《完結》愛されたいわたしは幸せになりたい

綾月百花   

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63   恨みとはどう晴らすのか?

『両親を殺された恨みを、その女に向けてもいいのか?』

 兄様の恨みのこもった声と鋭い視線が、頭にこびりついて離れない。

 わたしはただ生き残っただけだ。

 兄様の寂しさや孤独を想像することはできるし、共感もできる。

 兄様にとっての親は、乳母だったのかもしれない。

 わたしは乳母の顔も思い出せないけれど、兄様にとっての家族は乳母だったのだろう。

 父様はわたしの捜索に出ていたのだから。

 実家の邸も知らないけれど、きっと広いのだろう。

 使えていた使用人もいただろうけれど、寂しい心を受け止めてくれたのは、乳母だったのだろう。

 どうか、その乳母がまだ兄様の近くにいますように。

 わたしはベッドに座って、神に祈る。

 兄様は両親を殺した国王陛下を心から恨んでいた。

 わたしも国王陛下を恨んでいるが、同時にわたしにとっての家族だった国王陛下は、わたしにとって特別だった。

 暗く、冷たい、懲罰室で泣いていたわたしに、「怖かったな、もう二度とこんなに怖い目に遭わせないと約束しよう」と言いながら、抱き上げてくれた。

 国王陛下はとても温かかった。

 頭にストールを巻かれていたわたしの背中を優しく撫でてくれた優しい父親のような存在になっていた。

 小さなわたしを抱き上げて抱きしめてくれた、ただ一人の人だった。

 国王陛下の腕の中で眠ったこともあった。

 わたしにはとても優しく、何かを与えてくれる人だった。

 兄様の身内が、乳母だけならば、わたしの身内は国王陛下だけだった。

 国王陛下の為に、勉強をして、国王陛下が望む国にするのが、わたしの勤めだった。

 わたしを育ててくれた恩人でもある。

 家庭教師を付けて、勉強を教わったから、今のわたしがいる。

 ただ放置されていたら、何も知らない愚鈍であったに違いない。

 知識は力に代わる。

 兄様はずっとわたしを恨んで過ごすのだろうか?

 アリスという奥様は、表情のない人形のような人だった。

 あの方も、兄様と同じで、わたしを恨んでいるのでしょうか?

 他人になった方がいいと言ったのは、兄様でしょうか?それとも奥様でしょうか?

 どうしたら、兄様から恨みを祓ってあげられるのでしょうか?

 わたしが死ねば、気が晴れるのでしょうか?

 すっと目の前に、赤いアネモネの花が差し出された。

 顔をあげれば、クラクシオン様がいた。


「何を考えているの?」

「何も」

「シリピリーがやっと婚約解消に応じたよ。今日、影が戻ってきて、報告を聞いた。アナの言った通りだった」

「よかった」

「父上が感謝していた。お礼を言いたいって」


 クラクシオン様はわたしの肩にガウンを着せてくれる。

 ふわりと体が暖かく感じる。

 どこか懐かしい感じだった。


「冷たい手をして、まだ冷えるのだから、上着は着ないと風邪を引く」

「クラクシオン様」

「違うだろう、シオンだろう?」

「……」

 そう呼ぶ権利はまだあるのだろうか?

 自信がない。


「シオン、わたしにナイフをください」

「ナイフなんてどうするの?」

「剣でもいいわ」

「剣こそ何に使うつもりなの?」

「何も聞かないで、ください」

「あげられない。どちらも危険だ」

「危険な事はしないわ」

「アナには花が似合う」


 赤いアネモネの花を手に持たされて、わたしは花を見つめる。


『あなたを愛しています』


 わたしも貴方を愛しています。

 この気持ちは死ぬ瞬間まで忘れたりしない。


「気分が悪くなければ、散歩に行くか?」

「行きたい場所があるの」

「何処に行きたいの?」

「母様と父様が眠っている場所に連れて行って」

「いいよ、着替えておいで」

「はい」


 わたしはベッドを降りた。

 自室の扉を開けて、部屋に戻ると侍女達が涙を浮かべていた。


「どうしたの?」

「奥様が起きてこられて、喜んでいるのです」

 カリタが口にして、皆さんがそれぞれ動き出した。

 皆さんは、とても優しい。

 この帝国に来て、わたしはたくさんの人に愛されてきた。

 その愛がなければ、わたしは生きていなかったかもしれない。

 感謝をしながら、久しぶりにドレスを身につけた。

 まだ寒い時期なので、白狐のコートを身につけた。

 白い狐が多くいるはずもないのに、狩られてコートにされてしまった。このコートは可哀想な白狐を弔いながら着ていることをシオンは、気づいているだろうか?

