桜の奇跡 ~赤い糸の絆~

綾月百花   

文字の大きさ
12 / 35
桜の奇跡  ~赤い糸の絆~

2-5

しおりを挟む


 夜勤帯はドクター二人にナース二人だ。
 今日の夜勤帯のドクターの片割れは、心臓外科出身の御園だった。
 彼は二十七歳と若手だ。
 医師歴5年と原とキャリアは同じだ。
 彼は若くても優秀なドクターだ。
 身長や体つきは原とよく似ているため、後ろ姿でよく間違われることが多い。
 口調も穏やかで少年のような声だけど、高すぎず煩くは聞こえない。
 そんなところも原とよく似ていた。
「加納先生がお見えになって、原先生に食べさせてくれと言って差し入れを置いてくださったんです」
「フィナンシェですか?」
「しばらく仕事ぶりをご覧になっていましたよ」
 倒れていた原を心配して顔を見に来たのだろう。
「加納先生は僕の指導医でしたから、今でも色々と気遣ってくださるんです」
 御園の前にも紅茶が置かれていた。
 室内がほんのりといい香りに包まれる。
「そういえば、原先生は消化器外科出身でしたね」
「ええ、前期研修の時、二年間、加納先生にはお世話になりました」
「いいなぁ。加納先生ってジェントルって感じでナースにも人気あるんですよ」
 ナースの杉浦がフィナンシェを食べながら、明るく言う。
「それを言うなら、原先生や御園先生もナースに人気あるんですよ」
 ナースの南が声を上げる。こちらも紅茶を入れている。
 センターのスタッフには名前入りのマグカップがある。
 白いマグカップに英字の筆記体で書かれた名前と様々な花。
 原の花はピンクの薔薇だ。
 センターに所属すると皆で出し合っているおやつ代からプレゼントされる。
 オリジナルカップを取り扱っているお店で、紅茶のティーパックも購入しているらしい。
 ティーパックでも本格的で美味しいし香りもいい。
 コーヒーも病院の方の医局より美味しいものが用意されている。
 一口チョコレートとキャンディは、決まった時間に食事を食べられないスタッフがつまめるように、いつでも準備されている。
 忙しいけれど恵まれた環境だ。
「僕たちと加納先生とではまったく真逆なタイプですよ。ねえ、原先生」
「そうですね。加納先生は体つきもしっかりなさって・・・コンコン・・・」
 ふと彼の裸体と熱い夜を思い出して、原は咳きこむことで赤面を誤魔化した。
 体の中に置かれた熾火が、熱を放つ。
 不快な熱ではなく、胸があたたかくなってくる。思わず微笑んでしまいそうな、優しい気持ちになる。
「大丈夫ですか?原先生」
 御園が顔を覗きこんでくる。
「少し顔が赤いですね。熱でしょうか?」
「いえ、大丈夫です」
「夜は冷えますから、温かくなさった方がいいですよ」
 御園はスクラブの上に、まだ冬のカーディガンを羽織っている。
「そうですね」
 原はにっこり微笑んだ。
 御園が咳き込んだ。顔が真っ赤だ。
「御園先生も、風邪気を付けてくださいね」
「そうですね」
 御園はカップに残っていた紅茶を飲み干し机の上に置いた。
「原先生と御園先生、紅茶、まだポットにありますから、カップに入れますね」
「ありがとうございます」
「すみません」
 杉浦が気を利かせて、ふたりのカップに等分に紅茶を注いでくれる。原はそれをゆっくり飲んで、小さくほうと息を吐く。
「原先生にって持ってきてくださったんですから、ちゃんと食べてくださいよ」
 南がフィナンシェを原の前に三つ置いた。
 箱の中が空になった。
 フィナンシェは上品なバターの香りのする甘すぎない味だった。
 自分の為に選んでくれたんだと思うと、嬉しくなる。
 ホットラインが鳴った。
 杉浦が電話に飛びつく。
 原は残っていた紅茶を飲み干し、トレーの上にカップを置いた。フィナンシェは白衣のポケットに入れた。
「市消防本部から入電です。五十代男性噴水用吐血です」
「受け入れOKです。何分で到着ですか?」
 原が答えると、お茶会は解散となった。
「十分です」
「すぐ戻ります」
 原は初診室を飛び出すと、自分の医局に駆けこんで、引き出しにフィナンシェを大切にしまって、すぐにセンターに戻っていった。
 センターの扉の外では電灯に照らされた八重の枝垂れ桜が、薄紅色の花弁を散らしていた。
「綺麗な夜桜ですね」
「春爛漫ですね」
 救急車を待ちながら、原と御園は美しい桜を見上げていた。


