしろ!」
「え、絵美子……」百合子は崩れ落ちるように膝を突いた。「つ、疲れちゃったよね。うん。だからって、ここはちょっとさあ……ねえ保?」
「そ、そうだぞ……ほら、一回起きろって……な?」
保は絵美子を揺さぶった。何度も何度も揺さぶった。
しかし、二人は既に理解していた──絵美子が二度と目を覚さない事を。
そう言うと絵美子は目を閉じ、両手を胸に当て、囁くような声で歌のような呪文を唱え始めた。すると、ややあってから、倒れている〝あいつ〟の横に、何処からともなく突然、大きな黒い箱が現れた。
「何だこれ!」
箱は二メートル程の大きさがあり、両肩の部分が最も幅広く、足先に向かって細くなっている。
「絵美子、これって棺?」
「そう、西洋型のね。ロワの吸血鬼やリビングデッドものにはよく出て来るでしょう?」
「これは望月が創り出したのか?」
「ええ、わたしの力」
──凄いや。
百合子とは感嘆の溜め息を漏らし、それから〝あいつ〟を見やった。
──その絵美子でさえ倒し切れないあの化け物……どうなってんのよ。
「その化け物を棺に入れるんだな」
「ええ」
「よっしゃ。星崎、やるぞ」
「げえっ!?」百合子は再び〝あいつ〟を見やった。「嘘ぉ~……触りたくないんだけど……」
「仕方ないだろ。望月は疲れてんだ」
「大丈夫よ、わたしが──」
「いや、いい。休んでてくれ。ほれ、やるぞ」保は百合子の背中を軽く叩いた。「もしも起き上がりそうになったら、殺虫剤口に突っ込んでやれ」
「うう……」
百合子が両腕を、保が両脚を持って〝あいつ〟を引っ張り上げた。体はあまり大きくはないが、想像以上の重さがある。人間と何ら変わらない皮膚の感触に、百合子は何とも言えない気分になった。
慎重に棺の中に入れると、絵美子がやって来て蓋をした。
「しっかり閉まっているか、一緒に確認して」
三人でしゃがみ込み、蓋を持ち上げようとしたりずらそうとしてみるが、ピッタリと棺に被さっており、ビクともしない。
「……うん」絵美子は百合子と保を見やり、笑いかけた。「封印完了よ」
「やったあ!」
「……っし!」
三人は立ち上がると抱き合った。
「二人共、本当に有難う」
「私たちはほとんど何もしてないよ! 全部絵美子のおかげ!」
「ああ、お前のおかげで皆が救われた!」
周囲が明るくなってきた。百合子と保は驚いて顔を上げ、安堵と不安が入り混じった表情で様子を窺った。
「大丈夫よ二人共。〝あいつ〟を封じたから、元の世界に戻れるのよ」
「良かった! あ、絵美子、戻ったら休もうね。まだ顔色が悪い」
「そうだな。あんな凄い事しまくって相当力を使ったはずだ。またぶっ倒れっちまったら大変だ」
「ええ」絵美子は頷いた。「そうさせてもらうわ」
それからまもなくして、三人の視界が真っ白に染まり──……
「……よし、戻れたな」
「うん」
コンクリートの通路、コの字型の校舎、曇り空、普段は気にも留めないような草花に、端の方に立つ木々。そして背後には、小さいおじさんたちがいた針葉樹。
「……終わったね」
「もう二度と封印が解かれない事を祈るわ」
「まさか……もうないだろう?」
「と、信じたいわ」
力なく笑う絵美子の様子に、百合子は一抹の不安を覚えた。そもそも、何故封印が解かれてしまったのかは、まだわかっていない。その原因をはっきりさせたうえで再発防止に努めなくては、今回の苦労が無駄になってしまう。
「はあ……これで明日から安心して学校生活が送れるんだな」
「そうだね、いつも通りの」
「いつも通りの、代わり映えしない退屈な日々」保は満更でもなさそうに微笑んだ。
「さ、とりあえず教室に戻ろ」百合子は絵美子へと振り向いた。「体調はどう──」
絵美子が膝から崩れ落ちる光景は、スローモーションで見えた。
「っ、絵美子!?」
「おい!?」
保がしゃがんで抱き起こした。絵美子はただ眠っているだけに見える──血の気の失せた顔色と、呼吸音が聞こえない点を除けば。
「しっかりしろ!」
「え、絵美子……」百合子は崩れ落ちるように膝を突いた。「つ、疲れちゃったよね。うん。だからって、ここはちょっとさあ……ねえ保?」
「そ、そうだぞ……ほら、一回起きろって……な?」
保は絵美子を揺さぶった。何度も何度も揺さぶった。
しかし、二人は既に理解していた──絵美子が二度と目を覚さない事を。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる