春 かすか

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第四部

うまれたひ

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 雀の囀りの音が聞こえる。徐々に覚醒して行く意識。カーテンの隙間からは朝の日差しが漏れている。

「……ん」

 ぼくは寝返りを打とうとして、ふと思考が止まった。ーー数秒、考えてから、勢い良く掛け布団を捲り上げた。

「……すぅ」

「…………はあ」

 思わず、大きな溜め息が漏れた。隣には全裸のスミレが気持ち良さそうに寝ている。サクラだとは思うが、今、スミレの中は、どちらなのかが分からない。目を微かに開けるスミレは、はにかんでぼくの首に絡み付いて抱き着いて来た。スミレの胸がダイレクトに当たって朝っぱらから何とも言えない気持ちになる。目を開けたスミレは、ぼくを見つめた。

「……あ、おはよう~。ノルン」

「……」

「ーーきゃあっ!?」

 気付けば、ぼくは無言でスミレに拳骨をしていた。

   ♡

「……いいですか? 貴方はもう少し、淑女らしく振舞って下さい。まずは、服を着る事。人様の男性器に気安く触らない事。ーー分かりましたか?」

「えー……」

「えー……じゃないです」

 朝っぱらから、サクラに無理矢理ネグリジェを着せたぼくは、サクラに床へ正座させ、くどくどと説教する。

「ノルンっ」

「はい?」

「ーーノルンのおちんこ。朝勃ちしてる?」

「ーー朝っぱらからふざけた事ばかり抜かすと、その口、縫い付けますよ?」

 期待を込めて、目を輝かせながら、ぼくを見つめるスミレに脱力しそうになりながらも、スミレの発言を切って捨てる。サクラは、時々、寂しかったり、辛い事を思い出すと寝てるぼくのベッドに入り込んで来る。

「ノルン」

「……はーぁ……。もう、今度はなんですか?」

「ーーお誕生日おめでとう!」

「……へ?」

 唐突にサクラからラッピングされた包みを渡される。カレンダーを見ると四月三十日。忘れていた。ーー今日はぼくの誕生日だ。

「あ、ありがとうございます……。ーー何ですか? これ」

「クッキー! ノルンが好きだって、ちとせが言ってたから。私ね、作ったの!」

 ぼくは、にこやかに笑うサクラの頭を撫でた。サクラは嬉しそうな顔をする。

「ああ、サクラの手作りですか。嬉しいです。どーも……」

 突然のサプライズに若干、戸惑いながらも、リボンを解くと大きなチョコチップクッキーが入っていた。ーー純粋に人から自分の誕生日をお祝いされて嬉しいと思う。

「後で、お返ししますね。ーーサクラの誕生日はいつですか?」

「私のお誕生日終わっちゃったー。……ホワイトデーなの」

「あらま」

「でも、ノルンのお返し楽しみにしてるねっ! ノルンが私の事、真っ白にしてくれるんでしょ!? ーーホワイトデーなだけに」

「ーーやっぱり、これ。突っ返してもいいですか?」

 目を輝やかせるサクラに対して真顔でツッコミを入れた。

   ♡

 説教が終わり、サクラを自室に帰した後、朝食を食べる為に食堂へと足を運んだ。あおなは先に席に着いていて、ゆきは不在だった。食堂に既に広げられていた朝食を食べようとする。だが、あおなが何だか緊張したような素振りでぼくを見つめて来る。

「そんなに見つめられると穴が開きます。……何ですか?」

「え? ご、ごめん。料理、美味しいかな? って……」

「まだ口つけてませんけど……」

「う、ん。……そ、そうだね」

「?」

 ぎこちないあおなを見て不思議に思う。ーー何だ? 意味が分からない。

「ーー何か、ぼくに隠してますよね?」

「へ? か、隠してないけど?」

 あからさまにぎくりとするあおなに、ぼくはナイフとフォークを置く。

「とっとと、吐かないと。ーーまたスカートめくりますよ?」

「は!? だから、そーゆーセクハラ発言やめてよ!?」

「ーーは? 貴方みたいな淫乱女にセクハラって成立、しますかね? ノーパン女さん」

「ーーちょっと!? 今、誰もいなくても聞こえるからやめてっ!? しー……ッッッ!」

「じゃあ、洗いざらい吐いて下さい」

「…………う。……きょ、今日。ーーノルンの誕生日なんでしょ?」

「……は?」

「だから、厨房借りて、今日だけ朝ご飯、作ってみたの!」

「あーなるほど。……そういう事、ね」

 ぼくは、再度、目の前にある料理を視界に入れる。あおなが料理が出来るは意外に思えたが、きちんとした朝食が並べられている。盛り付けも自然で綺麗だった。

「ーー誕生日おめでとう」

「あ、ありがとうございます」

 お互いに会釈する。あおな相手に、改めてそんな畏まって言われると、何だかいたたまれなくなる。

「ーー何か料理に入れてませんよね? あ、媚薬とか」

「もー! いいっ! 今直ぐ片付けるから! 何も食うなっ!!!」

 ついつい、あおなへ憎まれ口を叩いてしまい、場は終幕した。

   ♡

「ーーお誕生日おめでとうございます。ノルン様」

「ありがとうございます」

 使用人宿舎にちとせに呼ばれた。ちとせから、ラッピングされたプレゼントを貰う。中を開けると生活用品だった。

 唐突にノック音がすると、扉が開く。振り返ると、えりかが立っていて、ぼくの思考は固まった。えりかはぼくを見るなり微笑んで手話で話す。

 ーー久し振り。

「お、お久し振りです……」

 ーー元気だった?

「はい。元気です……」

 突然のえりかの来訪に戸惑ってしまうぼく。えりかは、持っていた紙袋をぼくに手渡して来た。手話で「ーーあげる」と言われる。中を開けると、アンティーク調で出来た写真立てだった。

「えっと……ありがとう、ございます。これ、貰っていいんですか?」

 頷くえりか。ぼくは嬉しくて、思わず口元が緩んでしまう。どんな写真を入れようか思考を巡らした。

 そんなぼくらを見て、ちとせは微笑ましそうに笑っている。

「ーーデレデレしてるのが丸分かりだな。……阿呆らしい」

「ーーは? 買いますよ? 喧嘩」

 休憩中で椅子に座る無表情なひるこに水を差されて、振り返り、睨みつけながら低い声で言い返した。

   ♡

「ーーかすか。誕生日おめでとう」

「ありがとうございます」

「今年のプレゼントは奮発しておいたから」

「……恐縮です」

 バルコニーで煙草を吸っていたら、ゆきに声を掛けられた。確かに今年のプレゼントの量は尋常じゃなかった。昼頃、くぼが届けに来たのだが、何度も往復してた。

「今日は、夕食。ご馳走にしたから、皆でお祝いしよう。かすか」

「ーー分かりました。吸い終わったら、行きます」

「うん。待ってるよ」

 そう言って、ゆきは微笑むと、バルコニーを去って行った。

 誕生日というだけで、此処までお祝いされると、何だか擽ったくなってしまう。小学生の時は家族だけでお祝いしていたから、他者に祝われる事にぼくは慣れていなかった。

 夜空をぼんやりと眺める。

 煙草を深く深く吸い込み、煙を吐くと、煙はくゆらせ、空気へと溶け込んで行った。
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