《完結》愛されたいわたしは幸せになりたい

綾月百花   

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68   燃える両親の絵画

 馬を下り、建物の入り口に立つ護衛騎士に近づいていった。


「夜分に申し訳ございません。わたしはマリアナと申します。クラクシオン皇太子殿下の妻になったマリアナです。兄様に会いたくて、突然ですが訪問しました。アルギュロス・プロートニク公爵様にお目にかかりたいのです」


 わたしはできるだけ丁寧に、自分の存在を騎士に話した。


「マリアナお嬢様ですか?」

「はい」

「これはこれは、よくお戻りくださいました。乳母を呼んで参ります」

「お願いします」


 騎士は門の所から、玄関に向かって走っていく。その間に、馬の手綱を門の外に縛った。

 それから、騎士の後を追った。

 外から見るより庭は広く見えた。

 芝が張られた一角に、壊れたブランコが置かれていた。

 あのブランコで遊んだ事があるのだろうか?

 騎士は乳母の返事がないので、自分で扉を開けた。

 部屋の中は、赤い炎が見えた。 

 玄関扉の中から、黒っぽい煙も出ている。

 火事だ。

 騎士は邸の中に飛び込んでいったが、わたしも邸の中に飛び込んだ。

 いったい何が起きて、火事など起きたのだろう?

 今日は確かに冷えるが、暖炉がいるほどではない。

 壁に大きな絵画が二つ並んでいた。

 若い父様と母様だと直ぐに分かった。その絵画が燃えかけている。

 その下に誰かが倒れている。

 わたしは急いで怪我人のところに急いだ。

 騎士は声を上げた女性を抱き上げて、外に運び出している。

 メイドや使用人達が出てきて、部屋の消火が始まった。

 けれど、火の回りが早い。


「大丈夫ですか?」


 倒れていた女性に声をかけると、うっすらと目を開けた。

 もしかしたら乳母かもしれない。


「坊ちゃんを」


 わたしは頷いて、女性をその場に寝かせた。

 女性の胸辺りが血で汚れていた。

 上にいるのが兄様に違いない。


「兄様」


 声をかけても沈黙している。

 長めの前髪を指先で避けると、右の眼球が潰れていた。

 なんて残酷な事をするのだろう。

 他にも顔を狙った攻撃の痕が残っている。

 潰れた眼球からの汚染が心配だった。ハンカチを眼帯にして、兄様を抱き上げる。

 兄様は軽かった。

 シオンは重くて、抱き上げる事はできなかったけれど、兄様は女性並みかそれ以下の重さしかなかった。

 抱き上げて、外に連れて行く。


「生きて、兄様」


 意識はなかった。

 アロージョ医師を呼びたかった。

 乳母は護衛騎士が連れ出してくれた。


「坊ちゃんをお助けください」


 乳母は意識があった。


「誰がこんな事を?」

「盗賊よ!」

「違うわ、アリス様です」

「黙れ!乳母、盗賊が来たのよ」

 アリス殿だけ無傷だった。

 ドレスが血で汚れている。

 怪我はしてないようだった。

 わたしは両親の肖像画を助けたかった。

 もう一度、邸の中に入った。

 父様と母様は、燃えていた。

 逝かないで。

 やっと会えた両親が消えてしまう。

 わたしは白狐のコートを脱ぐと、そのコートで絵画に移った炎を消していった。


「アナ、絵画は諦めるんだ」

「いや、父様と母様にやっと会えたのに、燃えないで」

「アナ、危険だ」


 わたしはシオンに抱き上げられて、外に連れて行かれる。

 白狐のコートは床に落としてしまった。

 外に出ると、乳母が立っていた。

 手には、騎士の剣を持っている。


「兄様は」


 わたしはシオンの腕の中から出て、横たわる兄様の元に急いだ。

 兄様はわたしを見た。

 左目でわたしを見て、わたしの頭を撫でてくれた。

「ごめんな。アナのことは、忘れたことはないよ。話さなければいけない事がたくさんあるのに、拒絶して、本当にごめん。ぼくはアナに嫉妬していたんだ。ずっとずっと昔から。父上にアナを見せたかった……」

「誰が兄様を、こんな姿にしたの?」

「アリスだよ。今日、浮気をしてきた穢れた女だ。離婚を進めるつもりだった。まさか、悲劇のヒロインになろうとするなんて。両親の思い出のある邸を燃やされるなら、殺してしまえば……」


