【改稿版】コフィン・イン・ザ・フォレスト

園村マリノ

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第五章 終わりにしよう

07 また会う日まで

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「……あ……」

 端の方に立つ木々、普段は気にも留めないような草花、コンクリートの通路にコの字型の校舎、曇り空、そして背後には針葉樹。
 暗黒の森は消え去っていた。

「……戻れたようだな」

「だね」

 保と百合子は無意識に、安堵と疲労感の入り混じった溜め息を吐き、目が合うと、どちらからともなく苦笑を浮かべた。

「とりあえず全員──」

 無事か、と言い掛けたところで、保ははたと気付き、百合子と同時に振り向いた。
 今この場にいるのは、三人だけだ。

「絵美子……」

 麗美は、崩れ落ちるようにして土の上に座り込み、うなだれた。こうなる事はわかっていた。わかっていたのに、何も出来ず、ただ僅かな望みに賭けるしかなかった。

 ──わたしのせいだ。わたしが火をつけた。わたしが……殺した!!
 
「ごめん……ごめんなさい、絵美子……!」

「謝らなくちゃならないのは、わたしの方よ」

 澄んだ声は、頭ではなく耳に届いた。
 顔を上げた麗美は、数メートル後方の針葉樹の前に友人の姿を認識するなり、弾かれたように立ち上がった。

「無事だったか!」

「もう、遅いからビックリした!」

 百合子と保は無邪気に笑みを零したが、絵美子の表情は固かった。

「皆を危険な目に遭わせてしまったわ。特に麗美、あなたには。本当にごめんなさい」

 麗美は涙を堪えてかぶりを振り、

「全然何ともないよ……絵美子が、皆が助けてくれたから……」

 忘れるなと言わんばかりに火傷が痛みと熱を発したが、無視した。
 
「〝あいつ〟は完全に消え失せたわ、魂ごと。だからもう、被害者が増える事はないから、心配しなくていいわ」絵美子は小さく息を吐くと、どこか寂しげに微笑んだ。「わたしもそろそろお別れね」

 麗美は絵美子の元へ駆け寄りたかったが、棒立ちになったまま動けなかった。足が地面に根を張ったような、歩き方を忘れてしまったような、奇妙な感覚だった。そしてそれは他の二人も同じようだ。

「えー、ちょっと早くなーい? せっかくまた会えたのに、もうお別れだなんて」軽い口調でそう言いながらも、百合子は目に涙を溢れさせている。

「そうだ、流石にまだちょっとな! 俺たちにゃ、二〇年分の苦労話やら何やらが溜まりに溜まってんだから、聞いてもらわんと」保の声は不自然に大きかった。

「もっと一緒にいたい気持ちは同じよ。でも、ずっとこの世に留まり続けるわけにはいかない。自由に動き回れるようになった今だからこそ、ね……」

 絵美子は麗美へと向き直った。

「麗美、有難うね。あなたがいなかったら、わたしは〝あいつ〟と対峙する勇気を出せなかったと思う。百合子と保とも再会出来なかった」

「絵美子……」今度は堪え切れず、麗美はしゃくり上げた。「も、もう会えないなんてっ……ヤダよぉ!!」

「あら、いずれまた会える時が来るわよ。それが何十年後になるかはわからないけれど」

「そうだな……その通りだな」保はニヤリと笑い、百合子を親指で差した。「ただ、こいつは相当掛かるぞ?」

「はあ? 何を根拠に。あんたみたいな人間こそ、相当しぶとそうだけど?」

 二〇年前と変わらない友人たちのやり取りに、絵美子はフフッと声を出して笑った。

「──れる?」

 三人は蚊の鳴くような声の主に目をやった。

「なあに? 麗美」

「待っててくれる?」麗美は声を張り上げた。「わたしがおばあちゃんになってそっちに行くまで! ちゃんと待っててくれる!?」

「勿論よ。気長に待ち続けるわ」

 絵美子が空を見上げた。つられた三人は、厚い雲の切れ目から、太陽がそっと顔を覗かせている事に気付いた。

「さようなら、皆。また会う日まで」

「絵美子……!」

 絵美子の体が足元から徐々に透けてゆき、完全に消えてなくなるまでに時間は掛からなかった。
 最期に見せた、優しく美しい笑顔だけは、三人の記憶から消えずにずっと残り続けた。


「あーっ、麗美ちゃん!」

「いたーっ!!」

「麗美さあああん!!」

 正門から学校を後にしようとした麗美の後方から、妙に懐かしく感じられる三人の友人の声と、バタバタと駆け寄って来る足音が聞こえた。

「千鶴ちゃんたち……何で!?」

「待って麗美ちゃあああああん!!」

 真っ先にやって来た七海が、勢い良く麗美に抱き付いた。

「コラ、麗美ちゃん転ぶだろっ」

 亜衣はわざとしかめ面をして七海を引き剥がすと、今度は自分が麗美に抱き付き、ニッと笑った。

「ちょっ、何それ~!」

「へへーんだ」

「麗美さん! 無事でしたか?」

 麗美は、水道水で冷やしてもまだ痛む左腕をさりげなく後ろにやると、心配そうに窺う千鶴に微笑みかけ、

「うん、無事。全部解決したよ」

「なら良かった~!」

「やったね!」

 亜衣と七海が小さく拍手し、千鶴は安堵の溜め息を吐いた。

「えっと……千鶴ちゃんもだけど、亜衣ちゃんと七海ちゃんまで、何でここに?」

「麗美さんや百合子さんたちが心配だったから来たんです。何か力になれないかなって。でも一人じゃ不安だったから、亜衣さんと七海さんも呼んで、大まかに事情を説明しました」

「千鶴ちゃんが中庭だって言うから、皆で探したんだけど、全然見当たらなくて。一回戻って、校庭とか校舎の中も探したんだ。帰っちゃう前に会えて良かったよ」

「ね。あ、そういえば図書室の近くを通ったら、チャラメガネがいてさ。三人揃って何してるのかって聞かれたけど、千鶴ちゃんが上手く誤魔化して、はいサヨナラ~って」

 七海がヒラヒラと手を振ると、亜衣も真似して笑った。

「彼は宿題を忘れたから取りに来たそうです。ついでに女子の運動部を見学してから帰るつもりだとか言ってました」

「ほんっと、女好き通り越して変態!」

「今はまだいいけど、社会に出たら捕まるかもね!」

「洒落になりませんよ」

 笑い合う友人たちを見ていると、麗美の胸に熱いものが込み上げてきた。

「有難う、皆」

「ん、どういたしましてー!」

「というか、探しただけであんまり協力出来なかったし」

「そんな事ない。本当に有難う」

 麗美は一瞬、森の中で聞かされた幻聴を思い出しかけたが、友人たちの思いやりと優しさを目の前にした今では、もう何とも感じなかった。

「麗美さん、百合子さんたちは……」

「叔母さんと保さんは、抜け道から。人目に付きにくくて、防犯カメラにも映らない絶妙な場所が昔からあるんだって」

「抜け道? 何それ凄い!」

「え、超気になる!」

「それじゃあ……望月絵美子は?」

 千鶴が遠慮がちに尋ねると、亜衣と七海はハッとしたように口を噤んだ。

「絵美子は……」

 麗美は空を見上げた。太陽は、先程よりも自己主張が強くなりつつあった。

「また会う日まで」
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