 わたしは質素でいいの。

 動物の毛皮は、動物の命を奪い人がその柔らかな毛皮を略奪しているのだ。

 人とは、何処までも貪欲で我が儘だ。

 わたしは贈られたこの毛皮を着るたび、心に思う。

 次に、シオンがこの様なプレゼントを買わないように、身につけない選択肢もあるが、そうしたら、狩られた白狐が誰にも触れられずに、朽ちていくような気がして、それも可哀想で、結局、大切に着ている。

 わたしには、この一着で十分だと分かってもらいたいから、身につける。

 冷えていた体が、コートで温められる。


「行ってらっしゃいませ」

「行ってきます」

 いつものように、声をかけて頭を下げる侍女達を見て、泣きそうになってしまう。

 わたしは、本当にたくさんの人に愛されていると思う。

 カリタが寝室の扉を開けた。

 そこには、外出着に着替えたシオンがいた。

 優しく微笑む旦那様がいる。

 そっと手を繋がれ、シオンは「綺麗だよ」と囁く。

 本当にこの人は、わたしに甘い。優しい人だ。


「シオン、この白狐のコートは暖かだけれど、もう二度と毛皮のコートはわたしに贈らないでね。動物が可哀想なの」

「とても似合っているのに、でも、分かった。アナは優しい。命を奪って作られたコートを身につけるのが辛いなら、着なくてもいいのだよ」

「そうしたら、殺された白狐が可哀想だから、これだけは身につけるけど、他はいらないから。お願いね」

「ああ、分かった。これからはアナが心を傷めるような物はプレゼントしないように気をつける」

「ありがとう」


 シオンはやはり優しい。

 きちんと話せば理解してくれる。

 今日もシオンの近衛騎士が、わたし達をきっちりと護衛している。

 馬車に乗ると、静かに動き出した。


「ご両親に会いたくなったのか?」

「とても会いたい」

「俺では、アナの孤独を癒やしてやれないか?」

「いいえ、シオンがいなければ、わたしはもう生きてはいなかった。生きる事に疲れていたの。シオンが好き。愛している。この手を離さないでね」

「離したりしない。俺の前から消えたりするなよ。孤独は癒える。俺が癒やす。俺の愛は消えたりしない。アナしか愛さない」


 わたしは何度も頷いた。

 シオンがわたしを抱きしめてくれる。

 墓地に着き、わたしはシオンと手を繋ぎ、両親の墓地に来た。

 わたしは、母様と父様に相談する。

 恨みはどうしたら晴れるのでしょう?

 兄様はわたしを殺せば、気が晴れるのでしょうか?

 わたしを忘れている事は、責めたりしない。わたしも兄様を忘れているのだから。

 たった7歳の子供の記憶は、歳を重ねるたびに忘れていくのが普通だ。

 兄様は、母様を失ったときに、わたしの存在も失ったに違いない。

 壊れていく家庭の中で、孤独に耐える幼い兄様をお救いしたいのです。

 母様、わたしに力をください。

 そっと立つと、「もういいのか?」とシオンは尋ねてきました。


「はい、迷いはもうありません」


 わたしは皇太子妃としての笑顔を見せた。


「帰りは、兄様の家の前を通ってくださいますか?」

「ああ、生家を見てみたいのだな?」

「はい」

「その後は教会に、わたし達が愛を誓った教会に連れて行ってください」

「ああ、いいだろう」


 今日のわたしは、シオンがくれた赤いアネモネの花を持っている。

 道に迷わないように、今日は持っていたい。

 シオンは、わたしの生家の前を通った。

 やはり大きな邸だった。

 庭園もあり、邸も由緒ある建物のようだった。

 記憶はやはりない。

 道だけ、記憶に残す。

 最後に教会に連れて行ってくれた。

 馬車から降りた所で、白い教会の礼服を着たペリオドス様が掃除をしていた。

 わたしは目を疑った。

 ペリオドス様は掃除などしたことはなかった。


「彼はこの教会で仕事をさせて欲しいと願い出たらしい。教会の掃除も孤児院も手伝っているようだ」


 ペリオドス様は気配を感じたのか、顔を上げた。

 視線が合った。

 ペリオドス様は嬉しそうに微笑んで、お辞儀をすると、教会の中に入っていった。


「誰もおりませんので、ごゆっくりどうぞ」


 そう告げて、教会の奥へと消えていった。

 自分で居場所を作った彼は、さすがだと思った。

 王子だった頃は、頭も下げたこともなかったのに、すっかり馴染んでいる。

 元気な姿を見ることができて、よかった。


「今は牧師見習いをしているそうだよ」

「そう、目標ができてよかった」

「秘密にしておきたかったが、いずれ目にするだろう。俺はアナに対しては、心が狭い。嫉妬してしまう。だが、ペリオドスはきちんとわきまえている。だから、ここにいることを許した」

「シオンは、ずっと前から知っていたの?」

「ああ、帝国の中央都市の事は、ほぼ知っている」

「さすが、次期皇帝ね」

「俺にはこの帝国を守る責任がある。それからアナを幸せにする責任もな。不安に思うことがあれば、何でも言いなさい」


 わたしはシオンを見つめた。

 言葉に出そうとしても、言葉は出てこない。

 仕方なく、微笑む。

 お人形のような、微笑みは、公務用だ。


「マリアナ、何を考えておるのだ?」

「よく分からないの」


 今度は公務用の笑顔を作るのを失敗した。

 泣きそうな顔になり、急いで俯いた。


「祈りに来たのだ。さあ、中に入るぞ」

「はい」


 シオンは直ぐに神殿の前に連れて行ってくれた。

 わたしは膝をつき、手に持っていた赤いアネモネの花を床に置いた。それから、神に祈る。

 シオンが幸せでありますように。

 兄様の恨みが晴れますように。

 シオンが作るこの国が、平和でありますように。

 もう一つ、

 ペリオドス様の夢が叶いますように。

 今日のシオンは、いつまでも祈らせてくれた。


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