『加納先生へ
 中華の差入れの上にフィナンシェの差入れをありがとうございました。大切に食べさせていただきました。今日は自宅に戻って眠ります。心配をおかけしました。
                                    原晃平』

 前期研修の時に交換したスマホのアドレスに、原は悩んだ末、初めてメールをした。

『夜勤お疲れ様、晃平。ゆっくり休んで寝ろよ。ちゃんと食事は摂るように』

 原の頬が笑みの形を作る。メールはすぐに返信があった。
 斜め掛けのショルダーバックにフィナンシェとジャスミンティーを一つずつ入れた。
 他の三本は医局の引き出しの中だ。
 シフト表はもしかしたら、もう調べたのかもしれないが、添付で送っておいた。

 桜の花びらが散る中を歩きながら、そっと掌を差し出す。はらはらと舞い散る花びらが、掌の上に重なっていく。想いが重なるように花びらが重なっていく。足を止めて、桜を見上げる。桃色の八重の枝垂れ桜は見事に花を咲かせていた。掌の上に積もっていく花びらを優しく握り、ポケットからハンカチを取り出すと、それを拡げた。ハンカチの上に桜の花びらが積もっていく。
「きれいだなぁ」
 白いハンカチが桃色に染まっていく。原はしばらく足を止めて桜を見上げていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

青龍将軍の新婚生活

蒼井あざらし
BL
犬猿の仲だった青辰国と涼白国は長年の争いに終止符を打ち、友好を結ぶこととなった。その友好の証として、それぞれの国を代表する二人の将軍――青龍将軍と白虎将軍の婚姻話が持ち上がる。 武勇名高い二人の将軍の婚姻は政略結婚であることが火を見るより明らかで、国民の誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。 そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍・星燐は家族に高らかに宣言し母国を旅立った。 「私は……良き伴侶となり幸せな家庭を築いて参ります!」 幼少期から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた星燐の願いは叶うのか。 中華風政略結婚ラブコメ。 ※他のサイトにも投稿しています。

ほたるのゆめ

ruki
BL
恋をすると世界が輝く。でもその輝きは身体を重ねるといつも消えてしまった。そんな蛍が好きになったのはオメガ嫌いのアルファ優人だった。発情したオメガとその香りを嫌悪する彼に嫌われないように、ひたすらオメガである事を匂わさないようにしてきた蛍は、告げることの出来ない思いに悩んでいた。 『さかなのみるゆめ』の蛍と(木佐)優人のお話です。時間軸的には『さかな・・・』のお話の直後ですが、本編主人公達はほとんど出てこないので、このお話だけでも楽しめるかと思います。けれど『さかな・・・』の方も読んで頂けると幸いです。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される

コムギ
BL
アラバンド国の王弟ルカーシュは、騎士のシモンによって地下牢から救い出された。 その時、肌に触れたシモンに、やけどのような怪我を負わせてしまう。 ルカーシュは北の魔女の末裔であり、魔力を持っていた。 魔力を持たない者に触れると、怪我をさせてしまうという。 騎士団長からの命令で、シモンはルカーシュの護衛につくことになった。 ※他サイトにも掲載しています。

届かない「ただいま」

AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。 「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。 これは「優しさが奪った日常」の物語。

処理中です...