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11 妊娠したかもしれません
2 つわりですか?
しおりを挟む株式総会は無事に終わり、奈都はホッとしていた。
響介は会社に出かけている。
奈都は黄色のニットと赤とグレーのチェックの、ハイウエストのスカートに、白いコートを身につけ買い物に出かけた。
亜稀が食べたがっていたビーフシチューとスペアリブの材料と鍋の材料を忘れないように買い、牛乳と卵、たくさんいろいろ買って、パン屋に寄ってパンを買い、コンビニの横の坂を上っていく。
「重い」
亜稀が学校から帰ってから買い物に行けばよかったと思いながらも、時間が余っていたので一人でスーパーに出かけた。
自転車買ったら、荷物は積めるが坂を上って歩くことは変わらない。
亜稀が言うように無駄だ。
ゆっくりうちに帰ってきて、片付けをすると料理を始める。
スペアリブの肉をタレに漬けて、その間にビーフシチューを作っていく。
いつもはいい匂いがするはずなのに、吐き気がする。
トイレに走って、吐いてしまった。
気分が悪い。
熱を測ったが、熱はなかった。
時計を見た。
亜稀は部活のはずだ。帰ったら、お腹を空かして帰ってくる。
なんとかビーフシチューだけ作って、奈都は自分の部屋に入って、ベッドに横になろうとしたが、また吐き気がやってくる。
自室の窓を開けて、部屋の空気を変えるが、気分はよくならない。
部屋中のビーフシチューの匂いにむかむかとする。
トイレに急いで吐いた。
トイレに座り込んだままでいるときに、亜稀が帰ってきた。
「奈都、どうしたの?トイレに座り込んで」
「お帰り、亜稀。気分が悪いの。ビーフシチューだけ作ったけど、スペアリブオーブンで焼けてない。オーブンにかけて」
「スペアリブは焼くからいいけど、体調大丈夫なの?部屋なんか寒くない?」
「窓開けたの、匂いで気持ち悪くなるから」
「部屋に送ろうか?」
「もうちょっとここにいる」
床に座り込んだ奈都は、トイレの壁に頭を凭れさせている。
顔は蒼白だ。
「とりあえず、荷物置いてくる。窓はどこ開けたの?」
「わたしの部屋」
「閉めるよ。部屋の中寒いよ。風邪引いちゃう」
「うん」
亜稀は部屋に戻って、奈都の部屋の窓を閉めると、奈都の元に戻ってきた。
「ベッドに送るよ」
奈都は首を左右に振る。
「まだ吐きそうなの。ご飯、仕上げてくれる?ごめんね」
「わかった」
亜稀の手が奈都の額に触れる。
「熱はないね。むしろ冷えてるよ」
亜稀は奈都の部屋に行くとカーディガンを持ってきて、奈都の肩にかける。
「亜稀、ありがとう」
奈都は目を閉じている。
亜稀は台所に行くと、奈都の作りかけの料理を仕上げていく。
奈都の咳き込みが聞こえ、トイレが流される音がする。
トイレをのぞきに行くと、トイレの扉は閉められていた。
「奈都、大丈夫?」
「吐き気がするだけ。大丈夫だから亜稀はご飯作って」
「扉開けるよ」
「うん」
奈都は蒼白な顔で壁に凭れていた。
「もしかして妊娠したんじゃない?」
奈都は顔を上げた。
「妊娠?」
「生理来てるの?」
「そういえば、来てない?」
奈都は下腹部を押さえる。
「これ、つわり?」
「かもしれないね」
亜稀が目の前に屈み込んだ。
「ここ冷えるから、体によくない。お布団に横になりなよ」
亜稀の手が奈都の体を抱き上げる。
「お風呂に入ってから、寝る」
「体、冷えてるから温めた方がいいかもしれないけど、無理はしない方がいいよ」
「うん」
部屋の前で下ろされた。
亜稀は嬉しそうだ。
「お風呂場に運ぼうか?」
「歩けるから」
「そう、残念。響介に連絡してやろうか?」
「駄目。まだ妊娠したかわからない」
面白がっている亜稀を置いて、奈都は部屋に戻ってパジャマと下着を用意すると、お風呂に走って行く。
「奈都、走るな。転んだら危ない」
奈都の後ろ姿に、亜稀が声を上げた。
(妊娠しちゃったのかな?)
