桜の奇跡 ~赤い糸の絆~

綾月百花   

文字の大きさ
24 / 35
桜の奇跡  ~赤い糸の絆~

4-2

しおりを挟む


 小料理屋の『あかね』で夕食を食べることが多くなった。
 和食と美味しい日本酒が、原の胃袋を掴みとった。
 加納と食べ歩くようになってから、原は意識的に食事を摂るようになった。そうしたら、体調がよくなってきた。医局で倒れることもなくなった。
 健康的な顔色になってきた。
 出汁のしみたほくほくのじゃがいもと、甘さを感じる鮮やかな人参。出汁と醤油の色に染まった玉ねぎ、柔らかいお肉に、緑のインゲン。肉じゃがお洒落な器に盛りつけられて、原はじゃがいもを頬張りながら、目元に笑みを浮かべていた。
 辛口の酒が和食に合う。
「今日は金目鯛の煮つけでございます。どうぞ、原先生」
「ありがとう、女将」
「女将、晃平ばかりに贔屓しないでよ」
「あら、加納先生にも同じものを用意しておりますよ」
「そうじゃなくってさ。俺の晃平に手を出さないでね」
「加納先生、何言ってるんですか?」
 原は呆れたように加納を見上げる。
「最近は、原先生ひとりでもいらしてくださるんですよ」
「そうなのか、晃平」
「ここのお店、ランチもやっているんですよ。夜勤明けの時はほんとに助かるんです。ここのご飯は美味しいから。ひとりで食べるのも味気ないし。寮からも歩いてこられる距離がうれしい」
「うちの上得意さまですよ」
 原はうふふと楽しそうに笑う。
 お酒が入って、口が滑らかになっている。
 小松菜と油揚げの煮びたしを口に運んで、もぐもぐと食べる。こちらも出汁の良く利いた味付けで、美味しい。
「加納先生に出会って、いいことって。美味しいご飯が食べられるところを教えてもらったってことでしょうか?」
「たったそれだけか?」
「さあ?」
 クスクスと笑いながら、おちょこを空ける。
「加納先生と原先生は、ほんとうに仲がよろしいんですね」
「俺と晃平は、幼馴染なんだよ。幼稚園から医学部まで同じクラスでね」
「ずっと同じクラスだったんですか?」
 女将が驚いたような顔を見せる。
「そうなんだよ。ずっと同じクラスで」
「加納先生。あまり過去のこと話さないでください」
「あら?なのに、原先生は敬語でお話しされるんですね」
「かたっくるしいやつなんだよ。晃平は」
「あらまあ」
「僕の悪口を言いふらさないでください、加納先生」
 加納の皿から、出し巻き卵を一つつまんで、口に運ぶ。
「あ、俺の出し巻き卵!」
「言いふらした罰です」
「そういうやつには、こうしてやる」 
 加納は原がお気に入りにしている肉じゃがから、大き目のじゃがいもを一つつまんだ」
「僕のじゃがいもが」
「それなら、茶わん蒸しもらっとこう」
「ちょうど、出来立てですよ」
「出来立ての茶わん蒸し取るのか?」
「もう、食べてる」
 小さめの木のスプーンで、宝箱のような茶わん蒸しを掬う。
「あ、ぎんなん、ちゃんと入ってる」
「うちの茶わん蒸しはぎんなんもお肉もしいたけも、入れられるものはたくさん入っております。別名宝探し椀といわれております」
「女将、その宝探し椀、もう一つもらえるか?」
「はーい。お待ちください」
 ことりと置かれた蓋つきの茶碗の蓋を開けると、色鮮やかな海老が出迎える。しいたけの香りが美味しそうだ。少しあんかけのような作りも色合いを綺麗にさせている。
「女将、そろそろご飯ください」
「今日は白米と、鶏そぼろ丼を用意しておりますが、どちらにいたしますか?」
「鶏そぼろ丼で」
 二人の声がぴったりと揃って、女将は「ほんとうに、仲がよろしいですね」と微笑んでいる。
 ふたりは顔を見合わせた。自信に満ちた加納に対して、原は恥ずかしそうに頬を染めている。
 木のスプーンがついてきて、そぼろをこぼさないように掬って食べた。出汁をふんだんに使っているのか、味付けはまろやかで、優しい味わいだ。
「今日のデザートは、春イチゴと赤ワインのゼリーです。いかがですか?」
「女将ください」
 声がまた揃って、今度は原と加納が顔を見合わせて声を上げて笑った。
 お互いに清算を済ませることができて、原はやっとホッとしていた。
 いつも奢ってもらうのは気が引けて、いつかは奢りたいと思っていたが、そう言い合いしていると、知らぬ間に会計を済まされているので、割り勘にしましょうという提案をした。最初は拒絶されたが、奢ってもらうと食べに行きづらいと訴えると、やっと承諾してくれた。
「今日もうちに来るだろう?」
「どうしようかな?」
「来いよ」
「命令?」
「命令してほしいのか?」
「命令は嫌だな」
 平等じゃない。
「澄人の家に、泊めてもらおうかな」
 春の甘い風が吹き抜けていく。
 加納の左手が原の右手を掴む。
 暗闇がふたりの姿を包み込む。
 最近は、加納の家で暮らす頻度が増えていた。
 断る理由が見当たらない。
 原も加納と一緒にいたかった。
 加納も原と一緒にいたかった。
 ふたりで帰れる日は、必ず加納の家に寄って、一緒に過ごしている。
 SEXする日もあれば、抱き合ったまま、ただ寝るだけの日もある。近くにいれば、心が穏やかでいられた。
「僕は澄人が好きなのかな」
「好きなんだろう」
「好きかもしれない」
「もう認めろよ」
「好き」
「俺も好きだ」
 子供の頃に戻ったようだ。
 言葉遊びのように囁き合うのも楽しい。
 繋いだ手を引っ張られ、ふたりで見つめ合う。
 暗闇に包まれて、ふたりはそっと唇を交わす。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