 兄様は、激しく咳き込んでいる。

 メイドが兄様の背中をさすっている。

 アリス。

 兄様の奥さんが、兄様を裏切って、殺害しようとして、燃やしたのだ。

 もっと早く、宮殿を抜け出してくればよかったのに。

 食事もお風呂も拒絶すればよかったのに、いい子でいる事に必死だった。

 兄様をお守り致します。


「乳母、代わって」

「お嬢様」

「わたしは乳母より強いわ」

「はい、お嬢様」


 わたしは乳母から、剣を奪うと、アリスに剣を向けた。


「よくもわたしの思い出の邸をめちゃくちゃにして、大切な兄様を殺そうとしたな」

「記憶喪失のくせに。裏切り者のくせに。よくもそんな口をたたけるわね」

「シオン、この国は、敵討ちは許されているの?」

「許されてはいないが、殺さない程度に戦うのは、許そう」

「ありがとう」


 わたしは、アリスに向かって剣を振るう。

 兄様がなくした、右目を潰し、剣を捨てた。

「きゃー!」

「兄様とお揃いよ」

 倒れたアリスを放置して、兄様の元に戻る。

 兄様は、目だけではなく、他にもたくさん怪我をしている。


「生きて、兄様」

「直ぐに救護班が来る。死ぬな、アナに話したいことがあるのならば、必ず話すんだ」


 シオンも兄様に話しかけている。

 わたしは兄様の出血点を探して強く押さえて、止血をする。


「シオンも手伝って、わたしが押さえている場所を、しっかり押さえて」

「ああ、分かった」


 わたしは出血の多い胸の上を強く押さえた。

 兄様は呻いたけれど、出血を止めなくては死んでしまう。


「乳母は横になっていて、血が出てしまう」


「はい、お嬢様」


 体は自然に動く。

 母様が隣にいるような安心感がある。


「待たせた」


 アロージョ医師がやって来た。


「アロージョ医師、兄様は右目を眼球破裂しているわ。傘か、尖ったもので突かれたのだと思う。肩に一カ所、胸に一カ所。深く刺されています。出血量は多いわ」

「よし、聞いたとおりだ。止血を交代する。3・2・1」

 すっと白衣を着た男性が、止血を交代してくれた。


「犯人のアリスは、右目の眼球破裂を起こしているわ。本当は脳まで潰してやりたかったけど、眼球破裂だけで我慢したわ」

「それは、よく我慢した」


 アロージョ医師が笑っていた。


「乳母は……」


 わたしは乳母を見た。

 乳母は目を閉じている。

 大量に出血している出血点は、胸に一カ所あった。

 わたしは鼓動を確認して、呼吸も確認した。


「……」


 わたしと同じように確認していた医師が、首を左右に振った。

 兄様に報せたくない。

 兄様は一人になってしまう。


「乳母は死亡」


 医師は報告してしまった。

 わたしは泣いていた。

 とても悲しかった。

 わたしをお嬢様と呼んだ声に覚えがあった。


『お嬢様、そんなに走ったら、乳母は追いつけません』

『お嬢様、木登りは危険です。ゆっくり降りてきてください』

『お嬢様、アルギュロス様の洋服を剥ぎ取ってはいけません』

『お嬢様、お食事の時は本を閉じてください。お行儀が悪いですよ』

『お嬢様、ドレスは脱いではいけません』

『お嬢様……』

 たくさん呼ばれていた。


「乳母、止血できなくてごめんなさい」

「アナは頑張っていた。その姿を俺は見ていた。自分を責めたら駄目だ」

 わたしはシオンに抱きついて、泣き顔を隠した。

「ここは危ない。邸が崩れる」

 シオンは自分のコートを脱ぐとわたしの肩にかけて、わたしを抱き上げて、避難する。

 わたしはシルクのネグリジェとガウンしか着てなかったから。

 白狐のコートは、両親の絵姿と共にあった。

 シオンの近衛騎士達が、シオンを囲った。


「病院に連れて行く。先に行くぞ」


 アロージョ医師は医師団を率いて、兄様と乳母とアリスを連れて行った。

 わたしはシオンの馬に跨がっていた。

 自分で馬に乗れるのに、目の前が霞むの。

 涙が止まらない。

 たくさんの思い出が、邸が崩れた瞬間に、脳裏に浮かんで、感情が追いつかない。

 わたしの家族はシオンの家族のように、笑顔に包まれていた。

 兄様は、とても物静かで、そんな兄様を笑わすために、わたしはいつも悪戯を考えていた。

 兄様は、わたしと兄様を比較して、いつも自虐的だったから、兄様に笑って欲しかった。

 いつも悪戯ばかりしていたから、乳母はいつもハラハラしていた。

 わたしが叱られていると、兄様はこっそり笑っていた。その笑顔が見たくて、また悪戯を考えていた。

 もっとたくさんの思い出があるはずだった。

 わたしが誘拐されなければ、苦しむ人もいなかった。

 わたしはやはりドゥオーモ王国の国王陛下を許せない。

 国王陛下が死ぬ瞬間、泣いてしまったけれど、泣いてしまったことが悔しい。

 一生、許さない。

 

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