桜の奇跡 ~赤い糸の絆~

綾月百花   

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桜の奇跡  ~赤い糸の絆~

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 病院の医局は外科と内科に分かれているが、センターの医局はひとりひとりに与えられている。不規則な呼び出しで、少しでも仮眠を取れるようにとの配慮だ。
 原は医局に戻ると机にあるコーヒーメーカーのスイッチを入れた。すぐにぽこぽこと音が聞こえだし、香ばしい香りが立ちはじめる。
 日勤夜勤の時は、17時から20時まで食事と仮眠の時間がもらえる。
 もらえるといっても、救急車がたくさん入ってきたら休憩時間は短くなる。それでも、なんとか片付けて、休憩に入る。
 引っ張るだけでベッドになる長椅子に座ろうとした瞬間、眩暈がして、そのまま床に膝をつくと、崩れるように倒れてしまった。起き上がろうとしても、力が入らない。ソファーベッドで横になったほうが体のためだと思うが、体は起き上がらなかった。
 次から次へと入る救急車に、お昼ご飯も食べる時間がなかった。夕ご飯を買いに行く時間も面倒で、少しでも横になりたくて医局に戻ってきた。
 人前で倒れなかったのは不幸中の幸いだ。
 低血糖と貧血。自分で診断をする。食事も睡眠もきちんと取っていない。原因は分かっているが、改善できない。原の眠りは浅くて短い。PTSD(心的外傷ストレス障害)で、悪夢で目覚めるため、眠るのが怖い。不健康な生活を送っていると食欲も落ちてくる。悪循環だった。
 トントンとノックがされて、返事を返す前に扉が開いた。
「晃平いる?」
「っ」
「大丈夫なのか、おまえ?」
 つかつかと入ってきて、床に倒れている原の脇に両腕を差し込むと抱え上げ、ソファーに座らせてくれる。
「いつも倒れてるんじゃないだろうな?」
「そんなにしょっちゅう倒れていませんよ。疲れていることには変わりありませんけど」
「顔色真っ青だぞ。センター長はおまえが倒れてること知っているのか?」
「知らせるつもりはありません。勝手に医局に入ってくるのは加納先生だけですから」
 気だるげに、原は加納の顔を見上げた。
「なんかいい匂いしますけど。差し入れですか?」
「一緒に食べようかと思っていろいろ買ってきた」
 白いビニールの中から、パックがたくさん出てくる。
「この間、食事会があった中華の店でテイクアウトがあるのを見つけてな。本当は晃平と食べに行きたいが、なかなか連れ出すチャンスがなくて。押しかけることにしたんだ」
「いただきます」
 加納の言葉をスルーして、ふたつあったあんかけ焼きそばを手に取ると、割り箸を二つに割り、もぐもぐと食べだす。まだ温かい食事は確かに美味しい。
「ほら、他のも食べろよ」
「あ、はい」
 八宝菜に酢豚、麻婆豆腐に五目春巻き、デザートには杏仁豆腐がふたつ。ジャスミンティーのペットボトルが何故か四本も並んでいた。
「洗濯や掃除させるつもりはなかったんだが、片付けていってくれたんだな」
「一晩世話になったし、食事も奢ってもらいましたから」
 食べたあんかけ焼きそばの器に、おかずを取り分けてくれながら、加納は穏やかに微笑んでいる。
 加納から微妙に視線を外したまま、原は黙々と差し入れを食べる。
 八宝菜も酢豚も本格的な味がした。ぴりっと辛い麻婆豆腐はご飯が欲しくなる。五目春巻きは歯ごたえがあって、しっかりお腹にたまっていく。空腹だったお腹が、久々の食事を喜んでいるようだ。
 デザートの杏仁豆腐は口当たりがよく、程よい甘みが疲れた体にしみこんでいく。
「今日は日勤夜勤か?」
「そうです」
「明日の朝は、俺の家に帰ってこいよ」
「なぜ?」
 不思議そうに原は視線を向けた。
「鍵は渡しただろう?ゆっくりベッドで休め」
「あ、そういえば鍵、返します」
 原は食べかけの杏仁豆腐を机に置くと、すっと立ち上がって目を閉じる。
 眩暈は起こさなかった。
 ほっとして目を開ける。
「返さなくていい。いいから座って食べろ」
 慌てた加納が原の両肩を掴む。視線が絡む。真っ直ぐな瞳に抗えなくて、原はすとんとソファーに座った。視線を下げたまま、原は食べかけの杏仁豆腐を手に持った。
「明日は帰るのか?」
「気が向いたら帰ります」
「そうしたら、明日勤務が終わったら迎えに行く」
「明日は夜勤日勤です」
「いつだったら、ちゃんと会えるんだ?」
「さあ、いつなんでしょう?僕は仕事がすきですから」
 愛する人は口元だけで笑みを作る。視線も合わせずに。
 よそよそしい顔は、ふたりの熱い夜などなかったかのような表情だ。
 近づいたと思った二人の距離は、果てしなく遠い。
 その笑みを見て、加納は届かない想いに怒りが込み上げてくる。
「好きなら、もっと体調管理しろよ。患者の前で倒れたいのか?」
 思いがけず大きな声で怒鳴ってしまった。原の肩が大きく震える。
「・・・すみません、加納先生。明日は帰って寝ます」
 指導医に叱られて、杏仁豆腐を机に置くと、原は深く頭を下げる。
 下げた頭がなかなか上がらない。
 怒鳴るつもりはなかった。泣かせたいわけでもない。本心では抱きしめたい。なのに、心がすれ違っていく。
「晃平」
 肩を掴まれて原は、ゆっくり体を起こす。
 視線を下げたまま「少し仮眠します。ごちそうさまでした」と言って、もう一度深く頭を下げた。

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