お風呂の中で、奈都は下腹部に触れていた。
響介は確かに毎日奈都を抱いている。溢れるほどの精液を注がれていることは確かだ。響介自身が妊娠を望んでいる。
奈都は生理予定日を忘れていた。
排卵誘発剤を飲んでいる。妊娠してもおかしくはない。
響介の子供を欲しいと思っていたが、もし、自分のような特殊な体を持った子供が生まれたらどうしようと考えていた。
響介は結婚しようと言っていたが、兄妹で結婚はできない。
(どうしよう・・・)
お風呂に入ったら、少し吐き気が落ち着いてきたが、頭が冷静になってきた。
不安ばかりが押し寄せてくる。
奈都はお風呂から出て、部屋に戻った。
カレンダーを確認する。
生理予定日から10日以上も過ぎていた。
スマホを持って布団に入る。
両性具有の妊娠を検索したが、何も出てこなかった。
不妊という単語は出てくるのに。
スマホにメールが届いた。
「響ちゃん、今日は泊まりなんだ」
出張になるかもしれないと聞いていたので、仕方がない。
そばにいて欲しいけど、甘えたことは書けない。
『頑張ってね』と送って、スマホを閉じた。
扉が叩かれて、亜稀が「開けるよ」と言った。
「うん」
亜稀が部屋に入ってきた。
「響介泊まりだって」
「うん、メール来た」
「教えたのかよ?」
亜稀が屈んで目の高さを同じにする。
「まだわからないし。もし妊娠してても産むかどうかも考えないと」
「響介、あんなに欲しがっていたのにか?」
「わたしみたいな子供が生まれたら、かわいそうだよ」
「奈都は自分がかわいそうだと思っているのか?」
亜稀は怒っている。
「できれば普通の子に生まれたかった。戸籍が空欄って寂しくない?」
「だったら、今すぐ女って書いてこいよ」
奈都は首を振る。
「兄妹で結婚できないこと忘れてた」
奈都の目に涙が浮かんでくる。
「奈都、それは」
亜稀は教えようかと迷って、やめた。
教えるのは響介でないといけない。
家長であり、奈都の旦那になるなら、本人から聞かなければいけない。
奈都の心を受け止める責任は、亜稀にはない。
「亜稀、今夜、ご飯いらない。もう寝るね」
「わかった。具合悪くなったら言えよ」
「うん」
亜稀は部屋から出て行った。
亜稀はメールの返信に『バカ響介』と書いて送った。
翌朝も、奈都はトイレに座り込んでいた。
「いつからここにいたんだよ?」
「覚えてないけど、夜から」
亜稀は奈都の体に触れる。体が冷えていた。
「風邪引くだろう。上着くらい着ろよ」
「だって、吐きそうだったから」
奈都は泣きそうな顔をしていた。
「具合悪くなったら言えって言っただろう」
「怒らないでよ。そんな余裕なかったの」
亜稀は毛布を持ってきて、奈都の体にかける。
「もういいから、出て行って。気分悪いの」
奈都は亜稀の体を押す。
「吐いてばかりで、何か飲んでるのかよ?」
奈都は首を振る。
「なんなら飲めそう?」
「飲んだら吐きそう」
「あー。もう!」
亜稀は台所に駆けていく。
買い置きしているペットボトルを三本か持ってきて、奈都の前に並べた。
「吐いてもいいから、少しずつ飲め。脱水起こす」
「わかった。亜稀、ありがとう。学校遅刻するよ」
「置いて行けるかよ」
亜稀は大きなため息をついた。
「つわりって病気じゃないんでしょ?」
「病気ではないかもしれないけど、つわりは酷いと病気になるんだって。昨日調べた」
「少しずつ飲むし、毛布もあるから、亜稀は学校に行って」
「ああ、今日はテストあるんだった。部活は休んで早く帰るから。具合悪かったら、絶対に連絡して」
亜稀は奈都の部屋に行ってスマホを持ってきた。
手渡して、何度も言い聞かせる。
「絶対に連絡しろ。俺もするから」
「うん」
亜稀は急いで着替えると、家を出て行った。
奈都は言われたとおり、少しずつ飲み物を飲んで、気分が悪くなって吐いてを繰り返していた。
何度も亜稀から連絡が来た。
「少しずつ飲んでるから」
奈都の声が涙声になっていて、亜稀は放っておけず、テストが終わったら早退してきた。
学校の帰りに経口補水液を買って、急いで家に戻った。
奈都はまだトイレに座っていた。
毛布を巻き付けて震えている。
「奈都、病院行く?」
「いや」
「でも、顔色蒼白だし、げっそり痩せてきたよ」
「体、誰にも見られたくないから、病院に行かない」
奈都のかかりつけ医は、大学病院だ。
「じゃ、大学病院まで連れて行くから」
「産むかどうか聞かれても、答えられないから行かない」
涙声で震えながら拒絶してくる。
「奈都」
