春 かすか

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第四部

しょうどう

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 ⚠︎閲覧自己責任・性的描写あり

 そこは、真っ白な世界が広がっていた。ーーああ、ここは夢だ。ぼくは今、夢を見ているのだと理解する。

 辺りを見回すが、ぼくは、私服姿で真っ白な部屋の中で一人立っていた。

 突如、誰かに蚊の鳴くような声で自分の名を呼ばれた気がした。

 背後を振り返る。

「かすか……」

「え……?」

 気が付くと、場面が切り替わっていて、真っ白なベッドの上にぼくは座っている。目の前には、えりかが座っていた。声の出ない筈のえりかが喋っている。

「えりか……」

 ぼくはえりかの名を呼ぶと、自分の声が出た。今回の夢は、どうやらぼくは喋れるらしい。

「かすか。あのね……。今度、ノアの冒険シリーズの新作が出るんだって……! 私、気になってるの」

 ああ、現実が夢に反映されているなと思った。確かに、ノアの冒険シリーズの新作が近日中に発売されるのだ。だが、その事をえりかと話した事は一度も、ない。

「……そうですか。楽しみですね」

「うん……!」

 本の話を語るえりかはいつも饒舌だ。嬉しそうな彼女に自然と顔が綻ぶぼく。自分でも分かる。嬉しくて口元が緩んでいる事に。

「そう言えば、えりか。……此処、夢の中ですね」

「そうなの……?」

「そうですよ」

 気紛れに夢の世界という、メタ発言をしてしまうぼく。えりかは不思議そうに首を傾げる。そんな仕草もえりからしくて、可愛らしいと思ってしまった。

「ーーじゃあ、何でも出来るね。かすか」

「え……?」

「だって……夢の世界だから。誰にも邪魔されないね」

 微笑むえりか。確かに、そうだ。今、えりかとの逢瀬に邪魔する者は誰もいないのだ。少しだけの時間でいいから、ぼくは、彼女を独占したかった。たとえ、夢の世界でもいい。それが許されるのなら、えりかと一緒にいたかった。

「かすか……。また一緒に寝ようよ」

「え?」

 きっと添い寝の事だろう。また現実が夢に反映されているなと思った。

「……駄目?」

「いいですよ」

 心細そうにぼくを見上げて来るえりかは、ぼくの手を握って来たので握り返すとぼくは即答した。彼女の仕草、一つ一つが愛おしいと思ってしまうぼくは重症だろうか。

「うん……ありがとう。かすか」

「はい」

「ーーかすか」

「はい?」

 微笑みながらえりかは、スカートをそっと両手で自分でたくしあげる。スカートから覗く柔らかそうな白い太腿と、白いショーツが露わになった。そんなえりかを見て、ぼくの思考は止まる。

「……来て?」

   ♡

 雀の囀りが聞こえる。朝の音と共に目を開けると、視界は自室の天井だった。ぼくは、勢い良くベッドから起き上がる。慎重に、パジャマのズボンと下着を手で掴み、中を見た。下腹部に違和感を覚えたからである。

 ーー純粋に死にたい。ーー誰か、ぼくを殺してくれるのなら、今直ぐにでも殺してくれ。そう、切実に思ってしまった。

 急激に芽生える、やり場のない殺意と苛立ちにより、ぼくは盛大に舌打ちをして身を起こした。

 そして、気付けば、咄嗟に近場にあったチェストの上にある水差しを掴み、フローリングの床に向かって思い切り、投げ捨てていた。

 盛大な硝子の破裂音と共に、ぼくの意識は覚醒し、夢の余韻は消えた。

   ♡

「ーーの、ノルン……?」

「……」

 食堂で不機嫌なぼくを見るなり、若干、戸惑うあおなに話し掛けられたが、ぼくは、ナイフとフォークを使いながら黙々と食事をする。朝っぱらから、気分は最悪だった。

 ーーどうして、今になって、あんな夢を見るのだろう? と思う。

 何だか、近日中に、今のえりかと会う事になるのではないだろうか? とすら思えた。夢なのに、予言のように思えて来て、言い知れぬ不安感に、またぼくは舌打ちをする。

 今日、ゆきは不在だった為、あおなと二人きりで食事をしていた。

「な、何かあったの……?」

「……」

 ぼくはガン無視を決めこんだ。あおなのワンピースの裾を捲って、セクハラをする事も出来たが、そんな気分にすらならなかった。

 食事を済ませると、早々にぼくは食堂を出た。

   ♡

 自室に向かう為に廊下を歩いていると、タオルを運ぶ使用人、ひることすれ違う。「ーーおはようございます」と事務的にひるこから朝の挨拶をされたが、ぼくは無視をして通り過ぎた。

