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桜の奇跡 ~赤い糸の絆~
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しおりを挟む小料理屋の『あかね』で夕食を食べることが多くなった。
和食と美味しい日本酒が、原の胃袋を掴みとった。
加納と食べ歩くようになってから、原は意識的に食事を摂るようになった。そうしたら、体調がよくなってきた。医局で倒れることもなくなった。
健康的な顔色になってきた。
出汁のしみたほくほくのじゃがいもと、甘さを感じる鮮やかな人参。出汁と醤油の色に染まった玉ねぎ、柔らかいお肉に、緑のインゲン。肉じゃがお洒落な器に盛りつけられて、原はじゃがいもを頬張りながら、目元に笑みを浮かべていた。
辛口の酒が和食に合う。
「今日は金目鯛の煮つけでございます。どうぞ、原先生」
「ありがとう、女将」
「女将、晃平ばかりに贔屓しないでよ」
「あら、加納先生にも同じものを用意しておりますよ」
「そうじゃなくってさ。俺の晃平に手を出さないでね」
「加納先生、何言ってるんですか?」
原は呆れたように加納を見上げる。
「最近は、原先生ひとりでもいらしてくださるんですよ」
「そうなのか、晃平」
「ここのお店、ランチもやっているんですよ。夜勤明けの時はほんとに助かるんです。ここのご飯は美味しいから。ひとりで食べるのも味気ないし。寮からも歩いてこられる距離がうれしい」
「うちの上得意さまですよ」
原はうふふと楽しそうに笑う。
お酒が入って、口が滑らかになっている。
小松菜と油揚げの煮びたしを口に運んで、もぐもぐと食べる。こちらも出汁の良く利いた味付けで、美味しい。
「加納先生に出会って、いいことって。美味しいご飯が食べられるところを教えてもらったってことでしょうか?」
「たったそれだけか?」
「さあ?」
クスクスと笑いながら、おちょこを空ける。
「加納先生と原先生は、ほんとうに仲がよろしいんですね」
「俺と晃平は、幼馴染なんだよ。幼稚園から医学部まで同じクラスでね」
「ずっと同じクラスだったんですか?」
女将が驚いたような顔を見せる。
「そうなんだよ。ずっと同じクラスで」
「加納先生。あまり過去のこと話さないでください」
「あら?なのに、原先生は敬語でお話しされるんですね」
「かたっくるしいやつなんだよ。晃平は」
「あらまあ」
「僕の悪口を言いふらさないでください、加納先生」
加納の皿から、出し巻き卵を一つつまんで、口に運ぶ。
「あ、俺の出し巻き卵!」
「言いふらした罰です」
「そういうやつには、こうしてやる」
加納は原がお気に入りにしている肉じゃがから、大き目のじゃがいもを一つつまんだ」
「僕のじゃがいもが」
「それなら、茶わん蒸しもらっとこう」
「ちょうど、出来立てですよ」
「出来立ての茶わん蒸し取るのか?」
「もう、食べてる」
小さめの木のスプーンで、宝箱のような茶わん蒸しを掬う。
「あ、ぎんなん、ちゃんと入ってる」
「うちの茶わん蒸しはぎんなんもお肉もしいたけも、入れられるものはたくさん入っております。別名宝探し椀といわれております」
「女将、その宝探し椀、もう一つもらえるか?」
「はーい。お待ちください」
ことりと置かれた蓋つきの茶碗の蓋を開けると、色鮮やかな海老が出迎える。しいたけの香りが美味しそうだ。少しあんかけのような作りも色合いを綺麗にさせている。
「女将、そろそろご飯ください」
「今日は白米と、鶏そぼろ丼を用意しておりますが、どちらにいたしますか?」
「鶏そぼろ丼で」
二人の声がぴったりと揃って、女将は「ほんとうに、仲がよろしいですね」と微笑んでいる。
ふたりは顔を見合わせた。自信に満ちた加納に対して、原は恥ずかしそうに頬を染めている。
木のスプーンがついてきて、そぼろをこぼさないように掬って食べた。出汁をふんだんに使っているのか、味付けはまろやかで、優しい味わいだ。
「今日のデザートは、春イチゴと赤ワインのゼリーです。いかがですか?」
「女将ください」
声がまた揃って、今度は原と加納が顔を見合わせて声を上げて笑った。
お互いに清算を済ませることができて、原はやっとホッとしていた。
いつも奢ってもらうのは気が引けて、いつかは奢りたいと思っていたが、そう言い合いしていると、知らぬ間に会計を済まされているので、割り勘にしましょうという提案をした。最初は拒絶されたが、奢ってもらうと食べに行きづらいと訴えると、やっと承諾してくれた。
「今日もうちに来るだろう?」
「どうしようかな?」
「来いよ」
「命令?」
「命令してほしいのか?」
「命令は嫌だな」
平等じゃない。
「澄人の家に、泊めてもらおうかな」
春の甘い風が吹き抜けていく。
加納の左手が原の右手を掴む。
暗闇がふたりの姿を包み込む。
最近は、加納の家で暮らす頻度が増えていた。
断る理由が見当たらない。
原も加納と一緒にいたかった。
加納も原と一緒にいたかった。
ふたりで帰れる日は、必ず加納の家に寄って、一緒に過ごしている。
SEXする日もあれば、抱き合ったまま、ただ寝るだけの日もある。近くにいれば、心が穏やかでいられた。
「僕は澄人が好きなのかな」
「好きなんだろう」
「好きかもしれない」
「もう認めろよ」
「好き」
「俺も好きだ」
子供の頃に戻ったようだ。
言葉遊びのように囁き合うのも楽しい。
繋いだ手を引っ張られ、ふたりで見つめ合う。
暗闇に包まれて、ふたりはそっと唇を交わす。
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