亜稀は途方に暮れる。
「響介に電話しろよ」
「仕事中は連絡しない」
「じゃ、俺がする」
「電話しちゃ駄目」
奈都は泣きながら、スマホを取り上げようとしてくる。
急に動いて吐き気が来たのか、亜稀の体を押すと扉を閉めた。
苦しそうに吐いている。
水を流す音が聞こえて、亜稀は「奈都」と声をかける。
「響介、きっと喜ぶと思うんだけど」
「わたしがバカだった。兄妹で結婚できないって、なんで気づかなかったんだろう」
泣き声が聞こえる。
「奈都、泣かないでよ」
ここで本当は兄妹じゃないじゃないと言えば、もっと泣かれるに決まっている。
それこそ、家出するレベルだ。
「響介のばか」
肝心なときにいない。
亜稀はリビングに行くと、響介に電話をした。
『なんだ?』
電話に出た響介は不機嫌な声を出した。
「おまえ学校は?」
「それどころじゃないから連絡してんだよ」
亜稀も不機嫌な声を出した。
「離婚の危機だ」
『誰のだ?』
「響介と奈都」
『は?』
動転したような声を出した。
「奈都家出するかも。動ければだけど」
『どうしてだ?』
声を潜めている。誰かが近くにいるのだろう。
「昨日から吐いているんだ。ずっと。生理も来てないらしくて。妊娠かも」
『なんだって?』
亜稀はスマホを遠ざける。叫ぶ声でスピーカーが音割れした。
「兄妹で結婚できないからって、昨日から泣いているんだよ」
「すぐ帰る」
「早く帰って、もう俺じゃ無理」
「目を離すなよ」
ぷつりと電話が切れた。
1時間も経たないうちに響介は帰ってきた。
「奈都、帰ったよ」
玄関で声をかけて、そのままトイレに向かう。
「響ちゃん」
響介の姿を見た瞬間に、奈都は泣き出した。
「どうしよう。妊娠してたら困る」
響介はトイレに座り込んでいる奈都を毛布ごと抱きしめた。
「困らないだろう?僕は嬉しいよ」
奈都は首を左右に振る。
「生理10日以上も遅れているのを忘れてた。冷静に考えればわかるはずなのに、兄妹で結婚できないのも忘れてた」
この世の終わりを見たように、奈都は泣き続ける。
「病院に行こうか?」
「嫌だ。怖い」
こんなに吐き気がしたのは初めてだった。
お腹に赤ちゃんがいたら、どうしたいいのかわからない。
「でも奈都、飲めないし食べられないんだろう?ずっと吐いてるって。少し会わないうちに、痩せて窶れてるよ」
「わたしみたいな子だったらどうするの?もっと考えるべきだった」
「今は何も考えないで。病院で診てもらおう」
響介は毛布ごと奈都を抱き上げて、亜稀に目配せした。
「行きたくない」
「僕もついていくから」
ごねる奈都を抱きしめて、強引に家から連れ出し車に乗せた。
いつもの救命救急センターで、検査をしてもらって、奈都は点滴室に横になっていた。
奈都の子宮に胎児はいなかった。
「酷い脱水ですから点滴をしますね。吐き気止めもいれておきます」
呆然としている間に、奈都の腕には点滴が刺されていた。
超音波検査で見た子宮には何もなかった。
卵巣の中には、成熟卵胞はないと言われた。
(むしろ不妊?妊娠じゃなかった)
安心もしたけどショックも受けていた。
「女の子として生きていくと決めたんですね」
婦人科の医師に聞かれて、奈都は頷いた。
「積極的な治療をしていきましょう」
腕に注射を打たれて、月に一度来るようにと言われた。
飲み薬も出された。
「点滴2本入れていきます。明日も吐き気があるようなら、また来てください」
奈都は頷いた。
「ありがとうございます」
響介は丁寧に頭を下げた。
「奈都、今回は残念だったけど、まだチャンスはあるから」
奈都は首を左右に振る。
「もうしない。子供いらない。響ちゃんのこと忘れるようにする」
「奈都、家に帰ったら大切な話があるんだ。その話を聞くまで、何も決めないでくれるか?」
「辛くて悲しい話なら、何も知りたくない」
また泣き出してしまった。
昨夜のメールの返信に『頑張ってね』と打ち込みながら、奈都は一人で苦しんでいたと思うとメールではなく電話にすればよかったと後悔していた。声を聞けば奈都の異変に気づけたはずだ。
ハンカチで奈都の涙を拭っていると、奈都の瞼がトロンとしてきて、そのまま眠ってしまった。
点滴の様子を見に来た看護師が「薬が効いてきて楽になってきたんでしょう」といいながら、出て行った。
2本の点滴を終えると、響介は眠った奈都を抱いて車に運ぶと家に連れて帰った。
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