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桜の奇跡 ~赤い糸の絆~
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しおりを挟む夜勤帯はドクター二人にナース二人だ。
今日の夜勤帯のドクターの片割れは、心臓外科出身の御園だった。
彼は二十七歳と若手だ。
医師歴5年と原とキャリアは同じだ。
彼は若くても優秀なドクターだ。
身長や体つきは原とよく似ているため、後ろ姿でよく間違われることが多い。
口調も穏やかで少年のような声だけど、高すぎず煩くは聞こえない。
そんなところも原とよく似ていた。
「加納先生がお見えになって、原先生に食べさせてくれと言って差し入れを置いてくださったんです」
「フィナンシェですか?」
「しばらく仕事ぶりをご覧になっていましたよ」
倒れていた原を心配して顔を見に来たのだろう。
「加納先生は僕の指導医でしたから、今でも色々と気遣ってくださるんです」
御園の前にも紅茶が置かれていた。
室内がほんのりといい香りに包まれる。
「そういえば、原先生は消化器外科出身でしたね」
「ええ、前期研修の時、二年間、加納先生にはお世話になりました」
「いいなぁ。加納先生ってジェントルって感じでナースにも人気あるんですよ」
ナースの杉浦がフィナンシェを食べながら、明るく言う。
「それを言うなら、原先生や御園先生もナースに人気あるんですよ」
ナースの南が声を上げる。こちらも紅茶を入れている。
センターのスタッフには名前入りのマグカップがある。
白いマグカップに英字の筆記体で書かれた名前と様々な花。
原の花はピンクの薔薇だ。
センターに所属すると皆で出し合っているおやつ代からプレゼントされる。
オリジナルカップを取り扱っているお店で、紅茶のティーパックも購入しているらしい。
ティーパックでも本格的で美味しいし香りもいい。
コーヒーも病院の方の医局より美味しいものが用意されている。
一口チョコレートとキャンディは、決まった時間に食事を食べられないスタッフがつまめるように、いつでも準備されている。
忙しいけれど恵まれた環境だ。
「僕たちと加納先生とではまったく真逆なタイプですよ。ねえ、原先生」
「そうですね。加納先生は体つきもしっかりなさって・・・コンコン・・・」
ふと彼の裸体と熱い夜を思い出して、原は咳きこむことで赤面を誤魔化した。
体の中に置かれた熾火が、熱を放つ。
不快な熱ではなく、胸があたたかくなってくる。思わず微笑んでしまいそうな、優しい気持ちになる。
「大丈夫ですか?原先生」
御園が顔を覗きこんでくる。
「少し顔が赤いですね。熱でしょうか?」
「いえ、大丈夫です」
「夜は冷えますから、温かくなさった方がいいですよ」
御園はスクラブの上に、まだ冬のカーディガンを羽織っている。
「そうですね」
原はにっこり微笑んだ。
御園が咳き込んだ。顔が真っ赤だ。
「御園先生も、風邪気を付けてくださいね」
「そうですね」
御園はカップに残っていた紅茶を飲み干し机の上に置いた。
「原先生と御園先生、紅茶、まだポットにありますから、カップに入れますね」
「ありがとうございます」
「すみません」
杉浦が気を利かせて、ふたりのカップに等分に紅茶を注いでくれる。原はそれをゆっくり飲んで、小さくほうと息を吐く。
「原先生にって持ってきてくださったんですから、ちゃんと食べてくださいよ」
南がフィナンシェを原の前に三つ置いた。
箱の中が空になった。
フィナンシェは上品なバターの香りのする甘すぎない味だった。
自分の為に選んでくれたんだと思うと、嬉しくなる。
ホットラインが鳴った。
杉浦が電話に飛びつく。
原は残っていた紅茶を飲み干し、トレーの上にカップを置いた。フィナンシェは白衣のポケットに入れた。
「市消防本部から入電です。五十代男性噴水用吐血です」
「受け入れOKです。何分で到着ですか?」
原が答えると、お茶会は解散となった。
「十分です」
「すぐ戻ります」
原は初診室を飛び出すと、自分の医局に駆けこんで、引き出しにフィナンシェを大切にしまって、すぐにセンターに戻っていった。
センターの扉の外では電灯に照らされた八重の枝垂れ桜が、薄紅色の花弁を散らしていた。
「綺麗な夜桜ですね」
「春爛漫ですね」
救急車を待ちながら、原と御園は美しい桜を見上げていた。
『加納先生へ
中華の差入れの上にフィナンシェの差入れをありがとうございました。大切に食べさせていただきました。今日は自宅に戻って眠ります。心配をおかけしました。
原晃平』
前期研修の時に交換したスマホのアドレスに、原は悩んだ末、初めてメールをした。
『夜勤お疲れ様、晃平。ゆっくり休んで寝ろよ。ちゃんと食事は摂るように』
原の頬が笑みの形を作る。メールはすぐに返信があった。
斜め掛けのショルダーバックにフィナンシェとジャスミンティーを一つずつ入れた。
他の三本は医局の引き出しの中だ。
シフト表はもしかしたら、もう調べたのかもしれないが、添付で送っておいた。
桜の花びらが散る中を歩きながら、そっと掌を差し出す。はらはらと舞い散る花びらが、掌の上に重なっていく。想いが重なるように花びらが重なっていく。足を止めて、桜を見上げる。桃色の八重の枝垂れ桜は見事に花を咲かせていた。掌の上に積もっていく花びらを優しく握り、ポケットからハンカチを取り出すと、それを拡げた。ハンカチの上に桜の花びらが積もっていく。
「きれいだなぁ」
白いハンカチが桃色に染まっていく。原はしばらく足を止めて桜を見上げていた。
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