 そして、不思議そうに立ち止まり、振り返るひるこは、無表情のまま、ぼくにこう吐き捨てたのだ。

「ーー返事くらいしろ。そのおつむには一般常識すら詰まってないのか? ガキ」

 そのひるこの言葉に、ぼくの中の何かがブチッと切れた気がした。ぼくは、足を止めて振り返る。

「ーーは? 貴方、使用人でしょ? 何ですか? その口の聞き方は?」

「主人御用達の愛玩動物に、丁寧語で喋るルールはない」

 ぼくの怒りは頂点にまで達し、耐えきれず、衝動的に近場にあった花瓶を手に取ると、ひるこに向かってぶん投げた。

 ひるこは持っていたタオルを床に投げ捨てると、飛んで来た花瓶を身軽に躱す。

 そして、花瓶のわれる盛大な破裂音。それが合図となり、廊下という狭いフィールドで乱闘が始まった。

   ♡

「ーーな、何? 何してんの!? 二人共!?」

 数十分後、あおなが駆け付けて来て、対立するぼくとひるこの間に入る。ぼくは、呼吸が乱れていたが、ひるこの呼吸は乱れておらず、涼しい顔で平然としていた。ぼくを鼻で笑い、見下すその顔に一発と言わず、何発もぶん殴りたい気持ちになるが、一度もぼくの攻撃はひるこに当たる事はなかった。

「……あらあら、ひるこさん。何してるの? ーー廊下、ぐちゃぐちゃじゃない」

「ちとせさん。朝から申し訳御座いません。ーー直ぐ、片付けます」

 驚いた様子の使用人頭のちとせも続いて、廊下にやって来た。ちとせには、敬語を使うひるこに苛立ちを覚えるぼく。あおなは、慌ててぼくとひるこの仲裁に入って言葉を続けた。

「何があったのか、分からないけど、二人共やめなよ! 喧嘩!」

「ーー喧嘩じゃないわ。犬に甘噛みされたから、ちょっとじゃれてただけ」

 そのひるこの煽り言葉に、更にぐつぐつとしたマグマのような怒りが湧き、震えながら舌打ちをすると、ひるこに対して再度、襲い掛かろうと右足のつま先をぎゅっぎゅっと二回靴で踏み鳴らした。

 そんなぼくをひるこは、見下すように無表情で一瞥する。

 ーーそんな時だった。

「ーーあれ。こんな所で、集まって、皆、何してるの?」

「ゆき様っ……。おはようございます。も、申し訳御座いません……」

 ゆきに罰が悪そうに、丁寧に頭を下げるひるこへ、ゆきが「ーーおはよう」といつも通り微笑む。ぼくは、ゆきの出現により、ひるこから離れた。

「ちょっと忘れ物しちゃって。ーーちとせ。僕の部屋から書類を取って来てくれないかい?」

「畏まりました」

 ちとせは、パタパタと走ってゆきの書斎へと向かう。ひるこは、座り込み、割れた花瓶の破片をてきぱきと拾い始めた。ゆきは、ぼくを見るなり、呑気に朝の挨拶をして来たのでぼくも「ーーおはようございます」と淡々と返す。

 ぼくは踵を返すと、廊下から立ち去ろうと歩を進める。そして、あおなは、そんなぼくを意外に思ったのか、声を掛けて来た。

「……の、ノルン?」

「ちょっと頭、冷やして来ます。ーーほっといて下さい」

 ぼくの足音が大理石の廊下に響き渡る。あおなの気遣う視線を無視して、廊下から立ち去った。
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