青龍将軍の新婚生活

蒼井あざらし
BL
犬猿の仲だった青辰国と涼白国は長年の争いに終止符を打ち、友好を結ぶこととなった。その友好の証として、それぞれの国を代表する二人の将軍――青龍将軍と白虎将軍の婚姻話が持ち上がる。 武勇名高い二人の将軍の婚姻は政略結婚であることが火を見るより明らかで、国民の誰もが「国境沿いで睨み合いをしていた将軍同士の結婚など上手くいくはずがない」と心の中では思っていた。 そんな国民たちの心配と期待を背負い、青辰の青龍将軍・星燐は家族に高らかに宣言し母国を旅立った。 「私は……良き伴侶となり幸せな家庭を築いて参ります!」 幼少期から伴侶となる人に尽くしたいという願望を持っていた星燐の願いは叶うのか。 中華風政略結婚ラブコメ。 ※他のサイトにも投稿しています。

ほたるのゆめ

ruki
BL
恋をすると世界が輝く。でもその輝きは身体を重ねるといつも消えてしまった。そんな蛍が好きになったのはオメガ嫌いのアルファ優人だった。発情したオメガとその香りを嫌悪する彼に嫌われないように、ひたすらオメガである事を匂わさないようにしてきた蛍は、告げることの出来ない思いに悩んでいた。 『さかなのみるゆめ』の蛍と(木佐)優人のお話です。時間軸的には『さかな・・・』のお話の直後ですが、本編主人公達はほとんど出てこないので、このお話だけでも楽しめるかと思います。けれど『さかな・・・』の方も読んで頂けると幸いです。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される

コムギ
BL
アラバンド国の王弟ルカーシュは、騎士のシモンによって地下牢から救い出された。 その時、肌に触れたシモンに、やけどのような怪我を負わせてしまう。 ルカーシュは北の魔女の末裔であり、魔力を持っていた。 魔力を持たない者に触れると、怪我をさせてしまうという。 騎士団長からの命令で、シモンはルカーシュの護衛につくことになった。 ※他サイトにも掲載しています。

届かない「ただいま」

AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。 「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。 これは「優しさが奪った日常」の物語。

仮面の王子と優雅な従者

emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。 平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。 おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。 しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。 これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。

処理中です...